田沼と祐司、二人だけの密談
助教授の祐司は、大学が冬休みに入ってしまったので、雑務から逃れて、田沼の所に来やすくなった。朝の鎌倉材木座の海は青く澄んで、雪化粧した富士山も相模湾と江の島の上に遠望できた。
昨夜、沙也香と高崎屋で楽しく飲んだ後、御成通りが駅前の江ノ電駅につながるあたりのお好み焼き屋「津久井」でお好み焼きと太麺の焼きそばを食べて沙也香を駅前まで送った。駅の改札口で祐司は沙也香を送りながら、沙也香を好きになりかけている自分に気がついた。沙也香さんは僕の事をどう思っているのだろうか・・・そんな、高校生のようなほのかな気持は久しぶりであった。
「よう、来ているな」と不在だった田沼が帰ってきたのは、祐司が窓越しに、海やトンビを眺めているときだった。「ああ、田沼さん、またどこか喫茶店でも行ってしまったのかと思っていたんですよ」
「いや、タバコは控えている僕だけど、たまにはパイプで香り高い草をくゆらせたくなってね、海の見える庭で一服やっていたのさ」
田沼は手に持った、白い石で作られたパイプを応接セットのテーブルの上にコトリと置いた。祐二はは、それが、小説などに良くでてくる海泡石という石で彫られた高級パイプだなと思った。
パイプと詩人といえば、あの放浪で有名な詩人ランボーもコーンの軸で作った、ポパイのようなパイプをくわえていたっけなともチラリと思った。
「それでは男同士の内緒話をはじめるか」と、田沼はいたずらっこの様に笑った。そうして、ベッド横に積み上げている本の中から古事記と日本書紀・第一巻を持ってきて、祐司の前に座った。
「古事記の、イザナギとイザナミの出会いと国生みの条を読んで、それから日本書紀の、同じ内容の条を読んで、その表記の違いを明らかにしようと思う。・・・まず、古事記だ。・・・イザナミギ命は、イザナミの命に、『あなたのからだはどのように出来上がっていますか』と問うと『わたしのからだは出来上がって出来上がりきれないところが一カ所あります』と答えた。そこで、いざなぎの命は言った『私のからだは、出来上がって出来すぎた所が一カ所あります。だから、この私の出来過ぎたところで、あなたのからだの出来上がりきれない所に刺しふさいで、国土を生もうと思う。どうであろうか』と。イザナミ命はこれに答えて『よろしゅうございます』と言った。イザナギの命は、その言葉を受けて『それでは、私とあなたは、この天の御柱を回って会って、その所で交接しましょう』と言った。そうして次のように約束した。『あなたは右回りしなさい。私は左回りをします』と。約束を終えて回ったとき、イザナミ命が先に『ああなんて、いい男!』と言い、次にイザナギ命が『ああなんて、いい女!』と言った。おのおの言い終えたあと、その妻に『女の人が先に言うのは良くない』と言った。しかし、そのまま交接に移って生んだ子は骨のない蛭のような子であった。この子は葦船に乗せて流し去らせた。次に淡島(淡路島ではない。不詳)を生んだが、子とは認めなかった」