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37話 街を出ることになったんだぜ

「じゃが、魔人だからと言って国を追えば、それこそ恨みを買うではないか」


「あらあら、魔人の恐ろしさはあなただって知ってるでしょ? なにしろ、今でこそ昔の姿を取り戻しつつあるけど、国が私たちの生まれる前の大きさにまで追いやられたのは、魔人のせいなんだから」


「だからこそ、怒りを買うべきではないではないか」


「やり方次第でしょ。この街に着いてから調べたけど、この街にリエルドの騎士が来ているわ」


「っな!?」


「彼の目的はあの魔人をリエルドに連れ帰ること。せっかくだから、面倒事はリエルドに押し付けてしまえばリエルドの制圧も楽になるじゃない」


「じゃ、じゃが」



 セリルは言葉に詰まった。


 魔人の危険性。それはシャイナの言うことがもっともであるだけに無視できないことだ。


 帝国内に魔人がいる。そのことが民に知られれば、民たちは不安になり、下手をすれば国外に逃げ出すだろう。


 大陸西南部のリンガ地方、その半分にも及ぶ大国であるバルデンフェルトであっても、遊び半分の魔人の行いにより亡びる可能性がある。


 数百年前にはリンガ地方すべてを統治していたバルデンフェルト帝国が一時期最西端のごく小さな国にまで追いやられたのは他ならぬ魔人の手によるものだった。


 過去に前例がある以上、国内に魔人がいる危険性と言う点ではシャイナに反論する術がない。



「幸いにもあなたはあの魔人に依頼をすることができるんでしょ? だったら、リエルドの内部調査を兼ねて騎士についてリエルドまで行ってほしいとでも言って、国を出せばいいのよ。その後は、魔人が戻る前に戦を始めて国境を封鎖、魔人がいる街を徹底的に攻め立てて魔人をこの国に戻れないようにすればいい」


「じゃが、帝国がリンガを統一した後はどうする。統一してしまえば嫌が応にも国内に魔人がいることになる」


「それまでに魔人を倒せるだけの勇者を召喚すればいいじゃない。1人でダメなら2人でも3人でも。帝国が大きくなれば召喚魔法を使える魔法使いも数が揃うわ。幾重にも補助魔法をかければそれだけ強力な勇者が召喚できる」


「召喚できなければどうする」


「どちらにしろ、帝国がリンガを統一すれば魔王領と接するわ。それまでに魔王領との境を守れるだけの勇者がいなければ、帝国は魔王領からの進撃で倒れることになるわ」



 やはりと言うか、シャイナの言葉にセリルは何も言い返す言葉が思い浮かばない。


 シャイナの言うとおりなのだ。


 たしかにこのまま領土を拡大しても、人ならざる種が統べる大地、魔王領から先は進むことが出来ない。


 バルデンフェルトが領土を広げているのは、かつてリンガ地方を統べていた帝国をもとある姿に戻そうとするが為だ。


 かつてバルデンフェルト帝国が最も大きな領土を誇っていた時代にも、今と変わらぬ魔王領は存在している。


 強力な魔物、人間では太刀打ちできない魔族。さらにはそれらを超越した存在、魔王などという馬鹿げたものまでいるのでは、魔王領を支配することなど夢のまた夢のような話だ。


 魔王領からは、時折周辺の国を襲う時期がある。


 その時には、魔王領に接していない国までもそれに対抗するために軍を派兵している。


 誰も魔族に支配されたいとは考えないからだ。


 魔王領からの攻撃を防ぐのに最も効果があるのが勇者である。


 強力な勇者はただの1人で数千にも及ぶ魔物たちを一掃し、この世界にいる人間たちの被害を大きく減らしてくれる。


 その勇者は、各国が最高の術式を用いて召喚する最高クラスの勇者であり、魔王領からの進軍を抑えるために召喚された勇者たちは、そのすべてが魔人に匹敵する実力を有していたとも言われている。


