2話 就職失敗
俺の名前は獅子王 ガイ、勇気あるGGGの隊員……ではない。普通の高校生だ。ちなみに本名。
どうやら異世界に召喚されてしまった俺は、異世界に召喚されてすぐに俺を召喚した国が亡びると言う不幸な事態に見舞われた。いや、本当に悲しいことだ。
別に召喚されてから恩を受けたわけでもないので、国が亡びたことに関してなんの感慨も浮かばないが、1日たって新たな問題が発生した。
「さて、どうしよう?」
何をすればいいのか見当もつかない。
普通の異世界に召喚された人間だったら、召喚した国の王様とか、召喚した相手に説明を受けて冒険に出発だ! とかって展開になるんだろうけど、不幸なことに、本当に不幸なことにこの国の王様は昨日お亡くなりになってしまったんだ。
ったく、あのデブ王め。死ぬ前に今後の方針の一つも残して行けってんだ。このままじゃ、魔王がいるのかとか、勇者のお仕事とかなにもわからないじゃないか。え? ばるなんちゃらを攻める? 知らないな。そんな話は誰からも聞いてないさ。
ちなみに昨日は召喚されたドームに泊まった。
召喚以外に使い道はない建物なんだろう、軟らかいベッドどころか椅子の1つもありゃしない。仕方がないから床で寝たけど、石でできた床の固いこと固いこと。体中が痛いぜ、まったく。
もう二度と戻るまいとドームを出てからは行くあてもなく街中を歩いている。
さすがにばるなんちゃらに負けた昨日の今日、町中は敗戦ムードが充満しているのか、人通りはまばらで妙に思えるほど静かだ。
日も十分に昇っているだけに、普段なら商人たちの活気にあふれた声で溢れているだろう大通りも、客はいないし商売人もいやしない。
「来たっ!」
「やったぞ!」
「ばんざーい!」
にわかに聞こえてきた歓声に顔を上げると、人だかりができている。その向こうに見えるのは騎兵?
この国の兵士たちが帰ってきたのか? いや、掲げられている旗が城に描かれてるこの国の国旗みたいなもんと違うから、あれがばるなんちゃらの軍隊なんだろう。
だったら、なんであの人だかりにいる連中は喜んでるんだ?
不意に俺の頭上で何かがはためく音がする。視線を上げてみれば、横断幕が建物の二階を跨いで掲げられている。
『歓迎! バルデンフェルト帝国様御一行』
……文字が読めること以上に書いてある内容が驚きだよ!
あれか? もしかしてさっきまで静かだったのはばるなんちゃらの軍隊がいつやってくるかっていう期待で静かになってたのか? どんだけあのデブ王嫌われてたんだよ。
国が滅びて喜ぶ国民。よっぽどひどい国だったんだな……
ものすごい勢いで集まりだした人の波が、ばるなんちゃらの兵隊たちが通れるだけの幅を残して、大通りを覆い尽くす。
人の波に流されて気づけば通りを囲む人垣の最前列に追いやられてしまった。
徐々に近づいてくるばるなんちゃらの兵士たちの姿。歓声で耳が痛いけど、ずいぶんと堂々としている。
「?」
不意に正面を向いていた先頭を行っていた女性騎士と目が合った。
切れ長の瞳は鮮やかな深紅。陽光を受けてきらめく金色の長い髪は、女性だったら誰もが羨むだろうほどの美しさだ。白人らしい白い肌と白銀の鎧、白馬にまたがる姿は芸術って言っていいんじゃないだろうか? でも、なんとなく線の細さに鎧が似合わない。騎士よりも文官みたいな感じが似合いそうだ。
そんなことを俺が考えている間も女性騎士は視線を逸らさない。え、なに一目惚れですか?
なんかすぐ後ろの兵になんか言ってる。周りがうるさくて全然聞こえないけどどうしたんだろう。
「おいお前」
「俺?」
「あぁ、そうだ。セリル姫様から話があるそうだ、ついてこい」
女性騎士と話していた兵士がこっちへ来たけど、姫ってどういうこと? いや、あの女性騎士が姫様ってことか? それも気になるけど話ってなんですか?
