29話 偽物
(略)
防具やらの調整なんかが終わり、受け取ったその日から冒険者としての活動を始めた。
自分の意志でやると決めた以上、キューマさんが最初に提示してくれた通常の倍の報酬というのはやめてもらい、お姫様から受け取った報酬で、前に出してもらった武器の代金もすべて支払った。
これで、俺は誰かに後ろめたい思いもしないで、冒険者をやることが出来る。
さすがに、ギルドに恩があったりするとなんか後々面倒なことになりそうだし、借りっぱなしってのはよくないからな。うん。
と言うわけで、今日もまた肩にスクルドを乗せてゴブリン討伐の依頼を受けた。案の定と言うか後ろにレスティアナさんがついてきている。
まぁ、ついてきてはいるけど、レスティアナさんのことだし助けてくれたりはしないんだろうな……
久しぶりの迷宮以外の仕事だし、1人で討伐系の仕事を受けるのは初めてだからちょっと不安がある。とは言っても、所詮はゴブリンだし、迷宮で戦ったダークネスバットとかアイアンナイトよりは弱いだろう。
近くの村を襲ったりする10匹くらいの集団で、なかなかに村人たちは困っているそうだ。
「連携はどうするつもりですか?」
「へ?」
依頼されたゴブリンがいる場所を目指して森を歩いている途中で突然レスティアナさんが言った。
連携って……あれ? もしかして手伝ってくれるのか?
迷宮ではさっさと死ねぐらいのスタンスだったのにいったいどういう風の吹き回しだ?
「ど、どうしたの急に」
「私としてはあなたがどうなろうと構いませんが、あなたにもしものことがあればクレイ様が悲しみます」
それは私も本意ではない。と。
うわぁ……まさかホントに手伝ってくれるとは。
「とりあえず、俺が前衛でレスティアナさんは弓で援護ってことでいいんじゃない?」
「……あなたは馬鹿ですか? いえ、そう言えばこの世界に来て間もない勇者で経験不足なんでしたね」
「……面目ない」
なんか、毒舌吐かれたかと思ったら微妙にやさしい。
棘がなくなったわけじゃないんだけど、今までの触れることが出来ないぐらいの剣山とかヤマアラシみたいな棘が、だいぶ減った感じだ。
「私は武器は基本的に弓を使いますが、精霊魔法が使えます。今回はゴブリンが10匹程度ということでそれほど警戒する必要はないでしょうが、せっかくの比較的安全な機会です。連携を学ぶためにもある程度は今後の方向性を考えて戦うべきでしょう」
そう言えば、レスティアナさんは精霊魔法が使えるんだったな。
精霊魔法ってのは、エルフみたいに自然に近い生活をしている種族に仕える人間が多い魔法だ。
人族が使う魔法とは完全に別系統の技術だ。自分の体内にある魔力を消費して使うのが普通の人族が使うような魔法で、契約した精霊にお願いして精霊の力を使うのが精霊魔法だ。
これは自分の力をまったく使わないのであれば便利なのだが、そんなに都合のいい話があるわけもない。
まず、基本的に精霊は自分の生まれ育った場所を移動しない。契約した精霊との距離に応じて威力が増減するというデメリットがある。魔力を消費することで距離のデメリットを多少軽減することはできるが、その場に精霊がいないのであれば、やはり力は幾分弱くなる。
ならば、一時的に精霊をその場所に召喚するという方法もあるが、これも距離や精霊の格によって消費する魔力に差が生じる。
他にも、契約できるかは精霊との相性次第で力の強い精霊と契約できなければ能力的には初等魔法にも劣る威力しかない場合もあり得る。
と、これが俺の知っている精霊魔法の簡単な知識だ。
「え~と、だとすればどうしたらいいんでしょう?」
生憎と俺は精霊魔法どころか普通の魔法すら戦闘で使っているのを見たことがない。
……そう言えば、この世界に来てから普通の生活で使われるような初等魔法とか治癒魔法は目にしたことがあるけど、戦闘で中等以上の魔法を使ってるのは1度も見たことがないな。
なんか、ファンタジーな世界にいるって言うのに損した気分だ。
っと、とりあえず、俺は普通の魔法と連携することもなかったんだから、いきなり精霊魔法を使った連携と言われても思いつくことはなにもない。
「場合によりけりです。単体の強力な魔物であれば、精霊を召喚するか強力な精霊魔法で大きくダメージを与えるのが有効です。あなたの役目は囮ですね」
囮って……いや、まぁ確かにその通りだろうね。感覚的にはネトゲとかと同じなんだろう。ネトゲとかやったことないからよくわかんないけど、なんとなくそんなイメージがある。
「今回は数が少ないとはいえ、複数の敵です。最初に私が精霊魔法で注意をひきつけ、反対側からあなたが奇襲、その後は随時私は弓で援護するという形がいいでしょう」
なるほどね。うん、実際にやってみたら問題はあるかもしれないけど、やるべきことはわかった。
せっかくレスティアナさんが仲間っぽい戦い方をしようとしてくれるんだ。頑張ってみよう。
