28話 退屈との戦い方
(略)
迷宮をクリアしてから数日が過ぎた。
お姫様からもらった報酬のおかげで金にも困らず、平穏な日々が続いている。
ちなみに、報酬は俺とスクルドが80万Bずつで、レスティアナさんには90万B受け取ってもらった。
案の定、姫様の言っていたスクルドの分は50万Bにして、俺とレスティアナさんが100万Bっていう振り分けは、断固として反対されたのでお互いに最大限譲歩した結果がこれだ。
俺とスクルドは2人で金を使う以上、ある意味スクルドの分け前はレスティアナさん以上だ。という無理矢理な論法で納得させた。
たまには俺だって、強気に出ることだってできるんだ……たまにだけど。
とまぁ、問題なく報酬を分け合うことができたし、金はあるから無理に仕事をする必要はない。
実に平和な日々が続いている。
昼ごろになって起きて、アリアさんの作っておいてくれた昼食を食べる。
夕方まで市場とか商店を冷やかして、夜にはアリアさんの作ってくれた夕食を食べる。
食費とか入れてるって言っても、もはやニートと変わりない。
ただ、1週間もたってないのに問題が生じつつある。
生じたわけじゃない、まだ問題って言うほどのものじゃないから。
だけど、それはこのままだと深刻な問題になりそうだ。
それは、何かと言えば、退屈なんだ。
この世界には漫画がない、テレビもゲームもパソコンもない。
現代人の俺にとってこの世界は退屈すぎるんだ。
迷宮をクリアするまで怒涛のような毎日を過ごしてきたから気付かなかったけど、この世界には娯楽が少ない。
このままだと退屈で死んでしまいそうだ。
仮にこの世界に来てから冒険者にならないで、下働きを続けていればこんな考えは思いもしなかったと思う。
商店なんかで働いている人を見ても、店主以外は実に忙しそうに働いている店がほとんどで、毎日くたくたになるまで働いていただろう。
だけど、幸か不幸か俺は冒険者として大金を掴んでしまった。
何事もない平和な日々を過ごしている以上、この退屈ってやつは実に厄介な敵だ。
どうするか。
俺以外のこの世界に来た人間は、その大部分が召喚した国に仕えている。
それはつまり、国に仕える勇者として毎日鍛錬の日々を続けてるってことだろうから、俺みたいに毎日ぶらぶらとすることがない以上、こんな疑問は抱かないと思う。
三井さんみたいに召喚した国には仕えず、冒険者になる人だっているだろうけど、その人たちだって冒険者として日々仕事をしているだろう。
戦闘力を持たずにこの世界に召喚された人たちだって、料理人や下働きなんかをして生活をしている。
たぶん、こんな疑問を持ったのは俺が初めてなんじゃないだろうか……それはさすがに言いすぎか。
だとしても、娯楽が広まってない以上は、俺ほど深刻に退屈ってやつを問題だと思っていなかったってことだ。
この退屈と言う敵を打倒するために、俺も何かをしなくちゃいけない。
「それで、あんたはなにをするわけ?」
「それがわからないから、相談してるんじゃないですか」
「馬鹿ですね」
「えぇ、馬鹿ね」
「2人ともひどくない!?」
夕食の席で、そんな俺の考えを話したところ、アリアさんとレスティアナさんの2人から馬鹿呼ばわりされてしまった。
2人ともひどい。
「馬鹿って言うなら、2人はどうすればいいのかわかるっての?」
「そんなの簡単じゃない」
「そうですね。あなたは、冒険者でしょう?」
「冒険なさいよ」
「そんな、身も蓋もない……」
そりゃぁ、俺だって冒険者なんだから他の人たちと同じように冒険するってのも選択肢の1つだけど、それにはどうしても危険が付きまとう。
俺が求めてるのは、安全で自分が死んだり怪我したりしない娯楽なんだ。
仕事がしたいわけじゃない。
人間誰だってニートとして生活できるなら、ニートでいたいはずなんだ。
「そもそも、あんたがもらったお金だって、一生生活できる額じゃないのよ。 そのお金がなくなったらどうするつもりよ」
「あなたがどうなろうと知ったことではありませんが、クレイ様に貧しい生活をさせることなど認めません
