男二人の検証 三
「それと、もうひとつ見逃している、重大な事があるよ」
「え!まだありますか」
「あるさ、大ありだ」
「これは、秘密にしておこうかな」
「先生。ご馳走しますから教えてください」
田沼はニヤリと笑って、「えへへ、嘘だよ。教えてあげるよ。ご馳走は鎌倉プリンスホテルのディナーで、できれば懐石料理がいいな。もちろん沙也香君も誘うんだよ」
「ゲ、キツ!」
「ハハハ・冗談だよ冗談!」
「ワ、良かった」
「それじゃ、秘密をばらすか。・・・書紀は古事記と違って、原典となる文書を列挙しているね。それを『一書』として名前を伏せて載せるのだが、その何十もある『一書』の中の一つに『古事記』と思われる『一書』があるのに祐司君は気づいたかな」
「そういえば、似たような文はあるなとチラとは思ったのですが・・・そこまでは」
「ふふん、これは僕が頭が良いと言うことではないんだよ、何というか注意力という年の功だろうね。でね、それは日本書紀の巻頭、神代上、第一段にある条なんだ。神々の誕生の条、(田沼は日本書紀を開く)ほら、日本書紀のここ、一書がここでは、六書引用しているけれど、その、二番目の一書が似ていると思うのだ。それをちょっと読んでみようか、『一書に曰く、大昔、国が幼く大地が幼い時、例えれば浮かぶ油ごとくに漂った。その時に国の内に物が成立した。その形は葦の芽の発芽したのに似ていた。これによって生まれた神がある。可美葦牙彦舅尊と名乗った。次に国常立尊・・・』とここまで読んで、田沼は日本書紀をおいて、古事記を取り出した。「次は、古事記の神々誕生の条を読んでみるね。『国幼くして浮いた油の様であり、クラゲナスタダヨエル時、葦の芽のように生えて、生まれた神が宇魔志阿斯訶備比古遅神・・・ほら、でた、宇とか阿とか斯とか比はやがて、う、あ、し、ひ、といった同じみのひらがなに変わってゆく、ふりがな用漢字だね。日本書紀の、神の名は、現在のわれわれにはふりがなを付けなくては読めないけど、古事記のこの神の名はふりがななしでも読めるというのは、ちょっとした感動だね。なにしろ書紀ですら1300年前の文章だから、古事記の文章はどう考えても1350年前の文章だからね。そのあいだ、読み方が変動しなかったのは驚きだよ・・・あれ、ワキ道にそれてしまったね。つまり僕がいいたいのは、古事記は日本書紀において一書扱いになっているのではないかということだね」