やっぱり一目惚れされたか?いやぁ、照れるなぁ。
っけ、冗談だよ。残念ながら俺がモテるはずがない。生まれてこのかた彼女なんてできたためしはないし、俺なんぞが人様から好意を抱かれるような柄かってんだ。
じゃあいったいなんだって言うんだろうな……
まぁいい。どうせやることもないし、ついていけば何とかなるだろう。
俺は、声をかけてきた兵士に導かれ、兵隊の行列の最後尾に続いて城へ向かった。なんか、俺に歓声が向けられてるみたいで少し気分がよかった マル
ばるなんちゃらの兵士たちは列をなして街の中心にある城へ入城した。
こういった戦争をしている世界で、戦争に勝った国の人間は本能の赴くままに略奪なんかをするイメージがあっただけに、粛々とした空気の中で入城する様はなんとも不思議な感じがした。
しばらく応接室みたいな場所で待たされた後に連れて行かれたのは謁見の間って言えばいいのか? 広い造りの部屋の奥には豪奢な椅子に座った女性騎士の姿、やっぱり彼女がお姫様なんだな。
入り口から豪奢な椅子、たぶんあれが玉座ってやつだろう。その玉座に続く床にはレッドカーペットが敷かれ、その左右には武装した剣士風の男とメイドさんが並んでいる。
せっかくリアルのメイドさんに会えたっていうのに、浮かれる余裕なんてありはしない。なんか知らんけど、ずいぶん厳かな空気が部屋の中を満たしている。あぁ、やばいな。こんな場所での礼儀作法なんて知らねえよ……
兵士に付き添われるように謁見の間の中央あたりまで進むと、その場に立たされる。ここで止まれってことですね。あの、跪いたりしなくていいんでしょうか?
「お主、勇者じゃな?」
………………は?え、あ、お?
今のは間違いなく、俺の前にいるお姫様の言葉なのか?ずいぶん変わった口調をしていらっしゃいますね?
お姫様なら、それっぽいしゃべり方をしてほしいけど……いや、まぁしゃべり方なんてその人の個性ってことでいいんだろうけど。やっぱりなぁ……
というか、あれだよ。前置きもなしにそんなこと言われてもなんて返事を返せばいいのか分かんねえよ。心の準備ぐらいさせてくれっての。
「何を呆けておる、質問に答えよ。そのポリエステールで出来たセーフクを着ている人族は勇者の場合が多いんじゃが、違うのか? もしや、勇者からセーフクを買った一般人とでも言うのか?」
「いや……よくわかんないっすけど、勇者らしいです」
「ふむ、そうかなるほどの。お主が……」
お姫様は興味深げに俺のことを見つめる。それこそ上から下に穴が開くほどに。おいおい、そんなに見られたら照れちまうぜ……冗談だよ。間違ってもこんなこと口にできないしな。
というか、このお姫様の纏ってる空気がやばい。あのハムデブとは大違いだ。これが王族の纏う雰囲気ってやつなのかね? 下手な受け答えしたら殺されそうだよ。
「なるほどの、あの間抜けな王が死ぬ間際に勇者に騙されたと言っておったが、まさか本当に勇者を召喚しておるとはな……」
「騙されたってのはちょっと納得できませんけど、何か問題でもあるんでしょうか?」
「いや、我が国に敵対するわけでもなしに問題などありはせんよ。しかし、だ」
「しかし?」
「お主はなぜあの間抜けに嘘をついたのじゃ?」
「嘘?」
嘘なんてあのハムデブについた覚えはない。めんどくさくなって適当なことは言ったような気はするが……
「お主がバルデンフェルトを滅ぼした、とあの間抜けは言っておったぞ?」
「あぁ、あのことですか。あれは嘘じゃなくて単なる冗談です」
「冗談?」
「はい」
「……ふむ」
お姫様は顎に手を当てて何かを考えてるみたいだ。いや、笑うとか怒るとかリアクションが欲しいんですけど……
なんか、物語的にはここで「冗談? 冗談だったと申すかはっはっは、お主面白いな。よし、余に仕えよ」みたいな感じでこのお姫様に気に入られて、ばるなんちゃらの勇者として大活躍! とかあるんじゃねえの?