「……確かに」
確かに、レスティアナさんの意見はちょっと置いとくとして、アリアさんの言う通りだ。
バルデンフェルトは俺みたいな本籍を持たない勇者でも、国内で生活する以上は1年に一度税金を納める必要がある。
額はだいたい1000B。これは、日本とかとも同じく資産とかで前後するから、俺の場合は収入が不安定な冒険者と言うことを考えても1万Bくらい。
俺の寿命が、日本の平均ぐらいと考えて75歳くらいって考えれば、残り60年くらいこの街で生活すると60万B。
いつまでもアリアさんの家にいるわけにもいかないから、そのうち自分で家を買うなり借りるなりしないといけないし、生活費その他もろもろを考えれば、おおよそでも年間2万Bは消費される。
これも60年間払い続ければ、120万B。
いくら節約したって、半分も減らせないだろう。
そうすると、俺がニートとして生きていくには大体200万Bはないと厳しい。
「あんただって、結婚すれば子供も生まれる。そんなことになったら、どれだけのお金が必要か……養育費ってのはあんたが考えてる以上に高いわよ」
「う、うぅ~ん」
やっぱりこのまま働かないってのは無理があるか。
でもあれだ、とりあえず冒険者ギルドをやめられるまではニートを続けて、冒険者を辞めてから働けばいいんじゃないか。
そうだよ。そうすれば、命の危険だってない。
「とりあえず、冒険者ギルドをやめられるまではこのまま生活を続けて、冒険者をやめたら働くよ」
「あんたねぇ……それがまかり通ると思ってるの?」
「は?」
「あんたは今、バルデンフェルトの三姫、その中でも蛇みたいに狡賢くて、しつこいことで有名なセリル姫様が直接依頼を出すような冒険者なのよ?」
「うん、まぁ」
「そのセリル姫が、あんたを認めてるってことは最終的にあんたをバルデンフェルトの騎士にでも取り込もうとしてるってのが、うちのギルドの大方の予想よ」
「…………」
「その姫様が、あんたが冒険者を辞めることを許すと思う?」
「…………無理……」
っていうか、三井さんもこの間の別れ際に言ってたは。
セリル姫が俺を狙ってるって……それって、やっぱりそういうことだよね。
「仮に、セリル姫の強引な勧誘を断れたとしても、冒険者を辞めることは絶対に認められないわ」
「な、なんで?」
「迷宮をクリアできるような冒険者が、怪我もしてないのに引退するなんて認められるわけないじゃない」
「…………でも、あれは偶然だったんだよ?」
「世間はそんな見方してくれないわよ」
……いやいや、諦めるな俺……
ニートライフを送るんじゃないのか?
でも、ここ数日ニートライフを送って、楽しかったか?
楽しくとも何とも……うん、文字通り何にもなかったんだよな……
平和だけど、平和すぎて刺激がない。
冒険者として生活してても、死なないようにすれば何とかなる。
幸い、姫様からもらった賢者の指輪があるから、モンスターと戦ってさえいれば、怪我だってほとんどしないで済む。
時々危険度の少ない迷宮で、ちょっと上の方の階層を巡って、普段は雑魚モンスターを狩る。
うん。なんとなく、未来図が想像できる。
「冒険者を、続けるしかないんですよね」
「嫌?」
「さぁ? そんなに嫌じゃないってのが素直な感想です。死ぬのは嫌ですけどね」
「死なないように努力すんのも冒険者の仕事の内よ」
「そうですね」
まぁ、仕方ない。
冒険者として、頑張ろう。
……だとしたら、鎧があのまんまってのはまずいよな。
迷宮でランスに突き刺された穴がそのまま残ってるし……
明日あたり、おっさんの店にでも行ってみるか。
「ごちそうさま」
「はい、お粗末さま」
とりあえず、手甲の状態も確認しとかないとな、冒険者になってからずっと使ってるしそろそろメンテも必要だろうし。
「よかったですね」
「え!? な、なにが?」
「あの男が、冒険者をやめてこの家を出て行くと言わなくて……」
「っちょ、あんた何言ってるのよ!」
「? アリアさん、どうかしました?」
「なんでもないわよ!」
「は、はぁ」
き、急に怒るなんてどうしたんだ?
