8話 そいつの登場は俺の二番煎じみたいでした
「ガイ、あなたにお願いがあります」
エルフの里へ向かう途中、馬の上でレスティアナはそう切り出した。
「お願い? お願いってなに……レスティアナさん、今俺のことなんて呼んだ?」
「……ガイ、とそう呼びました」
今まで名前で呼ばれたことがなかっただけにレスティアナの言葉はガイにとって青天の霹靂とも言えることだった。まさか何か悪いものでも食べたのではないかとまで勘ぐったほどだ。
レスティアナ自身、ガイの名を呼ぶことに抵抗のようなものを感じさせたが、ガイの質問に短く答える。
「うわぁ……すげぇ違和感」
「……やはりあなたは無礼な人間ですね」
「ごめんごめん。で、お願いって何?」
半眼になるレスティアナに対して、ガイの方にはまったく悪びれた様子がないことは仕方のないことだろう。普段からさんざんなことを言われているだけに小さいながらも意趣返しの感がある。
レスティアナもそんなガイの態度に自分の今までの言動が原因であることを理解しているのか、ため息を1つつくと取り留めて何かを言うわけでもなく要件に入った。
「近々ダークエルフがエルフの里を襲います。原因はエルフにもあるのですが、それは悪しき風習が原因です。里に暮らす者たちの根が悪いわけではないので、どうにか被害を抑えたいのです」
「ダーク……エルフ?」
「はい。ダークエルフは、肌の色が私のようなエルフとは異なりますが、それ以外には差して違いはありません。ですが、肌の色が黒いというだけでエルフはダークエルフを迫害したのです」
「そんなことで……でもちょっとひどい目に遭ったからって里を襲うようなことまでするのかよ……」
迫害と言われても本などで得た知識はあるが、実際目の当たりにしたことのあるものでは学校のイジメ程度のものでしかない。種族レベルでの迫害と言われてもすぐにピンとはこないガイはその事実を軽く受け止めていた。
しかし、実情を知るレスティアナはそうではない。ガイの認識が甘いことを諌めようと口を開く。
「そんな簡単な話ではありません。生まれて間もない赤子を里の外へ捨てるのです。それ以外にもダークエルフは謂れのないことを言われ、その名誉を深く傷つけられているんです。それが何十年、何百年と続いては、今まで里が襲われなかったことが不思議なほどです」
「へ、へぇ……わかったよ。でも、エルフを守るなら、里が襲われる前にダークエルフたちを倒せばいいんじゃないの?」
「ダークエルフに罪はありません。私たちは今回のことをきっかけにエルフとダークエルフの確執をなくそうと思っています。そのためにはダークエルフが里を襲い、一旦ダークエルフたちの溜飲を下げさせ、それと同時にエルフにも自分たちがしてきたことの重さを理解させる必要があります」
「でも、里を襲われたりしたら余計両方の関係が悪くならない?」
私たち、という点に小さな疑問を抱きつつも、それよりも気になる点を指摘する。
事実、里が襲われるのであれば、エルフたちは怪我をするしこの世界の常識で考えれば死人も出るだろう。そんなことになれば、ダークエルフの溜飲が下がったとしてもエルフ側はダークエルフを憎み、今度はダークエルフが襲われるようなことになりかねない。
「いえ、ちょっとした方法で解決できるので、その点は安心してください。それよりも、協力してもらえるんですか?」
「いや、別にレスティアナさんが困ってるなら手助けするのはいいよ。断るつもりもないし。で、ちょっとした方法ってなに?」
「それは今ここで言うわけにはいきません。うまくいかないようだったら相談しますが、うまくいったら後で説明します」