 しかし、実際にその話を真実だと証明しようととある国が魔人と戦うために1人の勇者を召喚した。


 その当時、その国は現在のリエルド王国と同等かそれ以上と言われるほどに強大な国であったが、召喚された勇者はあえなく敗北。


 召喚した国も3日と持たずに魔人によって滅ぼされている。


 魔人とは、大国すらもまともには相手取ることが出来ないほどに強大な敵なのだ。



「あの魔人も、そういう意味ではいい試金石じゃない。魔人を倒せるだけの勇者が召喚できれば、魔王領までも制圧するための戦力になるわ」


「じゃが、勇者の実力を見るために戦いを挑み、帝国が狙われればどうする。それに、やつは今我らに敵意がない。友好的ですらある者を魔人じゃからと追放してはまずかろう」


「魔人は気まぐれよ。つい先日もシュリーガン公国が国内に存在を確認していた友好的な魔人に滅ぼされているわ。まぁ、この街で精一杯お仕事をしていたあなたはしらないでしょうけど」


「し、シュリーガンが亡びたと言うのか!?」



 シュリーガン公国は、規模でこそバルデンフェルトに比べられるものではないが、バルデンフェルト、リエルドに次ぐ強大な国家だった。


 バルデンフェルトの見解とすれば、リエルドを制圧した後は、最後の難敵がシュリーガン公国であったのだが、その国も今は存在しない。


 シュリーガン公国は数年前から国内に魔人がいることを公表していた。


 そのことにより、民の数は大きく減り、様々な産業に影響を与えられていたが、魔人を味方にすることが出来れば周辺各国を制圧するのにこれ以上ない戦力になる。


 公国は、魔人の力を当てにして国民の減少すらも無視をし、魔人の機嫌取りに全力を注いでいた。


 数年は魔人もシュリーガン国内に留まり、時折魔王領に帰っては公国へやって来るという形をとり一見友好的な静寂を保っていたのだが、ついにそれが崩された。


 命からがらに国を脱した兵の言葉によれば、魔人は「厭きた」と一言を口にすると、城を一瞬にして消し去ったという。


 その後も逃げ惑う民衆を虐殺し、シュリーガン公国首都、グルイラは半日も経たない間に跡形もなく消えたという。


 話を聞いた周辺各国は実情を知るために調査を行ったのだが、グルイラがあった場所には焼け焦げた平地がただ広がっているだけだったと言う。



「セリル。あなたは帝国もシュリーガンの二の轍を踏ませるつもり? あなたのわがままで帝国7億もの民を犠牲にするつもりなの?」


「そ、それは……」


「あなたがなんと言おうと、私たち王族には民を、そして国を守る義務があるの。魔人が国にいる危険性と国の外にいる危険性、その2つを比べて国の外にいる方が安全ならば私たち王族は国内から魔人を排斥する義務があるのよ」


「……………………わ、わかった」



 シャイナの言葉に、セリルは折れるしかなかった。





――――side in


 キッタローンとの決闘の翌日になって、俺はお城に呼び出された。


 キッタローンの野郎に文句はあるし、三井さんかお姫様に直談判してやろうと思っていただけにいいタイミングだ。


 あぁそう。アリアさんの傷の具合は、レスティアナさんが言っていた通りに傷跡も残らないぐらいに軽いものだった。


 まぁ、だからといってキッタローンを許すつもりはないけどな。


 アリアさんは軽傷とはいっても、キューマさんに言われて仕事は休み。


 騎士に切られたと言うこともあって、キューマさんも城の方に抗議をするそうだ。


 味方が増えて助かる。


 で、珍しく私用があるっていうレスティアナさんはついてこないで、俺とスクルドだけでお城に向かった。


 お城に到着したら、いつも通りに謁見の間でお姫様が入ってくるのを待っていたわけなんだけど、なぜかいつもよりもずいぶん長く待たされた。


 いつもだったら、3分もしないで入って来るのに今日はどうしたんだろう。



「面を上げなさい」



 ようやく謁見の間にやってきたらしい、声に従って俺は顔を上げた。


 にしても、今日はなんか声が違いますけど、風邪でも引きました……か?


 誰?


