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田沼久しぶりの閑暇

 一週間ほど誰もやってこなかった。その間、田沼はヒマで、書紀や唐書やらを読み返したり、旧知の詩人仲間とお茶を飲んだり、鎌倉時代の文書が残る『神奈川県立金沢文庫』に出かけて鎌倉時代に思いをはせていたりした。

 世間には余り知られていないが、『神奈川県立金沢文庫』は鎌倉中期以降の史料が眠る施設である。、鎌倉三代執権泰時の信頼を得て、数代の執権を補佐するという重席を担った北条実時が興した文書庫『金沢文庫』は称名寺に保管されていたが、平成二年(1990年)にいたって神奈川県が歴史博物館として再興したのだ。現在、館の活動として貴重な史料の保管と共に展示会、講演会の活動もおこなっている。 田沼は詩人でありながら、歌人で鎌倉三代将軍である源実朝についても詳しいから、講演なども頼まれ、なかなかの人気である。

 しかし、今日は講演でなく、田沼自身の読書の為にやって来ている。書籍は館外持ち出し不可である。それで今日は人のまばらなその静謐な読書室にこもって元寇の史料研究を秘かに進めている。鎌倉幕府崩壊の原因となった元の襲来が、なにか小説にならないかと思っての事だ。


 何冊かの本を積み上げて、目を通していると、携帯がポケットの中で震えた。見ると、祐司からの電話だった。すでに切れている。田沼はロビーに出て、祐司に電話をかけた。今日、昼ごろから来るというので午後二時に、田沼の家に来るように言った。


 祐司がやって来た。ソファに座った祐司を田沼は嬉しそうに笑顔で見て言った。

「どうだい、学校の仕事は忙しいかね」

「準教授とは名ばかり、まるで用務員になったようなんです。それとは別なんですけど、歴史学の、ぬるま湯の雰囲気が嫌ですね。言うならば新説を出しにくいのですね。・・・早く、小説で名をあげて、大学からおさらばしたいですよ!」

「ふーん、大変だね。ところでこのコーヒーだけどね、僕が焙煎して(煎って)、いれたものなんだけど、どうかな。」

「あーあ、僕が憂き世の波にさらされてあいだに、先生は浮かれトンボなんだから、いいですね」

「君にだって、そのうち良い日がくるさ。人間じんかん至る所に青山せいざんありだよ。君には多少不満だろうけど、はたからみれば君は準教授という良い職についているのだからそれで満足すべきだよ。知足ちそく・たりるを知るというのは自分が幸せにいるための大切な条件だよ。僕だって詩で名を成す前には、SF小説の翻訳で日銭をかせいでは、チャーハンばかり作って食べざるをえなかった日があるのだよ」

「そうですね。このところ僕は少しマイナーな精神状態ですね。先生の若いときの事を思えば、僕はまだめぐまれていますね」

「そうだよ。・・・さて、本題に入ろうか。今までの考察からいえば日本書紀には、紛れもなく、大和王朝をささえるために捏造、改変された記事があることが解ったね。さて書紀の不思議さはここからだ。この仕事を完全なものにするためには、嘘をついていると言うことが明らかである他の歴史書などを残さないことが大事だ。これは禁書ということでだいぶ摘発した。ところが、書紀は完全犯罪をしようとは思っていないように見える。書紀本文を良く読むと、改変される前の記事がどうであったのか、推測できるような文章をわざわざ書いている。そこから、透けて見えてくるものは、大和王朝成立の前の他の王朝の存在だ。これは、中国の史料や古事記と比べなくとも、書紀自身の記事から浮き上がってくるものだ。こうした書紀を、さらに古事記や書紀私記や中国史料と比べることによって僕らはさらに、隠蔽された他王家の姿をまざまざと見るようになった。しかしまだやるべき事がある。それを押さえて我々の究明はやっと終わるんだろうね」


 

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