「わかった。もう帰っていいぞ」
「は?」
え、なにそれどゆこと?
帰れってなにさ。これから異世界に召喚されて面白くなってくるところじゃないのか?
もしかしてどっかで選択し間違えたのか俺は?
「どうした、早く帰れ」
「あの……どうやって帰ればいいんでしょうか?」
「お前は馬鹿か?来た道を戻れば外に出れるじゃろうに」
あっ! 帰れってそういうこと? 地球に帰れって言ってんのかと思った。
でも、勇者が召喚されたんなら魔王と戦ったりするんじゃないの? ここで帰れってのはどうなのよ。
「あの、俺って勇者ですよ?」
「だからどうした」
だからどうしたって……
「魔王と戦ったりしなくていいんですか?」
「ほぅ、自ら魔王と戦う勇者に名乗りを上げるか。よほど武に自信があるようじゃな」
いや、自信も何も勇者ってそう言うもんじゃないの?
「いいだろう。ちょうどこの城にも我が国の勇者の1人同行させている。幸いにもバルデンフェルト武芸二十五士に名を連ねる1人じゃ。そやつとの勝負に勝つことが出来れば我が国の勇者として取り立てよう」
え、嘘。勇者って俺以外にいるの? 普通勇者って1人じゃないの?
つか、ばるなんちゃら25士って何よ、すっげぇ強い奴とか出てくんの?
勇者の1人ってことはお宅の国だけでも勇者が複数いるってことですか?
やばい、完全に俺の予想の斜め上の展開に思考が追い付いてこない。
「よし、では三井。相手をしてやれ」
「はい、姫様」
三井? 日本人か。
お姫様の後ろに控えていた剣士風の男が俺の前に出てくる。大学生ぐらいか?
喧嘩ぐらいはしたことあるけど、こっちは丸腰、相手は武器……つか、凶器持ち、勝てるわけない。
「君、この世界に来たばかりじゃない?」
質問、というより確認と言った感じで三井は言った。なんでわかったのかわからないけど、その通りなだけにぐうの音も出ない。
こっちが答えないのも関係ないのか、三井は剣を抜いて構える。
こっちが丸腰なのに武器を出すとか卑怯だろ。いや、どうする? どうしよう。どうすればいい?
「はじめっ!」
武器を持っていないから主に「心の」だが、こっちの準備がまったく整っていないと言うのにお姫様は無情に言い放った。
10メートルくらいあった距離が姫様の言葉の直後、瞬きするような時間で0になり、気づいた時には俺ののど元に剣がつきつけられている。
「なんだ、面白くもない」
あまりにもあっけない幕切れ。というか、勝負なんて恥ずかしくて言えるもんじゃない。
どうやら姫様は完全に俺から興味をなくされたようで席を立つとさっさと部屋を出て行ってしまった。
俺の方は生まれてこの方ナイフや包丁すらつきつけられたことがないもんで、自分ののど元に剣なんて言う物騒なもんがつきつけられている事実にへなへなと腰を抜かしてしまっていた。
三井が剣を鞘に戻すと乱暴に両腕を兵士に捕まれ、俺は弁解も何もする暇がないうちに城の外まで連れられて行き、まるでゴミを放るように門の外に投げつけられた俺は無様に地面に転がってしまう。
「さっさと帰るんだな、勇者様」
「じゃあな、気を付けて帰れよ、勇者様」
嘲るようにあえて俺を「勇者様」など呼んで俺を放り投げた一般兵AとB(仮)は城の中に戻っていった。
あっれぇ~、どこでフラグ壊したんだろ?