 声に出さなかったのは上出来だろう。


 いつものお姫様、セリル姫様もいるにはいるんだけど、俺に顔を上げるように言ったらしい女性の斜め後ろに控えている。


 俺に声をかけたらしい女性。


 胸の谷間があらわになっている扇情的なドレスを身にまとったナイスバディ……いやいや、いきなりそこから説明するのはどうよ。


 あぁ……緑色の髪……すごいな。髪の毛に緑の色素なんてあるのか?


 いや、それを言ったらセリカちゃんのピンク色だって不思議な色だよな。


 だからって緑はなぁ……ぶっちゃけ変。


 まぁ、髪の色は変なんだけど美人なことに変わりはない。


 目鼻立ちははっきりしているし、ほっそりとした顎、若干垂れ下がり気味の目、口紅を塗っているんだろうけど、そんなことがなくとも目立つだろうぷっくらとした唇。


 あれだ。アリアさんが女子高で言うお姉さまで、この人はアダルトな感じのお姉さまだ。


 もう、漫画なんかでエロかっこいいお姉さまとして出てくる、社長秘書みたいなそんな感じ。


 まぁ外見のことはこの際どうでもいいんだよ。


 問題は、この人が誰かってことだ。


 セリル姫様よりも前に立っているってことは当然、彼女よりも立場が上の人物。


 お姫様の上って言ったら、王様?


 あれで男?


 いやいやいや、それはない。だったら女王様か王妃様ってことだよな。


 若ぇ……え、あの外見でセリル姫様のお母さん?


 どう見ても20前後だろ……


 この世界の女性の結婚適齢期なんて知らんけど、アリアさんが独身……ギルド職員のお姉さま方が彼氏欲しいと嘆いているあたりから考えると、20代ぐらいだよな。


 まぁ、王族がこれに当てはまるかはわかんないけど、仮に結婚したのが20歳としよう。


 セリル姫様はたしか、俺よりも年上で、三井さんよりも年下ぐらいのはず。


 ということは、18か9ってぐらいだろう。


 ……40ぐらい? え!? あれでアラフォー!?


 信じらんねぇ……耳の形も普通だしエルフってことはないだろう。


 人族であの外見で40歳とか……どんだけ若作りなの?


 それともあれか? 王族は見た目年を取らないとでも? いつまでたってもお美しいんですか!?



「よくぞ参った。私はシャイアナ・シェスト・アナ・バルデンフェルト。バルデンフェルト帝国第2姫にして、あなたも知ってるセルフィールの姉よ」



 ……あ、お姉さまでしたか。


 あぶねぇ~、このまま自己紹介なしで話が進んでたら、王妃様とかセリル姫様のお母様とか呼ぶとこだったよ……


 もしもそんな風に呼んでたら……首が飛んでたな……間違いない。


 って、姉?


 なんで姉がいる。


 この街の政治はセリル姫様がやるって話だよな。


 あぁ、きっとあれだ。


 可愛い妹がしっかりしてるか見に来て、ついでに噂の迷宮をクリアした冒険者を見物しようって魂胆だろ。


 妹がお気に入りの冒険者だし、姉としても気になるんだろうな。


 俺には上はいないけど、下の妹もどきがいたから、気持ちはわかる。


 妹の仲のいい友達って言ったら、一回くらいは見ておきたいもの。


 まぁ、最近はお兄ちゃん、そんなこと考えるなんてウザいよ。とか言われてたけど……


 そう言うお前は、どうなんだよ。


 俺が、気になる子にアプローチかけようとしたら、俺より彼女のこと詳しいし、気づけば俺の黒歴史を彼女に教えてるとか……


 はぁ……鬱だ。


 まぁでも、下がいるって意味では、シャイアナ様? とも仲良くできそうだな。



「早速で悪いのだけど、あなたにはリエルドに向かってほしいの」



 ……


 …………


 ………………


 ……………………


 …………………………


 ………………………………


 ………………………………は?


 おいおい、再起動するのにずいぶん時間がかかったぞ。


 いや、それだけ衝撃的な話だったわけだけど。


 なに、どういうこと?


 いきなりあんたは何を言っちゃってくれてるんだ?


