田沼 飛鳥への旅 六
田沼は二杯目に運ばれてきたカクテルのマティーニの汗をかいたカクテルグラスを見て微笑んだ。「そう、僕はこの奈良ホテルでマティーニを飲むために、長い病院生活と禁酒に耐えたのだと言っても過言ではないよ。マティーニはカクテルの王様と呼ばれていてね、多くの愛好家を持つ酒なんだ。ニガヨモギという香草などを砂糖をいれた白ワインに漬けて造った酒がヴェルモットなんだが、このヴェルモット1に対してジンを3入れてシェイクしたものがマティーニなんだ。これ以上にジンの割合が強いカクテルをドライマテイーニと呼ぶんだが、作家のヘミングウエイは、きわめてジンの濃いマティーニが好きだったようだね。その配合率は1対15だったな・・・・。ヘミングウエイは別だけど酒の味について良く知りもしないのに、ああだこうだ、酒場でウンチクを傾ける俗物を『スノッブ』と言うそうだよ。余談だけど、ヴェルモットの材料である香草のニガヨモギは、一種の毒草でね、麻薬的に精神を高揚させる作用があって、これを主原料として造られる「アブサン」は、フランスの高名な詩人ヴェルレーヌの愛飲酒だった。彼の後半の人生が伝説的な青春詩人ランボーとの共同生活でめちゃくちゃになってしまったのも、アブサンの飲み過ぎが原因だったともいわれているんだ」
「そうなんですか。じゃ、二杯目はちょっと、マティーニに挑戦してみようかしら」
「そう、ニガヨモギの味を知ることで、女は本当の女になってゆくのだなあ。アハハ。このホテルで人生最初のマティーニを飲むなんてのは、なんて運の良いことだろうか。ここはカクテルが美味しいことで定評があるのだからね。・・・ところで今日は、ずいぶん引きずり回してしまったね。飛鳥時代の都から藤原京、平城京とこれではまるで時間旅行のようだ。しかし、おかげさまで天皇家が、大化の改新をきっかけとして大和の地方国王と言った存在から全国の王となっていった様子が究明できたと思う。・・・ところで不思議なのは、大和国が飛鳥の小さな国王であった時代の遙か以前に、韓国や中国の歴史書に、国際的に活躍する日本と思われる倭国が登場する事だね。今は、その謎をを追いかけてみたいと思うようになったよ。詳しく言うと飛鳥板葺きの宮の頃までは、つまり640年のころまでは、今日の見聞で大和の天皇家は周辺の葛城氏や大伴氏や物部氏や新興の蘇我氏によって支えられていた連合政権であったことがこ読み取れるのだが、そうした状態は、海外の史料が描く倭国とひどく異なっているのだ。」