5話 人はどこで恨みを買っているかわかりませんでした
(前略)
地下の洞窟にあるっていう鉱石を探しに来たわけだけど、重大な問題が発生した。
鉱石ってリアルだとどんなん? ってことだ。
生憎と鉱石なんて見たことがないし、一口に鉱石って言ってもいろいろ種類があるんだよな。確か有名どころでも鉄鉱石とかマカライト……マラカイトだとか。
ただでさえ普通の石と鉱石の違いが判らないって言うのに、どうしろって言うんだ。
手当たり次第に石を拾って行こうかとも考えたけど、問題は石がある場所から洞窟の出口までどのくらいあるのかわからないってことだな。
里の地下にある洞窟ってことだからそんなに広いことはないだろう。もしもものすごい広さだったら地震とかあったら簡単に里が陥没するだろうし……いや、深いって可能性はあるな。
どっちにしろ手当たり次第に石なんて運ぶのは重労働でやりたくない。
またロアに助けてもらいたいところだけど、ここはエルフの里の中だから無理だよなぁ。
とりあえず悩んでいても仕方ないので奥まで進もう。もしかしたら、人魚の涙みたいに一番奥に行けば簡単にそれらしいものが見つかるかもしれないし。
俺はほの暗い洞窟の中を頼りない松明の明かりだけを頼りにのんびりと足を進めていった。
――――side out
エルフの里と同じ森ではあるが、広大な森の中でエルフの里から離れた場所に彼らは集まっていた。
森と言う場所は本来魔物の領域でエルフのように精霊術を用いた結界でもない限り森の中で暮らすことはない。
しかしながら彼らの集まる場所にはいくつかの簡易的なテントが所狭しと立ち並びざっと見回しただけで数十人の人間が暮らしていることがわかる。
だが、彼らはエルフではない。それは肌の色を見れば明らかであった。
五元神と五元精霊がこの世界を作り出した際にそれぞれの神と精霊はたちは各々生き物を生み出した。
人や亜人と呼ばれる生き物にとってそれは当然のこととされ、大地の神が獣人を、月の神が鬼人を、水の神が人を、五元精霊が様々な動物を生み出したようにエルフは自然の神が生み出したものだ。
その特徴は透き通るような白い肌に長い耳、人族とは比べ物にならないほど長い寿命である。
この場所に集まっている人間がエルフでない理由は、その肌が褐色や黒に近いものであることが理由だ。ただ肌が白くない他はエルフとなんら変わりがないというのに、彼らは他の種族からダークエルフと呼ばれている。
エルフから生まれながらその肌の色が白くないのは、成長した後に悪人になることが悪戯好きの運命神に決められているためや、両親が悪行を重ねた結果であると噂しているが真実はほとんどの種族で知られていない。
しかし、ダークエルフは生まれた時から忌子であると里から追われ、こうしてダークエルフたちだけが集まって集落を形成している。
慣例としてダークエルフは里を終われる際に決められた時間に決められた場所へ連れて行かれるため、ダークエルフは毎日その時間にその場所へ新たな同胞が現れないかと確認に訪れる。当然自分たちを忌み嫌うエルフに見つからぬよう隠れてではあるが。
ダークエルフたちはエルフよりも精霊との結びつきが弱いため精霊術がうまく使えず、結界を張ることが出来ない。そのため、自分たちを守るためにも、新たな同胞の命を守るためにもたとえ生後間もない赤子であっても見捨てるようなことはせず、成長した子供のエルフが赤子の面倒を見、さらに成長した大人のエルフが魔物から同胞を守るという形が出来上がっている。
このことからか、あまり他の種族にはあまり知られていないことだが、ダークエルフはことさら同胞意識が強い。
そんな結束の固いダークエルフたちだが、この場所の空気は非常に緊張感のあるもので満ちていた。
剣の手入れをする者、鍛錬をする者などその場にいる者たちが纏う空気は戦士のそれだ。今まさに戦争へと立ち向かうかと思えるほどにピリピリとした空気は、幼子であれば泣き出しそうなほどに張りつめている。
「スタリオ~、準備はおわった~?」
張りつめた空気の中だというのに間延びした口調でどこかのほほんとした女性は厳しい顔で剣の手入れをしている男性、スタリオに声をかけた。
「上々だ。ロアが帰り次第移動するぞ」
「む~、本当に行くの~?」
手入れが終わったのか剣を鞘に戻したスタリオはピクリとも表情を変えずに妹でもあるスワーに答え、スワーはその答えに不満そうな表情を浮かべた。
一卵性の双生児である2人は男女の違いはあれど顔立ちはよく似ている。だと言うのに、性格は真逆だ。
無表情でありながら好戦的でせっかちな剣士のスタリオ、温厚でのんびりとしたダークエルフでは珍しい精霊術師のスワー。2人もこの場所にいる者の例に漏れずダークエルフであり、2人が共にダークエルフとして生まれたため捨てられた。
多くのダークエルフの例に漏れず、エルフの里から捨てられた2人も同じダークエルフに保護されこの19年を生きてきた。その間に成長を続け、エルフ・ダークエルフを含めても若い部類に含まれるというのに、相当な実力を身に着けるに至った。食料を探しに森を移動した際に遭遇した10匹のダークネスバット、冒険者のランクで言えばBランク以上の難敵を多くの傷を負いながらとはいえたった2人で倒したこともある。
2人が揃ってレベルも40を超え、仮に人族であればどこぞの国の騎士団に入ったとしてもなんら遜色ない実力を有している。年若い2人であるが、この場にいるダークエルフたちの中での実力は3指に数えられるだろう。ダークエルフたちが弱いのではない、2人が強すぎるのだ。
異常なまでの速さで成長する2人に、才能とはかくも恐ろしいと同胞意識の強いダークエルフの中でも若干近寄りがたい存在とされていた。
「2人とも、お・ま・た・せ」
近寄りがたいとされているスタリオとスワーの2人に当たり前のように女性は近づいていた。
相当な実力者である2人だというのにいつ彼女が現れたのかわからなかったが、それはいつものことであるため気にするようなことはない。
スタリオとスワーの2人が含まれる3指、その残りの1指でありスタリオとスワーの2人をはるかに圧倒する実力を有した女性、ロアは2人の前で立ち止まるとゆっくりと周囲を見回した。
ロアが現れたことに気付いたダークエルフたちがにわかにざわめき、その目には興奮のようなものが感じられる。
「ロア、手筈は整ったか?」
「えぇ、大丈夫よ。決行は予定通り明日、日が沈むのと同時に」
「くくくっ……ようやく。ようやくだ」
普段は表情にほとんど変化が見られないというのに、ロアの言葉を聞いたスタリオの顔には猛獣を感じさせる獰猛な笑みが浮かび、それに反してスワーの表情は曇っていく。
「ようやく復讐の時が訪れた!」
スタリオの言葉に反応してそこら中で歓声が上がる。
エルフの内部にいる協力者のおかげも有り、準備は万全。ようやく復讐を果たせることに歓喜するスタリオとダークエルフたち、悲しげな表情を浮かべるスワー、歓喜するダークエルフたちを見つめながら表情を変えないロア。
多くの思惑を裏に抱えながら、長年エルフに迫害されてきたダークエルフたちの復讐が今始まろうとしていた。