 自己紹介→依頼ってまぁ、確かに冒険者への依頼の順序として間違っちゃいませんよ。


 間違ってないからって、この状況でいきなり言われてはいそうですかなんて、なるわけないじゃないですか。



「報酬は、そうね……前金で300万B支払いましょう」



 だから、こっちが了承も反応もしてないのに、いきなり報酬の話とかすんなよ。


 しかも、300万なんて……300万!?


 ちょ、え!? 迷宮クリアした時より報酬高いってどういうこと?


 まさか、危ない薬でも運ばせるつもりか?


 いやいや、そんな薬運ぶだけで300万Bはないよな。


 だったらなんで?



「なぜ……リエルドへ?」


「あなたも帝国がリエルドと戦争が近いことは知ってるわよね」


「はい」


「迷宮をクリアした冒険者として、あなたは随分と有名だわ。それこそ、リエルドに行けば王族と話す機会だってあるかもしれない」


「……俺にバルデンフェルトの間諜になれと」


「えぇ。そうよ」



 おいおい。


 なんで、俺がスパイなんだよ。


 確かに俺はリエルド王国から御呼ばれされてるよ、あのバカな騎士が来てるぐらいだから。


 だからって、なんで俺にスパイをしろとか言うわけ?


 俺にはそんな技能はないし、バルデンフェルトぐらいデカい国ならそれぐらい自分たちでいくらでもできるでしょ。


 まぁ、直接王族と話せるとしても、そんな相手を誘導するような巧みな話術なんて俺にはできませんよ。



「……お断りさせていただきます」


「あら、それは困ったわね」



 ……全然困ったように見えませんけど。


 はぁ。まぁ、お姫様の冗談だったってことだろ。


 そりゃそうだよな、スパイなんて重大な仕事を冒険者に頼むなんてどうかしてる。



「実は、あなたがリエルドのスパイなんじゃないかって話がこの城に広がってるのよ」


「は?」



 え、なにそれ?


 初耳なんですけど。



「あなたは、ちょうどこの街を帝国が支配するタイミングでこの街にいたじゃない。だから、リエルドがあらかじめ帝国を調べるために用意していたスパイなんじゃないかって疑いがかかってるの」



 おいおいおい、ちょっと待て。


 ありえないだろ。


 俺は、この街で召喚されたんだぞ?


 しかも、リエルド王国の関係者なんて、つい最近出会ったあのバカくらいのもんだ。


 それをスパイだなんて……どうかしてるだろ。



「私も、セリルからあなたの話は聞いていたし、すごい冒険者が国内にいるってわかって嬉しかったわ。だけどね、この世界に来て1月も経たない勇者が、ここ数百年誰も成しえなかった迷宮攻略なんて大業を成し遂げるなんて、普通はありえないのよ」



 そりゃぁ、偶然が重なった結果だから仕方ないじゃん。


 俺だって、好きでクリアしたわけじゃないよ。



「で、実はあなたはリエルドに召喚された勇者で、帝国をスパイするために訓練をうけた後にこの街に来たんじゃないかって話になってね」


「それは違いますよ。俺は、正真正銘この街で召喚された勇者です」


「それを証明できる?」


「え? ……そうだ、俺を召喚した魔法使いがこの城に捕まってるはずです。ですよね? 前に話を聞いた時は処刑じゃなくて投獄って言ってたんですから」



 そうだ。あの爺がいる。


 少なくとも、俺を召喚した人物がいる以上はこの上ない証人になるはずだ。



「悪いんだけど、彼は死んだらしいわよ」


「え?」


「牢屋で毒を飲んでばったり」


「そんな……」


「それに、召喚した魔法使い1人だけだったら、証拠にもならないわ」


「な、なんで……」


「別に、自分が召喚したって言うだけなら、誰でもできるわ。それこそ、リエルドから大金を渡されてそう名乗り出る人間がいたとしてもおかしくないわ」



 ……仮に自分が殺されるとしても、貧民層なら家族のために自己犠牲になる人間は確かにいるかもしれない。


 だけど、だからって……


 他の証人と言えば、ハムがいたはずだけど……あいつは俺が召喚された次の日には帰らぬ人になっちまったからな……



「帝国がこの街を制圧した時点で、召喚魔法を使えるだけの魔法使いはこの国にいないはずなの。だから、自分が召喚したって名乗り出る魔法使いがいても、証拠能力は皆無よ。それに、本人はこの世にいないし」



 ……え、じゃあどうすんの?