で、実際にゴブリンたちの巣まで来たわけなんだけど、どう見ても10匹じゃない。
10匹どころじゃない。どう見ても50匹はいる。
でもまぁ、ゴブリンくらいなら~なんて思っていたら、普通のゴブリンだけじゃなくてゴブリンメイジがかなり混ざっている。
50匹のうち40匹近くがメイジだ。
ここまで来るとゴブリンメイジの中に普通のゴブリンが混ざっているって言った方が正しいだろう。
ゴブリンメイジってのは、要するに魔法を使うゴブリン。
単純な攻撃力も低いし、接近戦になれば簡単に倒せるけど、近づくのが難しい。
まぁ、数が増えても、やることは同じだ。とりあえず作戦通りに行動を開始する。
敵の数が予想より増えたことでレスティアナさんが唱える呪文が長くなるそうだから、俺はその間に反対方向へ移動する。
ゴブリンたちに気配を気取られないよう慎重に、でも出来るだけ素早く。
俺がちょうど位置に着いたところでゴブリンたちの立つ地面が爆発した。
混乱するゴブリンたち、今の一撃で10匹以上が消し飛んだ。
精霊魔法ツエェ。
って、見入ってる場合じゃない。
ゴブリンたちがレスティアナさんのいる方に攻撃を始める前に俺もバスタレイドを抜いて駆け出した。
近くにいたゴブリンを両断して、次の獲物に襲い掛かる。
俺の後ろから近付いてきたやつはスクルドの体当たりで腹に穴が開く。
飛んでくる矢は俺をに向かってくるなんてことはなく、確実にゴブリンたちの頭を貫いていた。
なにこれ、超完璧じゃん。
と、油断したのがいけなかったのか、ゴブリンメイジが火の玉を打ち出してきたのに気づくのが遅れた。
俺の体に命中した火の玉が炸裂する。やばいダメージを負ったかと思ったが、ぜんぜん痛くもなんともない。せいぜいがちょっとピリピリするぐらいだ。
火の魔法。そうか、サークレットの魔法威力削減が効いたんだろう。
威力が半分になるってことだから、本当ならもっとダメージはデカかったんだろう。
でも、今のダメージで考えるとこれが倍になっても大したことなさそうだ。
塵も積もればなんとやら、油断はいけないけど今回は無事に終わりそうだな。
予想通り無事にゴブリンたちの殲滅が終わった。
万が一この場にいないゴブリンがいたらまずいので、ギルドで教えられたとおりに巣の入り口を壊して入れないようにする。
こうすることで、ゴブリンたちはこの巣を捨てて別の場所に移動する。巣を壊されたゴブリンたちは敵を警戒して、今よりも人里から離れた場所に巣を作り直すだろう。
これで、ゴブリン討伐は完了。ギルドカードを見て、成功の判定がされている確認すると俺はレスティアナさんに近づいた。
「レスティアナさんお疲れ。無事に終わってよかったよ」
「そうですね。ですが、ゴブリンメイジごときのファイアボールを喰らうなんて油断しすぎです」
「すいません」
「あなたが怪我をすればクレイ様が悲しみます。いえ、クレイ様だけでなくアリアだって悲しむでしょう」
だから、俺は出来るだけ怪我をしないようにしないといけない。他の人のために、とは言っているけど、レスティアナさんが俺を心配してくれていることがなんとなく嬉しく思える。というか、対応が何ともツンデレっぽい。
なんだろう。普段悪いことばかりしてるやつが、ちょっといいことすると実は良い奴なんじゃ? っていうパターンみたいなのだな。
普段毒舌ばかりのレスティアナさんが俺のことを心配してくれてる状況はだいぶそれに近いだろう。
いや、あんまりこんな風に考えるのはよくないな。素直に……素直じゃないけど心配してくれてることを素直に感謝しよう。
「レスティアナさん、ありがとう」
「っんな!? な、なんで私にお礼を言うんですか!」
「いや、だって俺を心配してくれてるんでしょ?」
「だ、誰があなたの心配をしているって言うんですか!? わ、私はあなたではなく、クレイ様やアリアを悲しませてはいけないと……」
「うん。でも、そう言う風にでもレスティアナさんが怪我をしないように気を付けろって言ってくれるのが嬉しいからさ。ありがとう」
「っ! ……し、知りません!」
レスティアナさんはプリプリと怒って歩き出してしまった。
俺は慌ててレスティアナさんの後を追いかける。
なんだか、これからの冒険者としての生活はうまくいきそうだ。
なんて、考えていた俺が甘かったです。
どう考えても、この世界に来てからの俺の不幸さってやつは群を抜いてる。
俺ってもともとこんなに不幸だったっけ?
いやさ、何があったかと言えば、襲われてるわけだ。
誰に?
盗賊にだ。
「なかなか、いい女じゃねえかよ、そのエルフは」
「男はバラして、女は高く売れそうだな」
「男だって、それなりの値段で売れるんじゃねえのか?」
「馬鹿、あんな男じゃ誰も買わねえよ」
「それもそうか。がっはっは」
「ぎゃははは」
……なんで、俺は何も恨まれるような覚えのない盗賊に馬鹿にされなきゃいけないんだ?