まぁ、アリアさんが怒るのはある意味デフォだから気にしてもしょうがないかもしれないけど……
明日は早めにおっさんの店に行きたいし、今日は早めに寝るとするかね。
冒険者としてやっていくと決めた翌日、俺はさっそく新たな防具を求めてバスタレイドを買ったおっさんの店を訪れた。
防具の品ぞろえは良いとは言えないが、別に質が悪いわけでもないし、おっさんの人となりを多少は知ってる以上、この店がいいだろう。
まぁ、いろいろサービスしてもらった恩もあるし。
「おっさん、いるかい?」
「おぉ、坊主どうした?」
「防具を買おうと思ってね」
「防具? この間、買ったじゃねえかよ。それに、うちは武器中心だぜ? 防具が欲しいなら他に行けよ」
「そう言わないでくれよ。武器はこの間買ったバスタードがあるから必要ないけど、迷宮で防具が壊れちまってね、新しくしたいんだ」
「だから、防具はうちの店の品ぞろえは悪いんだよ」
「おっさんには、いろいろおまけしてもらった恩があるし、防具だって数は少ないけど質は良いじゃん。俺はおっさんの店で買いたいんだよ」
「ったく、うれしいこと言ってくれるぜ」
まずは店に並べられた防具を適当に見る。
今回は、冒険者としてやっていくと決めた以上、下半身を守る防具も買わなくちゃいけない。
さすがにフルプレートメイルなんて買っても、重すぎてなかなか使えないし、腰回りを守る防具にブーツみたいな形のものがいいんだよな。
「おっさん、やっぱり防具はこれで全部?」
「あぁ。だから、うちは武器中心だから防具の品ぞろえはよくねえって」
「前のバスタードの時みたいに店の奥にあったりは……」
「しねえよ」
「そっか、残念」
バスタレイドの時みたいに、掘り出し物があったりしたらうれしかったけど。って、それはさすがに贅沢か。
店に並んだものから選ぶとしたら、この辺になるんだよな。
前に買ったものと同じタイプの上半身を肩まで守れる鎧。
前回はうまく表現できなかったけど、よくよく考えてみればサ●ヤ人の防具の、タンクトップ型じゃない、肩まで守れるタイプのやつによく似てる。
さすがに、サ●ヤ人の防具みたいに、肩の部分が軟らかくて簡単に腕をあげられるってわけじゃないけど、上段から剣を振り下ろすのに問題ない程度には稼働できる。
しかも、今回のやつは値段が一ケタ違う。
前回は1万Bだったけど、今回のやつは15万Bだ。
何が違うかと言えば、材質が違う。
前回のやつは、鋼製。鉄より硬い材質でなかなかにいい品だったんだけど、さすがにどでかいランスで一突きにされたらたまらなかった。
だけど、今回の材質は鋼。
変わってないかと思うけど、実は違う。
前回のは魔法を使って大量生産された人の手がほとんど入っていない鋼だったけど、今回のは職人の手によって作られた、人の手によって作り出された鋼だ。
同じ鋼でも、硬度や重さ、値段は段違いだ。
ってのが、おっさんの説明なんだけど……
「なぁおっさん。この間来たときは、こんなに高いもん売ってなかったよな?」
「おう」
「じゃあなんで?」
「おめえが、獅子王ガイだろ?」
「あぁ。うん。ってか、なんで知ってるの?」
「キューマから受け取った手紙に書いてあったよ。んで、お前が最近噂になってるお姫様から直接依頼を受ける冒険者ってわけだ」
「あぁ……そうだけど」
「そんな超一流の冒険者がくるんだぜ? 下手なもん置けねえよ。そいつは借金して買った、うちの店の中でも特別な一品だ」
「へぇ~……って、借金したの!?」
「あぁ。お前が活躍すれば、お前の武器を売ったのはこの店だって、わかる。そうすりゃ冒険者たちはうちの店に集まるさ。そうすりゃ、借金なんてすぐに返せるよ」
「だからって……無茶しすぎでしょ」
「まぁな。とにかく、うちの店の宣伝頼むぜ。お前には期待してるんだからよ」
そんなに期待されたって、応えられる自信はありません。
でも、できるだけの努力はしたいな。おっさんいい人だし。
とりあえず、この鋼の鎧とセットみたいな感じの鋼製の手甲。
鋼のすね当てに、それに合ったブーツ。
腰回りを覆うタイプのやつはちょっと見当たらないな……
あとは……そうだ、頭を守る防具もないとまずいよ。
やばいやばい。
体は守ってるのに頭はノーガードとかありえないし。
「そう言えば、おっさん。迷宮をクリアした報酬でこんなもんが出てきたんだよ。なんだかわかるか?」
俺は、そう言っておっさんに見せようと思ったサークレットをカウンターに載せた。
「こいつは……サークレットだが……なんだこりゃ?」
「おっさんにもわからない?」
「いや。どんなもんだかはわかるぞ。さすがに、武器屋なんてやってる以上、鑑定はできるしな」
でも、バスタレイドは見落としましたよね。
あれは、特別なのか?