 スパイ疑惑を晴らすためにスパイ行為をしろと。


 なんか、本末転倒と言うか、意味わかんない状況になってるじゃん。



「で、でも、仮に俺がリエルド王国のスパイだったとして、今からリエルド王国に行かされたりしたら、結局は情報を持ち帰ることになるじゃないですか」


「あなたがこの街に居ようと居まいと、作戦は変更されるわ。仮にあなたがスパイだったとしたら、情報を何も持ち帰れずに、罰を受けるだけ。だから、あなたがこの依頼を断ろうと努力すればするほど、あなたへの疑いが強まるのよ」



 ちょ、おま……


 マジかよ。


 この街離れないって決めたのにこの街追い出されるの?


 なんかひどくない?


 スパイ容疑なんてかけられれば、いろいろと不自由な思いもするだろう。


 下手をすれば拷問だって受けるかもしれない。


 痛いのはやだなぁ……



「この街には……戦争が終われば戻ってこれますよね?」


「えぇ。リエルドさえ亡びれば、あなたの疑いも晴れる。そうしたら、この街にでもどこにでも行けばいいわ」


「…………わかりました」



 あぁ……もう最悪だ。


 戦争なんて、そう簡単に終わるもんじゃないよな。


 半年か、1年か下手したら10年とか……


 さすがにそれはないって信じたいけど。


 だけど、いくらなんでも……はぁ。



 泣きたい。







「な、なんですってぇ!?」



 家に帰ってさっそくこの街を出る羽目になったことをアリアさんに報告すると、アリアさんは俺の鼓膜を破るつもりなんじゃないかってぐらいデカい声で言った。


 いや、言ったなんてもんじゃない。叫んだ。


 驚いてくれるのは嬉しいんですけど、もう少し俺のことを気遣ってもらえると助かります。



「ちょ、ちょっとどういうことよ」


「だから、今話した通りです。少なくとも1週間以内にこの街を出ることになりました」


「1週間ですか、まぁそれまでに準備は出来ますし私は構いませんよ」



 ……意外だ。


 てっきりレスティアナさんはあらん限りの罵倒を浴びせて来るもんだと思ったけど。


 なぜにこんなにおとなしいんだ?


 なんか、裏がありそうで怖い。



「あんたねぇ、そんな大事な話その場で決めたって言うの!?」


「いや、断れる空気じゃなかったんで……」


「空気だった、空気じゃなかったってあんた、男だったらもっと強気になって俺はスパイじゃないって言いきればよかったじゃない」


「だから、んなこと言える状況じゃなかったの! いつもお姫様の後ろにいる侍女さんが鉄の処女(アイアンメイデン)とか拷問道具を大量に用意してたんだぞ!」



 そうなのだ。


 なぜか謁見の間と言う王族だっている公式な場所だと言うのに、シャイアナ姫様の後ろにいた侍女のお姉さんが、次々に拷問器具を持ち込んできていたんだ。


 しかも、1つ1つ運んでくるたびに、俺の方を冷たい目で……まるで俺の反応を楽しむみたいに運んでくるんだぞ。


 あの怖さはその場にいないとわからない。


 マジで怖かったんだ。


 絶対、依頼をあの場で受けなかったら、拷問されてた……間違いないってマジで。



「あんたねぇ……」


「し、心配しなくてもこの街には必ず戻ってくるから。今の俺があるのはアリアさんのおかげだし、仕事が終わったら今までのこと全部まとめてお礼をさせてもらうよ」


「……絶対?」


「絶対」



 お姫様だって戦争が終われば戻ってきていいって言ってたし、落ち着いて考えればバルデンフェルトとリエルドの戦力差は圧倒的だ。


 下手をすれば、1年もかからないで勝負がつく可能性だってある。


 だったら、俺は精一杯仕事をして少しでも早くこの街に戻れるように努力するだけだ。



「わかったわよ……約束だからね」


「うん……あぁ、そうそう。俺が戻ってくるまでに恋人が出来てたら、お祝いも盛大にさせてもらうから」


「―――――(プチン)」



 ん?