と言うか、盗賊さん方の会話は何?
すごく説明口調と言うか、突然現れていきなりそんなこと言われてもこっちは対応に困りますよ?
急展開すぎて、こっちは混乱するし謂れのない罵倒は受けるし、踏んだり蹴ったりだよ。
「おら、おとなしくそこのねえちゃんこっちに寄越しな」
「言うとおりにすれば、お前だけは助かるかもよ?」
殺すとか目の前で言っておいてよく言うよ。
「早くしろガキが!」
「あぁ……と。そのあなた方は盗賊でいいんですよね?」
「あん? そうだ。俺たちは泣く子も黙る『親切盗賊団』だ」
読みを変えればしんせつ盗賊団。
……なんなんだこいつら…………
この説明口調とかは、こいつらの親切なのか?
んなアホな。
「……で、あなた方は何がしたいんですか?」
「だから、そこの女を寄越せって言ってるんだよ」
「つまり、人攫いをしている。と」
「そうだよ! くだらないこと言ってないでさっさとしろ!」
見た目はどう見ても盗賊だし、やってることも一応盗賊。
盗賊なんて初めて見たよ。
でも、身のこなしって言えばいいのかな。それが、大したことない。
剣は持っているけど、重心の置き方もテキトーだし、構えもなってない。
これが油断を誘っているとかならなんとなく納得できるけど、目の前の親切盗賊団の皆さんは大まじめな顔をしていらっしゃる。
これはあれだ。
俺でもわかる。
こいつらは大したことない。
下手したら、さっきまで戦ってたゴブリンたちの方がよっぽど手ごわそうだ。
人数は、隠れてでもいなければ5人。
この間のアリアさんを襲った連中と同じ感じで瞬殺できそうなぐらいだな。
「はぁ……あんたたち――」
「ちょっと待ったぁ!」
「――盗賊なんて馬鹿な……ん?」
誰だ、人がせっかく盗賊たちを説得しようとしてるってのに邪魔するのは。
「な、なにもんだ!?」
「ど、どこに居やがる!」
声はすれども姿は見えず。
盗賊団の皆様も、声から察するに男がどこにいるのかをきょろきょろと探している。
「話は聞かせてもらったぜ。とぉっ!」
軽快な着地音。
なんとなく俺の目を引いたのは、短めのオレンジ色の髪。
夕日を受けてさらに色を深めている。
カーゴパンツにタンクトップ。
なんとなく、ガテン系のお兄さんを想像させる体つきと服装。
高校進学せずに就職した中卒ヤンキーか?
そう言えば、地球でも幼馴染にいたな。
髪の毛はまっきんきんで、いつもこんな感じの服装。
冬場に遊びに行ったときにも同じ格好だったから、正直正気を疑ったのは良い思い出だ。
あいつは元気にしてるんだろうか?
「残念だったな、盗賊ども。この俺、獅子王ガイに見つかったのが運のつきだ!」
……またか?
またなのか?
「な!? し、獅子王ガイだと!?」
「おい。まずいんじゃねえのか?」
「帝国の勇者だぞ。下手に相手したら、帝国まで敵に回る……」
「に、にげろぉ!」
オレンジ髪の名乗りはよっぽど効いたんだろう。
盗賊たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
と言うか、帝国の勇者じゃないからな。俺はあくまで普通の冒険者だ。
それにしても、これがオレンジ髪のおかげだったら、素直に感謝できたんだろうけど……
ねぇ?
「大丈夫だったか?」
「……えぇまぁ……」
「そうか、それはよかった」
なんとなく、いい人そうなのが救いだけど、だからって人の名前をかたるのはどうなんだ?
というか、迷宮クリアとお姫様が贔屓にしてくれてるって話が方々に広がってるせいで、俺の名前は変な方向に有名になってないか?
いくらなんでもこうも短い間に2人も俺の名前をかたる奴に会うなんていくらなんでもおかしいだろ。
「俺は、獅子王ガイ。名前ぐらいは知ってるか?」
「えぇまぁ……名前はよく聞きますけど……」
下手に言うと話がややこしくなるからやめておこう。
少なくとも、この人がかたる分には悪評は立たないだろう。人助けしてるし。
「そうか、ならよかった」
ん?
この差し出されたてはなんですか?
握手を求めるなら手は横を向いているはずですよね?
なんで手のひらを上に向けてこっちに突き出しているんですか?
「実は、金に困っててな。助けられたんだから、お礼ぐらいは払うだろ?」
前言撤回。
こいつもだめだ。
はぁ……なんで、俺の名前をかたる奴は変なやつしかいないんだ。
いや、そもそも人様の名前をかたる人間がまともなわけないか。
7月8日
冒頭、ガイとレナの会話を追加
レナの毒舌を緩和
ゴブリンとの戦闘シーンを大幅変更
セリカの登場シーンをカット