かたくなにその方法を話さないのであれば、なにか理由があるのだろう。ガイはそう自身をそう納得させた。基本的に彼は自分の頭の出来がそれほどよくないことを自覚している。難しく考えることはしたくないし、後から説明してもらえるのであれば、それでいいだろうと簡単に思える人間なのだ。
「にしても、あのレスティアナさんが俺にお願いとはねぇ……さんざん馬鹿にしてた人族に頭を下げるなんてよっぽどのことだ」
「私にだって心境が変化することはあります。アリアと過ごしているうちに、人族へ偏見はだいぶ薄くなりました」
「って、そこはふつうアリアさんじゃなくて俺のおかげって言わない?」
「実際に私の価値観を変えたのはアリアです。彼女がいなければ、あなたのことを偏見のこもっていない目で見ることはなかったでしょうね」
「へぇ……で、偏見のない目で見た俺ならお願いできると」
「えぇ。あなたはあと一歩信用には足りませんが」
「っちょ、それでお願いとか言うわけ?」
「ですが、クレイ様……いえ、スクルド様に認められているあなただからこそ信頼します」
「ッキュ!?」
スクルドの名を言い直したレスティアナの言葉を受けて今度はガイではなくスクルドが驚きの声を漏らした。
ガイやアリアがスクルドと呼んでいても頑なにクレイというスクルドが嫌った名で呼び続けていたと言うのに、本当にこれは何事なのだろうか。と、ガイは内心今自分と一緒に馬に乗っている女性はレスティアナではなく偽物なのではないかとすら思えた。
そんな冗談ともつかない内心を藪をつつくようにわざわざ口に出すことはしないガイであった。
「今回の件がうまくいけば、あなたのことも信頼できると思います」
「本当に、いろいろ心境に変化があったみたいだねぇ。わかったよ。んで、俺は何をすればいいの?」
「あなたにやってほしいこと、それは……」
――――side in
(前略)
ちょっと仮眠をするだけのつもりがけっこうがっつり眠ってしまってたみたいだ。つっても、日が昇ってから30分ぐらいだから、そんなに大幅な寝坊ってわけじゃないだろう。
でも、本当なら日が昇る30分前に起きる予定だったから計1時間も寝坊だ。なんかレスティアナさんにぼろくそ言われそう……
俺はため息をついてこっちを驚いた顔で見つめてくるダークエルフとエルフの顔を交互に見る。
とりあえずピンチみたいだったから助けに入ったけど問題ないよな?
レスティアナさんとロアから聞いていた計画で、俺の役回りはエルフとダークエルフ両方の被害を抑えることだし。
「てめぇ、何者だ!」
「人間だよ、この野郎! 名前が知りたきゃお前から名乗りな!」
ずいぶんと興奮した様子のダークエルフを軽く挑発しながら、横目でエルフの姿を確認する。怪我らしい怪我はないみたいだし、このまま逃げることはできるだろう」
「あんた、さっさと逃げな。ここにいるとあぶないぜ」
決まったな。
ピンチに颯爽と現れるヒーローって感じだ。助けたのが可愛い女の子じゃなくてムサイおっさんだってところはちょっとむなしいけど、贅沢言ってらんないし。
「ひ、人族がなぜここにいる!」
おぃ!
え? ここって「そうか、すまない」とか言って逃げるシーンじゃないの?
なんで俺のことまで敵みたいな目で見るんだよ。助けてやったんだぞこっちは。
「スクルド……じゃなくて、ほら……あの……グレイ様? の従者で人族が来るって聞いてないのか?」
「クレイ様だ! そうか、お前がクレイ様をかどわかした薄汚い人間か。大方ダークエルフと結託してエルフを攫おうと言う心積もりだろう!」
「おい……」
うぉぉい! なんじゃそら!