 なんか、切れる音がした?


 いやいや、この部屋に切れるようなものなんてないよな。


 レスティアナさん、なんでそんな呆れた顔をしているの?


 ん?


 アリアさん、そんなに肩を震わせてどうしたの?


 ……あ”!


 俺は、レスティアナさんが呆れている様子を理解した。


 恋人のいないアリアさんに、恋人が出来たらなんて言ったら、嫌味以外の何物でもない。


 そりゃあ気を悪くするのも当然だ。


 やばい、昨日みたいなアッパーカットでも喰らったらひとたまりもないって。


 なんとか機嫌を取らないと……



「は、ははは。じょ、冗談だよ? あ、アリアさんみたいに美人で優しい女の人に恋人がいない今の状況がおかしいだけなんだから……あの、俺が戻ってくるまでには絶対恋人もいるよね。もう、盛大にお祝いできるようにリエルドに着いたら、すぐに準備を始めておかないと……」


「――――(プツ、プツ)」


「そうだよ、アリアさんの素晴らしさをわかってない周りの男がどうかしてるんだって。アリアさんにふさわしい王子様みたいに完璧な男がきっとすぐにでも迎えに来てくれるから……あの……ね?」



 あ、アリアさん……顔が怖いです。


 もしかして火に油を注ぎましたか?


 なんか、もうレスティアナさんを家につれてきたときとか、セリカちゃんのことを見つかったときとは比べ物にならないぐらい顔が怖いです。


 阿修羅か般若か……鬼だって逃げ出すな。


 いや、まじで……



「――――(ブツン)」



 なんか、すげぇデカい何かが切れる音がした。



「この、バカァァァァァ!!!」


「グホァッ!」



 え、俺どうなった?


 テーブル越しにアリアさんの拳を喰らったような気はした。


 だけど、喰らったんだよな?


 ずっと見てたけど、アリアさんの拳が動いたようには見えなかった。


 テーブルがあるおかげで、足は使えないはずだし……


 でも、痛くない。


 痛く……いて、いてぇ!


 な、なんだ?


 どうなった?


 なんで、突然痛み出すんだ?


 殴られてから、痛みだすまでなんで時差があるんだよ……


 普通、殴られたことがわかんなかったら、痛みが来るのは殴られたことを理解した後だろ?


 なんで、殴られたことを理解しようとしている途中で痛みが襲ってくるんだよ。


 どんなマジックだこの野郎!



「あぁ、もうわかった。私も一緒に行く」



 え? あの、どういうこと?


 何がわかったの?


 というか、ものすごい痛いんで湿布みたいなものありませんかね?


 というか、一緒に行くって……あれ?




 結局、街を出る日までに、リエルド王国のギルドへ異動が決まったアリアさんも俺の旅に同行することになった。


 アリアさんに話した翌日には、ゲイルの馬鹿たれにも話に行き出発の日である今日までに、武器屋のおっさんや、迷宮で世話になったおっさんにも挨拶に行った。


 そう言えば、あのおっさん2人が兄弟だったのは驚きだ。よく考えれば顔も体格も似ていたから、気づかなかった俺が鈍いのかもしれない。


 そして、馬車へ荷物の積み込みも終わり、後は出発するだけという状態になると、門のあたりに見送りに来てくれた人たちの姿がちらほらと。


 三井さん、キューマさん、モブ子さん、おっさんブラザーズ……以上。


 あれ、意外と少ない?


