日本書紀の文章から述作者を割り出す 六
祐司は言葉を続けた。「この『切韻』が、漢字音研究の根幹をなすのは七世紀のころの、中国漢字の読みがここに記録されているからなのです。日本書紀に採録されている和歌は、すべて仮名書きなんです。と、いってもひらがなではありません。漢字です。歌は音なしには歌になりませんから、漢字の音を使って、元来の歌の音を紙の上に定着するために、漢字の音をつかうわけなのですね。ですから、歌を記す場合には、漢字の持つ意味は、歌の中身とは、まったく関係がありません。漢字の羅列にさえ意味をとる我々には、書記原本の日本書紀の漢字羅列の歌は奇妙なんですが、それが書紀の歌なのです。・・・この書紀の歌の表記に使われる仮名漢字が、書紀の巻ごとに異なるのです、『日本書紀の謎を解く』の著者、森博達先生は、すでに、私達が書記につかわれる言葉や文章で検証して来たような巻の分類が、書紀に使用されている仮名漢字でもできると言っています。
森氏は第十四巻(雄略紀)~第十九巻(欽明天皇紀)、第二十四巻(皇極天皇紀)~第二十七巻(天智天皇紀)に載せられている歌の仮名漢字音はこの『切韻』に表記されている音に酷似していること、一巻から十四巻は、和風化した音で、そうではないことをある出来事をきっかけに発見するのですね・・・それは、こうです。・・『私は大学院の二年の秋になっても、相変わらずパンチカードでソーティングをくり返していました。いまだ研究は混迷の中にありましたが、十二月二十九日のその日、ソーティングすると巻1~巻13のカードばかりが振り落とされるということが起こりました。日本では訶・許・虚・河・胡などがカ行として用いられているのですが、中国語ではこれらはハ行でカ行の発音ではないのですね。それでカ行の文字を選別していたら、これらの文字がおちてしまったのです。
これは何故なのだろうか・・・そして、巻1~巻13は、中国の発音を知らない日本人述作者が中国音ではそうでないのにカ行の文字として用いているからなのだと気がついたのです。巻14~巻19」・巻24~27に前記の文字がカ行の仮名文字として用いられていないのは、この部分は中国語の発音に非常に詳しい者・・・つまり中国人がこの部分の執筆を担当したに違いないと解ったのです。なぜなら、日本人で中国語に相当詳しくとも、これらの漢字の発音がカ行でないことに気がつかないような微妙な発音だと思うからなのです』