俺のことどう説明されてんだ? やっぱ、あの長老衆どもテキトーなこと言ってやがんだなぁ……ったく。ダークエルフから助けてやったのにどうやったらそんな結論に達するんだよ。
本当にエルフの奴は思い込んだらこっちの行動とかそっちのけで判断するんだな。会ったばっかのころのレスティアナさんみたいな反応だよ。
「そんなつもりはない。不安だって言うなら、他のエルフたちのところまでさっさと逃げろ。あんたの相手してる暇はないんだよ」
「黙れ! 薄汚い人間め、そこのダークエルフともども我が剣の錆としてくれる!」
「おい……てめら」
まったく、なんなんだよ。
襲いくるエルフの攻撃を回避して、距離を取る。
「落ち着けよ、俺は別にあんたの敵じゃない」
「うるさい、黙れ!」
「俺のこと無視してんじゃねぇよ!」
あ、やべ……
ダークエルフの方のことを知らないうちに無視してたらしい、完全にブチ切れてる。
どうしようかと考えているところで、ダークエルフとエルフが二人同時に斬りかかってきた。
エルフの攻撃をかわして、ダークエルフの攻撃はダンブレイドで防ぐ。
これ本当に何の意図もない攻撃か? お前ら実は仲良いだろ。
2人が2人ともけっこうな実力者だ。その2人が揃って俺を標的に攻撃してくるので、どうにもうまく反撃が出来ない。
それぞれの実力はキッタローンには及ばないけどアイアンナイトよりは強い。そんな2人が揃って攻撃してくるんだから、キッタローンの時よりもちっと厳しいかもしんない。
生憎とククリは迷宮で失くしたから、俺の武器はダンブレイドだけだ。片方の攻撃を受けて止まったりしたらもう片方に攻撃をされるので、出来るだけ受けるんじゃなくて回避に徹する。絶えず動いて的を絞らせないってのが重要だ。
「凍れ!」
「精霊よ、我が敵を燃やしたまえ!」
「はぁ!?」
エルフとダークエルフが揃って魔法のようなものを使う。いや、エルフ系の技だからこれは精霊術だな。レスティアナさんが使ってるところを見たことがある。
襲いくる炎と俺の足を止めようと地面から氷が伸びてくる。やっぱり絶対お前らコンビネーションの特訓とかしてたって。
足元に迫った氷をジャンプで回避し、炎には顔を軽くかばうようにして突っ込む。こちとら光と闇以外ならどの属性の攻撃でもダメージを半分にできるレアアイテムがあるんだ。
ダークエルフの放った炎はゴブリンメイジのファイヤーボールよりもちょっと規模が大きそうな魔法だけど、ダメージが半分だったら耐えられないことはない。
案の定炎を抜けると軽い火傷を負うけども、賢者の指輪の効果ですぐに傷がなくなる。昨日さんざんモンスターを狩ったからこの程度の傷だったらすぐに治る。
「っな!?」
「っち!」
驚きに身をすくませたエルフと舌打ちしながらすぐに後ろへ飛ぶダークエルフ。近いエルフの方へダンブレイドを振るうが、残念なことに防がれてしまった。
「くそっ!」
続けて剣を振ろうとするが、ダークエルフが横から斬りかかってきたので距離を取る。実力者2人を同時に相手取ってるから、やっぱり1人で相手するのはキツイな。
基本は剣で戦いつつも、相手2人は時折精霊術で牽制して来たりしてどうにもこっちが劣勢だ。
今はまだ、なんとか食らいついていけるけど、このままじり貧になったらきついかも。
「炎よ我が敵を燃やしたまえ!」
「せぇい!」
ダークエルフの炎の精霊術を片手で弾くと、横合いからエルフの剣が迫る。
俺はそれをぎりぎりで避けるが、何かに足を取られてバランスを崩してしまった。
「っげ!」
「凍れ!」
「くらぇ!」
エルフの精霊術が俺の足を凍てつかせ、それを好機と見たダークエルフが即座に斬りかかってくる。
これはちょっと避けられないな。
うまく体をひねれば即死はしないだろうけど、失敗すれば死ぬと言う命がかかった場面でも俺は特に慌てることもなくそんなことを考えていた。
迫りくるダークエルフの刃から目をそらさず、タイミングを合わせて体をひねる。
俺とダークエルフの刃の間に光の線が走る。いつまでたってもダークエルフの刃が俺の体に触れることはなく、いつの間にやら刃が半ばから消失していた。
後ろの方で剣が地面に突き刺さるような音がしたので、どうやら光の線が剣をおったらしい。
驚愕に目を見開くダークエルフとエルフの2人。まさか勝利を確信したところでそれが失敗したことが理解できないんだろう。
「キュイッ!」
どうだ! と言わんばかりの堂々とした鳴き声に、俺はなんか今さっき見たような光景だなぁ。と見当違いのことを考えていた。