日本書紀の文章から述作者を割り出す 二
「これは、岡田氏の言っていることです。・・・『書紀の編者は前と後で、人が異なるのであろう、他書を引用する場合も同じ言葉ではない。神代紀には・一書・一曰・とあるが、雄略紀以降には、旧本・一本・別本・或本・と表し、一書・一曰・と記すものがなく、わずかに欽明紀に一書、推古紀に・一云・の二カ所があるのみだ。このことは、前と後ろで選者が異なる明証とするべきである』・・・岡田氏がここで前と後と言っているのは、日本書紀13巻までと14巻からの事なんです。第14巻は、有名な雄略天皇の紀なんですね。つまりここまでの記述者と14巻以降の記述者が異なると云うことを氏は云いたい訳なのです。引用の言葉『一書曰』は一巻と二巻に『一云』は第一巻より第十三巻に多出しますがその後、ほとんど見えなくなります。その代わりに『一本』『一本云』『或本云』が多出するのですね。
さて、こうした単語等による著述者の分類は、この頃より、研究者が増えます。岡田と同じく、使用語句の偏りに注目した研究がいくつかあります。
原田敏明『日本書紀編纂に関する一考察』(1937年)は、巻29天武紀と巻30持統紀の表記の差異に注目した研究なんです。両方の紀に広瀬龍田神の記事が多いですけど、天武紀は祭広瀬龍田神と表記しますが、持統紀は遣使者祭広瀬大忌神与龍田風神と表記しているのです。これによって、この二巻の述作者が別人であるとしました。
鴻巣隼雄の『日本書紀の編纂についてー特に使用語句を通じてみたるー』(1939年)は延べ98の語句(貢職・先《祖先の意》・皇祖・宮室・朝貢・群卿・群臣など)を取り上げ、その語句の分布を調べて第30巻の持統紀を除外して、述作者をA、巻1~13・B、巻14~21・C、巻22~29に別けた。この分類でAとCが似通っていることも発見しました。
藤井信夫の『日本書紀各巻成立の一考察』(1952年)は天皇即位と都を定める記事の書き方を分析して十群に別けました。①巻1~2②巻3③巻4~13④巻14~16⑤巻17~19⑥巻20~21⑦巻22~23⑧巻24~27⑨巻28~29⑩巻30ですね。
詳しく言うと②と⑨は『則帝位於~宮』③は『都~、是謂~宮』または『遷都~、是謂~宮』・・・これは⑦の『遷都於~、是謂~宮』に似ています。④⑤⑧は複数の表現が用いられていて上記の分類には入らないという事です。