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禁書とは何か?

「『禁書』なんて言う記事があるのですか?」と、沙也香が言った。

「そう、日本書紀が提出される、12年前の記事だね」

「禁書とは一体何でしょうね」今度は、祐司が呟いた。

「つまり、書紀は、本文に対して、一書、一書を多数引用して、公正な学術書のようだが、そうではない。たとえば古事記の国生みの条では近畿圏は後の方に誕生するんだが、書紀では、引用する一書すべてが近畿圏から生まれるように書かれている。恐らく、これは、原書を書き換えて載せているのだと思う。国生みの順番すらそのように書き換えてしまうのだから、もっと不都合な書については、言及すらせず、所持禁止の書にしてしまったのだと思う。それが、この、禁書を隠れ持ち・・・の記事から読み取れはしないだろうか?だから、書紀が描くところを百%信用してはならないと思う。日本書紀作成の目的は大和王朝が、神代の昔から神の子孫として、国の支配を許された一族であることを書いて、その正当性を喧伝することなのだ。書紀が成立する700年頃、書紀の引用するところの『一書』が数多く存在していたことは当然推測できる。それが現在に至ると、ほとんどの書物が残されていない。それらの書物が火災などで焼失しただけではなく、積極的な焚書があったに違いないと、僕は思うのだよ。古事記の文書からでさえ、日本書紀の嘘がみやぶれるのであるから、古事記も『禁書の一書』であった可能性は高い。日本書紀は多くの一書から記事を引用したあと、それらの書物を捨てたのだ。だから書紀を編纂するという事は、多くの貴重な書を捨てる行為と同義であったと言うことだ。太安麻呂が推測通り、書紀の編纂官であるなら、焚書するのも太安麻呂であったと言うことだね。安麻呂は一書が燃える炎を見ながら何も思わなかっただろうか。きっと、隠蔽される歴史の真実に泪したはずではないだろうか?そうであったことは、これからあとの日本書紀本文の検証で解る気がするんだ。・・・日本書紀は確固とした、自分の存在目的に、自ら逆らっているような内容を記している、不思議で矛盾のある書物だと僕は前からうすうす思っているのだけど、今こそは、それが何故なのか掘り下げてみよう。・・・はい、今日はここまででおしまい。今度は鎌倉プリンスホテルでディナーという事にしようか。なんだか、ちょっと堅苦しくなって、僕らしくないからね。お代は祐司君・・・じゃなくて、僕持ちだ」

 祐司と沙也香は、笑顔になった。

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