4話 相棒とはなかなか会えませんでした
(前略)
「あら、起きたのね。おはよう」
「……あぁ、ロアか。おはよう」
朝になってテントから這い出たところで聞きなれない声で突然挨拶され、一瞬驚きながらも相手が昨晩知り合ったロアだったことを思い出し挨拶を返した。
「悪いな、寝ずの番なんてさせちゃって」
「いいわよ。あなたにはこれから働いてもらうんだから」
昨日のうちにレスティアナさんからお願いされた計画の全貌を教えられた後、ロアが寝ずの番を買って出たため言葉に甘えさせてもらった。
寝首をかかれる可能性がないわけではなかったけど、レベルが上がったおかげか寝ていても気配が近づいてくると簡単に目が覚める。これのおかげで慣れないうちはちょっとしたことで目を覚ましてしまってちょっと大変だった。まぁ、多少は慣れてきたから知らない相手や敵意を持った相手が近づいてきたりしない限りは問題なく眠ることが出来るようになったので、今のところは問題はない。
「で、ガイは試練の続きでしょ?」
「ん? あぁ。まぁそうだな」
朝食の干し肉を咀嚼しながら答えつつ、夜はよく見えなかったロアの顔を横目で確認する。やっぱり肌の色が浅黒い、褐色って言うよりさらに濃い色をしている。顔もやっぱりレスティアナさんにそっくりでかなりの美人だ。昨日の時点では気づかなったわずかな違いは、レスティアナさんもそれほど豊かじゃないところとかだな。
「なにか今失礼なこと考えなかった?」
「……なにが?」
鋭いな。この世界の女性はナチュラルに邪心を読めるのか?
「まぁ、いいわ。話も終わったしとりあえず私も帰るわね。次に会うのは計画の実行直前かしら」
「そうだろね。あ、質問なんだけど、泉にいる人魚ってどんな人?」
「泉の……人魚?」
なんか知らんけど、首を傾げるロア。
いや、なんで首を傾げるんだ?
「いや、試練って人魚の涙を取ってくることらしいんだけど」
「あぁ、なるほどね。人魚の涙ってただの石よ。ほら、これ」
そう言ってロアは胸元で光る宝石を示した。
あぁ、人魚の涙って本当に人魚が流した涙とかじゃないんだな。
宝石のことなんて詳しくない俺でも、その青く光る小さな宝石は確かに人魚の涙って名前を付けられても納得できた。
「人魚の涙ってそれなのか。ありがとう、助かった。もしもここで聞かなかったらいつまでも人魚を探して試練が終わんないところだったよ」
「あはは。ここで問題が解決できてよかったわね。計画に間に合わなかったら大変だったわよ」
「あぁ。サンキューな」
「それじゃあ、私は行くわね。ガイ、また会いましょ」
「おぉ。ロアも気を付けろよ」
ロアの影が森の中に紛れるのを見送ってから俺は昨日通ってきた道を戻った。泉まであとどのくらいかわからないけど、さっさとこの試練を終わらせよう。
無事に人魚の涙を手に入れた。が、やっぱりというか案の定と言うか、さっさとは終わらなかった。
まず朝に出発してから5カ所の分かれ道をすべてモンスター部屋がある方向へ曲がり、帰りは帰りで分かれ道に差し掛かるとどっちが行きに通った道だかわからなくて5回ほどモンスター部屋に行く羽目になった。しかも、モンスターが復活してるマジック……さすがは試練。
モンスター自体はぜんぜん大したことなかったけどなんかもう精神的に疲れた。そんで戻ってきた俺に長老が賭けた言葉も
「ご苦労」
以上。って、おい! 俺はお前の配下でもないんだからもっとなんかあるだろ。
とりあえず簡単に見つかった人魚の涙を5個渡したけど、報酬も何もなく持っていかれただけだ。これじゃあ完全にこっちはくたびれ損だよ。
「さて、次の試練じゃが……今すぐ地下にある洞窟から鉱石を取ってきてもらう」
MA・ZI・DE!?
