表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

136/249

田沼の愛する酒

 ここまで田沼が話してきた時に佐伯さんが「お食事の用意が出来ましたよ」と声をかけた。沙也香と田沼と佐伯さんはリビングのテーブルについた。

「お、サザエのお刺身、大根おろしにシラス干し、イワシのフライに・・・それに湘南わかめの酢の物にイワシつみれ汁ですか!うまそうだな!」

「腰越に地場の魚を扱っている良いお魚屋さんがあるんですよ。新鮮な生イワシや天日干しの鰺だとかカマスだとか、美味しい物がいっぱいで、それで私太めでホホホ」

「いえいえ、太めなんかではないですよ。お美しい・・・それはそれとして、このご馳走に、とっておきの山邑酒造の『純米吟醸桜正宗』が大喜びしそうだな」

「あら、そのお酒の名前、前にも聞いたことがありましたっけ」

「もう忘れたかな!僕は就職先として決まった新聞社傘下のニュース映画会社でアルバイトとして二年間、テレビニュースのアナウンス原稿の清書係をやっていたんだ。入社後は記録映画や広報映画の監督をすることが約束されていたんだけど、些細なことで僕はその幸運を捨ててしまって、モラトリアム、つまり人生の探索者になってしまったのだ。僕は親の家を出、新宿にアパートを借りて独立した。僕は若かった。この映画監督の道は恵まれた選択だったけど、僕には人生に強欲だったから定年までドキュメンタリー映画を作り続ける会社員の仕事すら地味な人生に見えたのだね。・・・僕はアパートを借りて、五反田運送という会社でアルバイトをした。そこでやった仕事が、『桜正宗』の仕事だったんだ。この酒造会社は山邑やまむろ酒造と言うのだが、日本橋にある東京配送所から東京近在の酒販会社に届けるのが僕の仕事だった。『桜正宗』なんてインチキ臭い名の酒を造っている会社だと心の底では思っていたけど、運送会社の忘年会には必ず桜正宗が出されて、こんなにおいしい日本酒があったことを僕は始めて知ったんだ。

 こうした運送の仕事を離れて20年もして、この『桜正宗』が、灘の酒造メーカーで世に多い○○正宗の元祖で、米を削って中心部を使って作った吟醸酒を発明したところで元祖という、二冠王というとんでもない優れた酒造会社なんだと言うことが僕には解った。この会社は戦争中の酒不足に、焼酎をまぜて砂糖をまぜてと言った、酒の悪質化に乗らず、やって来た。それで今は、テレビ宣伝するような酒造会社の様になり損ねたけど、今を持って、一級の酒造メーカーなんだな。今思うと、日本橋の配送所で割れた瓶酒の匂いがすごく良かったのは、それの暗示だったんだな。

 で、この頃は、ネットでここの酒を取り寄せて、飲んでる訳なんだ。この会社でも、時勢に逆らえず『純米酒でない普通の酒』も扱っているのだが、僕はそんな酒は安手のカクテルとしか考えていないから

常用として一升で送料込み2980円の『桜正宗』を飲んでいるのだ。この酒は僕の青春のメモリーだから僕はこの酒を愛しているんだよ」

「先生ってロマンチストですね」

「そう、純正ロマンチストだ!ハハハ。それでは桜正宗で青春に乾杯!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