 まぁ、さすがにお姫様がお見送りに来てくれるほど好感度は高くないだろうし、お姫様が一介の冒険者風情の見送りに来るのも問題だろう。



「坊主、リエルドに行っても達者でな」


「リエルドの迷宮では無茶するんじゃねえぞ」


「ありがとう、おっさん」



 おっさんブラザーズとそれぞれ握手を交わす。


 言っちゃ悪いが、汗臭いからさっさと次に行きたい。んだけど、おっさんたちはハグまでしてくれた。


 だから、汗臭いんだよ。


 ……並び的に次はモブ子さんなんだけど、モブ子さんは俺のお見送りじゃなくて、アリアさんへのお見送りだからパス。


 まぁ、接点も少ないからね……でも、見送りに来てくれた唯一の女性だったのに……



「ガイ君。この街には必ず戻ってきてくれたまえよ」


「はい」



 この街に来てから、さんざんお世話になったキューマさん。


 いや、ある意味あんたのおかげで冒険者を続けられたよ……幸か不幸かは別にして。


 まぁ、ナイスミドルなキューマさんとは汗臭くもないし、握手だけでなくハグまでオッケーのスタンスでいたんだけど、キューマさんはハグをしてこなかった。


 さすがナイスミドル。


 ハグしてたら、鼻の下に蓄えられた髭がちくちくしただろうから、まぁ助かった。



「ガイ君……すまないね、リエルドになんて追いやることになってしまって」


「いえ、三井さんのせいじゃないですよ」



 三井さんは俺がリエルド行きの依頼を受けた後も、依頼を撤回させようとさんざん弁護してくれた。


 これ以上文句を言えば、クビと言われても食い下がろうとする三井さんを見て俺が止めたぐらいだ。


 さすがに、弁護してくれるのはうれしいが、俺のせいで三井さんが職を失うのは心苦しい。


 その気持ちだけで胸がいっぱいです。



「……あと、もう1つ君に謝らなくちゃいけないことがある」


「へ? なんですか?」


「……来い」



 三井さんが言うと、門の陰から1人の騎士が現れた。


 いや、元騎士と言った方が正しいんだろうか。


 元騎士とはいっても、アリアさんを襲おうとした偽合コン事件の元騎士じゃない。


 俺と決闘までした男、キッタローン・マグカフェルの姿がそこにあった。



「な、なんでお前が……」



 キッタローンは、俺がスパイという噂を真に受けて決闘を申し込んできたらしい。


 そのことで、真実が明らかでないのに、誇りあるバルデンフェルト騎士が噂だけをもとに決闘を行い、あまつさえ敗北。しかも、一般人まで傷つけたということもあり、騎士の位を剥奪されたのだ。



「実は、キッタローンにもチャンスが与えられることになってね。君との決闘だって、キッタローンなりに帝国を思っての行いだった。ならば、チャンスぐらいは与えるべきって話になったんだ」


「それと、今ここに居ることと何の関係が……まさか」


「そう。キッタローンもリエルドまで同行させる」


「な!?」


「幸いにもキッタローンは騎士の位を剥奪されたおかげで一般人だからね。今回の国境越えも問題なくできるし、連絡係にもうってつけってわけさ」


「……だからって」



 キッタローンのやつは、まだアリアさんに謝罪していない。


 バルデンフェルト帝国として、騎士団の代表の三井さんがお詫びに来たんだけど、キッタローン自身がアリアさんに頭を下げたわけではない。


 そう言う意味で、俺はこいつのことを許せてはいない。



「別に、私はお前に許しを請うつもりはない。私は私の役目を全うするだけだ」


「っち。わかった。わかりましたよ。これもバルデンフェルトの依頼の一部ってことでしょ? なら、納得するほかないじゃないですか」


「そう言ってもらえると助かるよ」



 こうして、リエルドへ向かう俺たちの一行は、俺とスクルド、アリアさん、レスティアナさんに加えて、ゲイル、セリカちゃん、キッタローンの計6名と1匹になった。


 俺は少しずつ離れていく街から、こちらを見ている見送りに来てくれたみんなに、揺れる馬車の中から大きく手を振った。


 徐々に小さくなっていく見送りのみんな。徐々に離れていく街。


 この世界に召喚されてから、ほんの1ヵ月程度しか生活していないと言うのに、間違いなくこの世界での故郷はこの街だった。


 リエルドとの戦争。すぐには終わらないのかもしれないけど、戦争が終わったら必ず戻って来よう。


 俺は膝の上で丸くなっているスクルドの背を撫でながら、いつまでも街の方向を眺めていた。


 

これにて『箱庭の勇者 ~ガイのなりあがり冒険記~ 1章 街編』は完結です。

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