休憩もなしでいきなりかよ。
「どうした? さっさと行かぬか」
「……」
ここで下手に不満を漏らしたところでどうすることもできない。
俺はため息を1つこぼすと議事堂を後にした。
――――side out
ガイが議事堂から出たことを確認した長老衆の面々は一様に苦い表情を浮かべていた。
それは一重にガイの実力が想像以上だったことが原因だろう。
人魚の涙がとれる泉はエルフだけが使える技である精霊術を施した森の先にある。エルフ以外が森へ入れば大量のモンスターを生み出す広場に進むことしかできないはずなのだ。ただの冒険者であれば数十匹のゴブリンやオークなどのモンスターと続けて戦えばただで済むはずがない。よしんば切り抜けることが出来たとしても無傷で済むはずがなく、10もある広場のすべてを抜けるには相当の時間を要するはずであった。 しかし、ガイはわずか一晩で泉にたどり着き、無傷で戻ってきた。怪我の1つでもしていれば因縁もつけられたはずだが、無傷であればその実力を指摘することはできない。時間がかかればその分スクルドを説得する時間も取れたのだが、一晩で戻ってこられてはまともな説得も出来はしなかった。
なんとかすぐに次の試練へ向かわせることはできたのでスクルドの説得にあてる時間を確保することはできたが、最初の当てが外れたことに落胆を隠すことができなかった。
「いやしい人間め……いまいましい」
「まったくじゃな。して、クレイ様の説得はどうなっておる」
「ブロウティアから進展があったと報告はないな」
長老衆でも筆頭のカッズォ・ウッシャーマはその言葉を聞いて大きく肩を落とした。
いち早くスクルドと接触し、里の外で最も長く一緒に居たレスティアナであれば説得も順調に進むかと思えたのだが、それすらも思い通りに進まない。まったくもって面倒な問題であった。
自然と共に生きるエルフにとってその自然を守護する神である神獣や精霊神は文字通り世界を作った神と同じく絶対的な存在だ。その神獣であるパスカドゥから直接言い渡された言葉である以上、なんとしてもスクルドをエルフの里で育てなくてはならない。
しかし、スクルドはいやしい人間にたぶらかされ里にはいたくないと言う。なんとかしなくてはという思いが強いというのに解決策が見つからないことになんとも頭が痛んだ。
「キュッ?」
ノックの後に扉が開かれ、スクルドがそちらに目を向けると扉を開けた人物はスクルドのよく知る人物だった。
「失礼します……クレイ様」
「キュウ……」
よく知る人物ではあったが期待していた人物ではなかったことにスクルドの声から元気がなくなる。
そんなスクルドの傍に歩み寄った部屋に入ってきた人物、レスティアナはそっとスクルドの前で膝をつき左右に視線を走らせ他人の耳がないことを確認してからそっとスクルドに声をかけた。
「……スクルド様。ガイが戻ってまいりました。もう少々の辛抱ですので、もうしばしお待ちください」
「キュッ!」
主人の名を聞いたスクルドが嬉しそうに鳴いた。
千切れんばかりに尻尾を振り、窓の外へ視線を向ける。
スクルドもガイと同じようにレスティアナから話は聞いているため、彼女の真意はわかっている。が、だからと言って主人であるガイと一日も離れたのは出会ってから初めてのことで、レスティアナの願いをかなえたいと言うのがガイの願いに協力したいとは思うが、それとガイのそばにいることが出来ず寂しい思いをするのは別問題でもある。
早くガイの膝の上でのんびりと体を丸めて眠りたい。そう思いながら見慣れた窓の外の景色を眺める。
木々があるだけで人の姿も見えず、鳥や獣も見当たらないさびしい世界。スクルドはその窓から見える世界が嫌いだった。
早くガイに会いたい。
スクルドは尻尾を揺らしながら窓の外をジッと眺めていた。