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日本書紀私記とは何か? 一

 結局、その日は「日本書紀私記」にふれずに終わってしまった。翌日の今日は年末にしては、風のない暖かい日であったから、昼食を終えた田沼はウクレレとイエスタデイのタブ譜を一枚持って、トンビが鳴いている海岸に降りる広い階段の隅で弾いていた。タブ譜は、素人の為の音符である。ウクレレのギターより一弦少ない四つの弦を上からみると、ちょうど楽譜のように見えるが①①②②等と縦に記入してあるこれは一弦は第一フレット二弦は第一フレット三弦は第二フレット四弦は第二フレットを押さえよと言うことである。タブ譜にたよれば楽譜を読めない田沼にも曲がひけるのである。田沼のウクレレの先生の近藤氏}(クラッシックギタリスト)によれば、ポップのギタリストの中には、楽譜が読めず、このタブ譜で仕事をしている人がいるという話だ。

 田沼は若かった頃、映画「ドクトル・ジバゴ」を観て感動した。これはロシヤ革命に翻弄されるロシアの詩人で医者のジバゴの人生を描いた作品だが、その中で、詩人が愛して演奏する楽器として三角ボデイのバラライカが心に残った。詩の創作のあいま、田沼はバラライカならぬギターを楽しんだ。その頃はタブ譜を知らず、楽譜によっていたから、ぽつりぽつりとした演奏であるか、コードによる歌の伴奏であって、自分で暇つぶしにやっているようなものであった。

 田沼は、ギターが大きくて、持ち歩きに不便なので、ウクレレに目をつけた。ハワイで「オオタサン」という日系人が、ウクレレの王様として名を成している。CDも買った。まるでギターのような名演奏ではないかと思った。田沼はヤマハのウクレレ教室に入った。田沼はタブ譜を知った。


 田沼が、イエスタデイに興じていると、クリニックのほうから、沙也香と祐司がやってきた。

「先生、ここにいたんですか。毎日の監獄生活にあきて、脱獄したのかと思いましたよ」と祐司が声をかけてきた。

「好きで、ここにいるんだ。巷だってたちの悪い監獄のようなものであるのを君は知らないな」

「あら、先生、さすが詩人、その言葉ちょっと詩になっていますよ」

「そうかい、褒めても何も出ないよ。僕は一茶ばりの貧乏詩人だからね」


 三人は田沼の特別室に戻った。

「先生、不自由でしょう、再婚はいかがですか」と、唐突に祐司が言った。

「君ね、詩人は詩を書くから詩人じゃないのだ。芭蕉でも荷風でも一茶でも中也でも自由を愛するから詩人なんだよ。奥さんは1回でこりた。あれは幸せな拘束装置であることを、独身である君はもちろん知るまい。僕はこれでいいの。しかし一度はその甘い拘束装置を味わってみるのも良いものだぞ」と言って含み笑いをして祐司と沙也香を交互に見た。

「沙也香さんは、すでに録音でわかっているだろうけど、古事記の古さと、太安麻侶との関係については一応の検証は済んだのだ。古事記・日本書紀・続日本紀については、おおむね太安麻侶に関する記事は調べ尽くしたというところだね。だから今度は、第二資料として、「日本書紀私記」をあたろうと思うのだ」


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