表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

239/249

露天風呂そして満天の星 十

「いよいよ任那が滅亡するのが欽明二十三年一月(書紀引用の一本によると欽明二十一年)だから、筑紫の軍団は、その六年前に、大和軍として出兵しているのだね。


任那が亡ぼされたという二十三年七月には大和王家は紀男麻呂きのおまろを将軍として多唎たり(韓国南西海岸部)から新羅に向けて進軍させた。副将の河辺臣を居曾山こそむれ(不詳)から進軍させた。そうして新羅が任那を攻め落としたことの責任を取らせようとした.軍は任那に到り、薦集部首登弭こもつべのおびととみを百済に遣わして、いくさの計画を打ち合わさせた。

 

 ところが登弭とみは途中、妻の家に寄った。この時、機密の文書と弓を路に落とした。これによって新羅は事細かく大和軍の計略を知ることとなった。新羅はにわかに大軍を興したが、次々に敗退したようにみせかけた。そうして新羅は大和軍に対して降参を告げた。紀男麻呂は、軍を百済に凱旋させた。

 軍中で宣げて言った。「勝利しても破れた時の事を忘れずにいよというのは古来からの良き教訓である。いま居るところは狼と犬が交接するような所である。これを軽々と忘れて、後の難事を招いてはならない。また平安な時においても刀剣を身からはなしてはなるまい」と。

 兵士は、みな心を男麻呂に委ね、つき従った。河辺の臣は、独軍を進め転戦し、向かうところは皆、破った。新羅軍は白旗を掲げて武器を投げ捨てて投降した。河辺臣は兵道を知らぬ者で、自軍に白旗を掲げさせて兵を進めた。

 新羅の将は言った。「大和の将軍、河辺臣は降参した」と。これにより、新羅は軍をすすめ、大和を迎え撃った。大和の国造、手彦てひこは、救いがたいと知り、軍を捨てて逃げた。これを新羅の闘将が追い、城のはずれで鉾をふりまわし、あい闘った。手彦は駿馬に乗っていて、城の堀を渡って単身逃れた。

 新羅の闘将は、城の溝に臨んで、絶叫した。「卑怯者!」と。   」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