葉山の海岸を歩く 四
すでに海岸はだいぶ暗くなってきていた。沙也香が言った。「太安麻呂が日本書紀の中心的な、映画で言えば監督の役を行ったと決定するのですね」
「そうだね。中国人一世や日本人が分担して執筆したという論があるけど、それは中国人や日本人執筆官が、原案を書いたと言うことを意味しない。あくまでも監督たる太安麻呂の作成した原案を中国人一世や日本人執筆官が、太安麻呂と相談しながら中国文に直したという事だと思うな。ここでいう日本人執筆官とは純日本人と中国人二世・三世の漢文堪能者のことだ」
祐司が言った。「先生を見ていると執筆者を太安麻呂に絞りたいという気持がにじみ出していますね。どうしてなんですか?」
「さっきも言ったけど、日本書紀は虚構の中に、虚構を暴露する表記が散見できる歴史書なんだ。こうした校正は大和王朝の代理人兼プロデューサーである舎人親王の関知しないところなのだ。また書紀作成の総司令官である藤原不比等も関知しないことなのだ。誰かが難解な漢文の影に、真実を推理できる文章を潜ませた。・・・その誰かとは太安麻呂のことなんだよ。僕は思うね。こうした裏技が何となく関知されて、書紀写本の際、書紀関連記事に太安麻呂は削除され、続日本紀では無視されたと言うことだと思う」
祐司は言った。「それならば、先生が言う真実を示す謎めいた章が、今なお書紀に散見できるのは何故なんですか。その章なども訂正されて当然ではないですか」
「朝廷が書紀の文章に変な所があると気づいたのは、書紀完成から50年は経っていたかも知れない。その時点では時すでに遅し、多くの写本が世間に流布して、訂正はかえって秘密を暴露してしまう結果に終わると判断されたのだと思うな。これを結論として次は、謎めいた章を列挙しようと思う。この事を年代順に提示するのでなく、内容の重要度を順に提示したいと思うのだ」
祐司言った。「いよいよ楽しみですね。重要な所だから、また三人で集まりましょうよ」
「あれ、と言うことは沙也香君も来て欲しいという事かな?」
祐司の顔は赤くなった。そして言った。「ぼ、僕はそんな事を言ってません!」