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30話 冒険者と騎士

 (略)

 さて、こいつはいったいどうするべきだろう。

 助けたからと言って金品を要求する行為は褒められたことではないけど、そう言った打算が目的で助けるのは、こんな世界だし仕方がない部分はあるだろう。

 問題なのは、それを自分の名前じゃなくて他人(おれ)の名前を使ってやってるところだ。

 自力で解決できた上に、他人(ひと)の名前を勝手に使って恥知らずな真似をしている。なんて、文句を言いたいところはあるけれど、助けられたのは事実だ。

 やってることもこの間アリアさんを襲った馬鹿な連中よりもまともだし、とりあえずこちらの名前を明かして、名前を騙るようなマネは辞めるように交渉するか。


「助けてもらったことには感謝している」

「だろ? だったらお礼をさ」

「まぁ、お礼をしたくない言い訳ってとられるかもしれないけど、あの程度なら自力でどうにでもできたから。とりあえず、お礼はさせてもらうけど……こっちから条件がある」

「なんだ? もしかして、サインでも欲しいのか? それとも俺の武勇伝でも聞きたいのか?」

「実は俺の名前も獅子王ガイって言ってね。もしも、あんたが金稼ぎのために俺の名前を語るんだったら、それを辞めてほしいんだ」

「…………ほぅ」


 タンクトップは俺の言葉を聞いて目を細めた。

 さっきまでの雰囲気はなんとも小悪党染みていたけど、今の雰囲気は三井さんに近いものがある。なんていえばいいのか……そう、知的な感じで詰将棋みたいな戦い方をする奴の雰囲気だ。

 迷宮を踏破したことでレベルが上がった俺は、はっきり言ってこの世界に来たばかりのころとは比べ物にならないぐらい強くなっている。それこそ、相手の強さや雰囲気を気配と言えるような、感覚で察することができる。

 三井さんやレスティアナさんは冷静に戦う理性タイプって感じなんだけど、目の前の見るからにガテン系脳筋男が三井さんやレスティアナさんと同じか? いや、戦い方とか身のこなし、雰囲気ってやつは見た目の影響を受けるわけじゃない。

 それに、タンクトップの実力は勇者である三井さんには遠く及ばないだろうし、俺から見ても強いだろうけど負けそうにない程度の実力だ。アイアンナイトよりは強いだろうけど、ジェネラルよりは弱いぐらいだろう。つまり、戦い方を気にする必要は別にない。


「お前も獅子王ガイって言うんだな」

「ちなみに、迷宮を踏破して最近街でも有名なのは間違いなく俺ですよ。ギルド職員やお姫様に確認してもいい」

「なるほどな……つまり、お前が勇者なわけだ」

「……えぇ」


 なんだか、不穏な空気になってきた。

 いつでも動けるように神経を研ぎ澄ます。スクルドも思いっきりタンクトップをにらみつけて唸っているし、レスティアナさんも矢に手をかけている。


「ラッキーだな」

「は?」


 タンクトップの動きは完全に俺の予想とは違うものだった。

 剣を抜くわけでもなく、俺に近づいて肩をバンバンと叩いている。まさか、これが相手に呪いをかけるための条件だとかってことはないだろう。

 浮かんでいる表情は心底無邪気な笑顔だ。


「いやぁ、まさかこんなに早く会えるとは思わなかったぜ」

「え? あれ、は?」


 まったくもって状況が理解できない。

 会えてよかった? 何を言っているんだこいつは。

 俺に会うために名前を語っていた? まぁ、自分の名前を語って悪事……悪事か? 人助けをして見返りを要求するのは……悪事じゃなくて図々しいだけだな。いや、俺の評判は悪くなるだろうから悪事って言えるか?

 と、とりあえず確かに自分の名前を語っている人間がいれば気になって調べる、もしかしたら直接相手に会おうとすることだってあるだろうから、まったく無駄なことではないだろうけど……


「もしかして、俺に会うために俺の名前を語ってたのか?」

「あぁ。そうだ」


 念のため問いかけた俺の言葉にタンクトップは鷹揚に頷いて答えた。

 馬鹿だ。馬鹿がいる。


「なぁ、そんなことしないでも俺を探してるってことは俺がこの近くの街の冒険者だってことぐらいわかってるだろ?」

「まぁな」

「だったら、ギルドで俺に依頼を出したいとかって呼び出してもらえばいいじゃないか」

「……あぁ、なるほど」


 やっぱり気づいてなかったのか。

 ギルドでは、特定の冒険者に依頼したいという人間のために指名依頼という制度がある。本当ならば、ギルドを介さずに直接冒険者と契約したい場合は自分で相手の冒険者を探す必要があるが、ギルドを介する指名依頼という形で冒険者を呼び出してもらい、ギルドでは契約せずに外でもう一度ギルドを介さずに契約することも暗黙の了解として可能となっている。

 冒険者を探しているのならば、ギルドで呼び出してもらえばこんな真似をする必要はない。

 そもそもこんな真似をすれば、相手(おれ)に不快な思いや悪い印象を抱かせるとは思わないんだろうか?