スーパーレアの装備なんて早々見かけるもんでもないけど、おっさんでも気づかないなにか工夫でもあったとか……
って、そんなことして誰が得するんだよ。あほらしい。
「で、それって呪いとか、かかってる?」
「呪いっていうか、付与はいろいろとついてるな。こんなちんけなサークレット1つに全能の祝福つきなんて初めて見たよ」
「全能? 祝福?」
「あぁ。全能ってのは魔法の属性でも、光と闇を除いた火、水、風、土、雷の5属性がついてる。こいつは防具だし、軽減効果があるってことだ。祝福ってのは、装備することで装備者に直接能力が付与される装備のことを言うんだけどな」
あれだ、祝福ってのは装備すると素早さが+2されるとかそんなアイテムなわけだな。
全能っていうのに、光と闇は除くってのはイマイチ納得できないけど、そんなもんなんだろう。
「こいつは、全能耐性50%、魔力上昇、魔法威力上昇って馬鹿みたいな祝福がされてる」
「それってすごいの?」
「すごいってもんじゃねえよ。これを売れば、デカい家が買える。魔力と魔法威力の上昇率が10%なんて初めて見たぜ」
10%って言ったら、なんか大したことなさそうだな。
「全能耐性50%ってのも普通はありえねぇよ。そうだな、おんなじ形のサークレットでも普通はどれかの属性1つだけの耐性で10%もありゃ十分ってところだ。その普通のサークレットでも耐性があるってだけで1万Bは下らねえよ」
……単純計算なら5つの属性耐性があるから、5倍。さらに、耐性が50%で通常の5倍。
値段をそれに当てはめれば……25万B?
あぁ、でも魔法威力とかの向上もあるんだよな。
50万Bくらい?
「ちなみに、それに値段をつけるとしたらいくらぐらい?」
「俺なら最低でも白貨1枚は出すな……競りに出せばいくらになるのか見当もつかねえよ」
白貨って……100万B? って、100万Bだと!?
しかも最低でって……最低でも日本円で1億以上かよ。
これ売れば、目標額突破して、ニートライフ満喫できるじゃん。
やっぱ、冒険者辞めてニートになろうかな……
って、ダメだダメだ。
俺がニートになったら、おっさんが借金まみれになっちまうし、お姫様に恐ろしい目に遭わされる……
あぁ……でも、危険は少なくて安心できるニートライフにも心が引かれる……
って、ニートライフを送っても、退屈で死ぬんだよな……
はぁ。報われない。
「あんまり、見せびらかしたりするなよ。盗人に取られたりしたら、洒落にならん。さっさと頭につけとくんだな」
「つけとけば、取られないの? こんな頭に軽くはめるだけのものすぐに外れそうだけど」
「マジックアイテムだからな。このレベルのアイテムだと、装備者の意志で外そうとでもしない限り絶対に外れねえよ」
マジックアイテムスゲェ。
危険もないみたいだし、装備しよう。
100万Bのアイテムが盗まれるとかシャレにならないし。
「で、今回買うのはこれで全部か?」
「ん。まぁ」
俺がカウンターに載せた、買うものはさっきも確認した鎧と手甲、ブーツにすね当ての4つだ。
「おいおい。全部で40万はいくぞ」
「大丈夫。お姫様から、たんまり報酬貰ったからね。今回は前みたいにサービスしてもらわなくても大丈夫だよ」
「っへ。だったら、せいぜい俺はお前から金をふんだくってやるよ」
「ははは。お手柔らかに」
「やなこった。こっちは借金までしてるんだ」
「それは、おっさんが勝手にやったことだろ?」
「お前のためだよ」
「店のためでもある」
「言ったなこの野郎」
俺とおっさんは軽口をたたきながらその後も延々と雑談をつづけた。
これから冒険者になるって決めたけど、こんな人間関係が気づけるんならまんざら間違った選択でもなかったのかな。
7月8日
レナの毒舌を緩和