日本書紀の海へ 四
「古事記は客観的に見ると出雲王朝の歴史に執着しているように思える。ちょっと大変だけどそれを、書き出してみたんだ。それがこれだ。
スサノオノ命は、八俣の大蛇を退治してクシナダ姫をえた。そして新婚の為の宮殿を造るところを出雲の国に探し求めた。須賀の地に来たときに、「私はこの土地に来て、心がすがすがしい」と言われ、その地に宮を作っておられるようになった。それで、その土地を、今、須賀というのだ。スサノオが、始めて須賀の宮を作られたときに、その土地から雲が湧きおこった。それで、歌を詠まれた。その歌は次のようである。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに八重垣作る その八重垣を
(八重に重なった雲が立つ出雲の国に妻を留める為に八重の垣の宮殿を作った八重の垣の八重の垣の)
この時にスサノ大神はアシナズチノ神を召して「あなたは私の宮殿の長官になりなさい」と告げた。そして、それとともにイナダノミヤヌシスガノヤツミミノカミという名を与えた。
それからクシナダ姫と寝室に入ってともに寝て生んだ神の名をヤシマジヌミノ神と言う。また、オオヤマツミの神の娘で名をカムオオイチヒメを妻として、穀物の神であるオオトシノ神と、食物の魂で或ウカノミタマノ神とを生んだ。
この三柱の兄、ヤシマジヌミノ神がオオヤマツミノ神の娘、名をコノハナチル姫を妻として生んだ子は
フハノモチクヌスノ神。この神が竜神のオカミノ神の娘、名をヒカワ姫を妻として生んだ子はフカフチノミヅヤレハナノカミ。この神が水を集めるアメノツドヘチネノ神を妻として生ませた子はオミヅヌノ神。この神がフヌヅヌノカミの娘、名をフテミミノ神を妻として生ませた子はアメノフユキヌノ神。この神がサシクニオオノカミの娘、名をサシクニワカ姫を妻として生ませた子は大国主神。この神の別名はオオナムヂノ神と言う。また別名をアシハラシコヲノ神といい、また別名をヤチホコノ神と言う。そしてまた別名をウツシクニタマノ神と言い、あわせて五つの名を持った。・・・こうして代々の末に大国主は誕生するのだね。・・・大国主は母を別にする八十人の兄弟があったが、鮫に皮をむかれたウサギを助けて、得難い姫の愛を受けたので、怒った兄弟に真っ赤に燃えた石を受け止めさせられて黒こげになって死んでしまうのだが、母の高天原への嘆願がかなって生き返ることができた。今度は兄弟は大国主を木に挟んで殺そうと図るがこれも母の助けにより救われる。弓に追われる逃亡の末、大国主は祖先の神のスサノオの神がいる根固洲国に至る。根の国で大国主は数々の受難を受けるのだが、ついにスサノオは大国主に娘のスセリ姫を与えて出雲の国を支配する許可を与えた。大国主は出雲にもどって神器であるようなスサノオの大刀と弓で兄弟を全滅にした。
大国主の国を治める仕事が始まった。大国主神は多くの妻を持ち、したがって多くの御子を持った。宗像の奥津宮にいる神、タキリビメノミコトを妻として生ませた御子はアヂスキタカヒコネノカミ。妹のタカヒメノミコト。カムヤタテヒメノミコトを妻として産ませた御子はコトシロヌシノカミ。ヤシマムヂノ神の娘、トリミニノ神を妻として生ませた御子はトリナルミノ神。この神がヒナテリヌカタビチヲイコチニノ神を妻として生ませた御子はクニオシトミノカミ。この神がアシナダカノ神を妻として生ませた御子はハヤカノタケサハヤヂヌミノ神。この神がアメノミナカヌシノ神の娘、サキタマヒメを妻として生ませた御子は、ミカヌシヒコノ神。この神が竜神のオカミノ神の娘、ヒナラシビメを妻として生ませた御子はタヒリキシマルミノカミ。この神がヒヒラギノソノハナマヅミノ神の娘、イクタマサキタマヒメノ神を妻として生ませた御子はミロナミノカミ。この神がシキヤマヌシノカ神の娘アヲヌマウマヌマオシヒメを妻として生ませた御子はヌノオシトミトリナルミノ神。この神がワカヒルメノカミを妻として生ませた御子はアメノヒハラオホシナドミノカミ。この神が境界を守る神であるアメノサギリノ神の娘、トホツマチネノカミを妻として生ませた御子はトホツヤマザキタラシノ神。全てで十七世の神である。
・・・どうだね、すごい厚みのある歴史ではないかね。このように系図が克明に書かれるのは、古事記のこの部分が、『出雲王朝史』であったと僕は考えるのだがどうだろう」
「そうですね、別系統の大和の国史が、このように出雲王朝の来歴を長々と書くのは、まったく不自然ですね。」