 少なくとも、表立って探すことができないからギルドで呼び出してもらうわけにはいかないにしても、こんな手段は下策だろう。


「まぁいいや。で、用件はなんだ?」

「実はな……」



――――side out


 バルデンフェルト帝国第6騎士団所属2等騎士 キッタローン・マグカフェルは典型的なエリート一家の出身である。

 10歳でバルデンフェルト騎士学校へ入学、家の援助もあったが歴代3位のわずか3年でそれも卒業し、それから数年の間は順調に出世を続けてきた。

 バルデンフェルトの特殊な階級付の成された騎士の中で、騎士団所属の2等騎士と言えば近衛騎士団や精鋭として名高い白騎士団や黒騎士団へ上がるまであと一歩というレベルで、言うなればスポーツのプロで2軍チームのトップ選手と言える。

 ただの中小貴族の次男や三男であれば、今の地位で終わっても十分であるし、年齢を考えればさらに上に上れる可能性があるだけに順調と言って過言なかったのだが、キッタローンは違う。

 キッタローンの今の地位は、騎士の家系としてバルデンフェルトでも有名なマグカフェル家にとって実に恥ずべきことであり、キッタローンは実家ではつまはじきものにされていた。

 兄はキッタローンの年齢のころには白騎士団で名を馳せていたし、弟はすでに黒騎士団で4等騎士として活躍している。

 3人兄弟の中で、名前のない騎士団(ナンバーズ)に所属しているのはキッタローンだけだ。

 キッタローン自身、マグカフェル家において、そのことが恥ずべきことだと言うのはわかっている。

 戦場では武功をたてようと駆け回るが、いつも大きな手柄は横から奪い取られ、彼自身の武功は微々たるものでしかない。

 それが自分よりも下の騎士であれば、いくらでも文句はいえたのだが、彼の武功を奪うのはだいたいが彼よりも上の階級の騎士だ。

 それを同僚に愚痴ったこともあった。

 しかし、その同僚がそれを上に報告し、同僚は昇進、自分は降格。

 いつもいつも、どこかでキッタローンは裏切られていた。

 弱小国家を攻めるセリル姫の騎士団に組み込まれたことも、彼には何もいいことはなかった。

 本来であればセリル姫が隣国を攻めるのだから、近衛騎士団が出るものかと思われていたが、もともと数の少ない王族の近衛騎士団は本国に詰めているため、単なる弱小国家を攻めるためにわざわざ出撃したりはしない。

 キッタローンが組み込まれたのは名前のない騎士団(ナンバーズ)から各2名ずつ選出された仮初の騎士団だ。

 しかも、その騎士団長はもともとセリル姫が子飼いにしていたバルデンフェルトの騎士ですらなかった男だったのである。

 仮初とは言え近衛に近しい仕事を与えられたことに家の人間は喜んでいたのだが、騎士団長が騎士でもなかった男であることを知ると、キッタローンに対する態度はすぐに普段のものに戻った。

 それでも、戦になれば武功の立てようはある。

 キッタローンはわずかばかりの期待を持って隣国へと向かったのだが、戦の1つもせずに国は落ちた。

 キッタローンを取り巻く環境は何一つとして変わらない。

 弱小国家を攻め落とした次は、リンガ地方中央地域でも強大で知られるリエルド王国との戦いになるのだが、その戦いにセリル姫は赴かない。

 つまり、キッタローンはこのまま本国へと戻ることになる。

 リエルド王国を攻めるための本体が到着するまでの時間を落とした国で過ごすことにはなったが、キッタローンには何の成果もなく、ただ無為な時間だけが過ぎていた。

 そしてそれは、キッタローンが苛立つのに十分な時間であった。

 臨時の近衛兵団、騎士団ですらない、臨時の近衛兵団に選ばれた名前のない騎士団(ナンバーズ)の騎士たちは今の状況に憤りを感じる様子がない。

 それだけでも、現状に不満を持つキッタローンにとっては許しがたいことだと言うのに、さらに彼を苛立たせるのが1人の冒険者の存在だ。

 近くの迷宮に異変があり、魔物が迷宮の外へ溢れ出た際、事態を収めるためにセリル姫がとった方法が冒険者を雇うことであった。

 なぜ、自分たち騎士の手で解決させようとしないのか。

 なぜ、冒険者などという無法者に頼ろうとするのか。

 キッタローンには理解できず、苛立ちはつのる一方だった。



「冒険者……か……」



 キッタローンは誰にも聞かれぬほど小さな声で囁くのだった。




8月13日

本文全改訂

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