27話 報告
(略)
迷宮をクリアしてから2日目、お城へ報告する日だ。
例のごとく城へ着くなりすぐに謁見の間に通された。
お姫様は玉座でいつも通りのお美しいお顔でこっちをまっすぐ見つめてくる。
うん、ちょっと度胸がついてきたかもしれない。
この状況になってもあたふたしなくなったのは、大きな進歩だ。……と思う。
「では、報告を聞こうか」
「はい。結論から言うと、原因はわかりませんでした」
「知っておる」
そりゃあ、昨日キューマさんに話したことは伝わってるよな。
形式が大事だし言っただけだけど。
「しかし、迷宮を踏破したおかげで、根本的な問題は解決されたということで間違いはないな」
「はい」
……とうは、ってなんですか? 党派?
「うむ。依頼の内容とは若干違うが、問題を解決したのは事実。成功として問題はない」
「ありがとうございます」
あ。ありがたき幸せって言うんだっけ?
まぁいいや。突っ込まれないし。
「さて。これからの話をする前に一つお前に頼むことがある」
「な、なんでしょうか?」
まぁた、面倒なことを頼まれるのか?
今度は断ろう。
さすがに、今回の報酬を人質に断れないようにするつもりだって言うなら、こっちだって反論してやる。……本当だぞ。
う、嘘じゃないからな。
「そこに隠れているエルフに、殺気を放たぬように言ってほしい。しかし、あれはお主の連れであろう? なぜ、あのような場所にいる」
へ?
セリル姫が指差したのはビルで言えば3階分くらいがふき抜けになっている天井のあたり。
エルフってことは、レスティアナさんなんだろうけど、あんなところにいるのか?
というか、お姫様のくせに殺気とかわかんの!?
俺なんて全然気づかないけど……
「……レスティアナさん。いるなら、降りてきてもらってもいいですか?」
「………………」
やっぱり、いないんじゃないのか?
返事なんて返ってくるはずないよな。
「ふむ。顔を合わせるつもりはないようだな。まあ、殺気を収めただけ良しとしよう」
全然わからん。
返事がなかったし、適当なこと言った恥ずかしさを紛らわすために言ってるわけじゃないよな……
「では、今回の報酬の話に移ろう」
「……あ、はい」
「先に言っておくが、正確に言えば、依頼は達成されていないとも言える」
まぁ、迷宮からモンスターが溢れている原因の調査だったからな。
迷宮をクリアしたおかげで、迷宮はなくなったし、結果的にモンスターが溢れ出ることはなくなったから、今更原因はどうでもいいのかもしれないけど……
まさか、大国って言われてるバルデンフェルトが、そんな理由で報酬を値切ったりしないよな。
「しかし、根本的な原因を取り除いた事実と、今後予想された被害を抑えたという点からも十分な結果は残っている」
回りくどいな。
「よって、報酬は250万Bとする」
「はぁ……250万…………に、250万!?」
日本円にしたら……2億5千万円。
年末か、グリーンジャンボの1等に当たった額ぐらいあるし……
「不服か?」
「……すいませんが、俺には報酬として受け取るのに、この金額が少ないのか多いのかわかりません」
「そうだな。三井、もと冒険者のお前から教えてやれ」
「っは。……えっと、ガイ君。普通なら冒険者は迷宮を攻略することで報酬はもらえないんだ。お金になるのは、出てくるモンスターの素材とか拾ったアイテムなんかを売って収入にするしかない」
はぁ……でも、あの迷宮にアイテムなんて全然なかったですけど。
「今回は、国からの依頼ってことで報酬が発生したわけだけど、国から依頼を受けた場合の報酬の相場は、危険度にもよるけど10万Bから100万Bくらいだね。今回の依頼だったら、最高危険度の迷宮だったし、150万から200万Bくらいが妥当な線かな。まぁ、僕の経験的にだけど」
つまり、250万はイロをつけてもらっているぐらいの報酬なわけですね。
「お主が連れている契約獣を軽んじるわけではないが、人であらねばそこまで金を必要とすることもあるまい。お主の他にはあの、エルフの女以外に仲間はいないと聞いている。ならば、2人と1匹でこの額を十分にわけられよう」
「わかりました。ありがとうございます」
契約獣ってのはスクルドのことだろう。
他の人から見ると、こいつはそう言うポジションに見えるんだな……俺としては契約してる自覚なんてないけど。
とりあえず、セリル姫様の言う通りに分けるなら、100、100、50だけど、レスティアナさんがなんて言うか……
均等にわけることも考えておいた方がいいかな。
「そう言えば、今回の迷宮での戦いで指輪は役に立ったのか?」
「っえ!?」
指輪ってあの、魔法の威力が上がるってやつですよね?
……全然役立たずだったなんて言っても大丈夫か?
「多少の傷を負ったところで、魔物さえ倒せばすぐに傷が癒えるのだ。いくらかは助けにもなっただろう」
「はい?」
傷が癒える?
それって、どういうことですか?
あの指輪の効果って魔法の威力向上じゃなかったのか?
「あの、すいません。あの指輪の効果って魔法威力の向上じゃなかったんですか?」
「? 何を言っている。渡したときにも説明しただろう。あの指輪は魔物を倒せば倒すほど魔力をため込み、装備者が傷を負えば、溜まった魔力から治癒に必要な分を消費して傷を癒すと」
「……すいません。全然聞いてませんでした」
「なに!? では、あの指輪の由来も聞いていなかったと言うのか?」
「…………はい。……あの、どういったものなんですか?」
すいません。申し訳ないとは思うんですが、そんなあきれ顔をしてないでください。
「あの指輪は、かつて賢人と言われた魔法使いが、迷宮に向かった際に治癒魔法を使えぬ代わりに、創り出したものだ。殺した魔物のすべてを魔力として吸収するために、エルフの秘術でさえもおよばぬ傷でさえたちどころに癒すことが出来る。一説によれば、死者でさえ蘇ったとも言われておる」
…………あ、あぁ!
これか。
これのおかげだったのか!?
あの時、ランスで心臓を突き刺されたときに、この指輪の力が働いたって言うのか!?
どうりで、神様(仮)が否定するはずだよ。
神様(仮)本当に何もしてなかったんだから。
ん? でも、そんなすごいアイテムを……なんで俺に?
「あの、説明はわかったんですけど。そんなすごいものをなんで俺に? 自国の強い騎士とかに与えた方が、俺みたいな冒険者なんかに渡すよりも、よほど役に立つんじゃないですか?」
「ん? まぁな。しかし、お主がそれを付けた時にも言ったが、あの指輪に認められねば指が飛ぶ。これは一種の呪いであり、どんな治癒の魔法を使ったところで、治すことはできん」
……やっぱ、怖いなこの指輪。
「しかも、認められるのは10億もの人間に1人とも、その時を生きる人間の中で1人とも言われている。その指輪を創った当人ですらも、指がなくなったほどだからな。万が一にも我が国の騎士の指がなくなれば、そやつは騎士として使い物にならなくなる。そんな危ない賭けはできんよ。まぁ、そんなものがなくとも我が国の騎士は優秀だからな」
……だったら、俺の指はなくなってもよかった、と?
しかも、さりげなくお国自慢まで……
「そうですか。まぁ、おかげで私は命が救われたようですので、感謝するほかはないですが。本当にセリル姫様のおかげです、ありがとうございます」
「……命を救われた? そんなにひどい傷を負ったのか?」
「はい。迷宮の最後にアイアンナイトの集団と戦うことになったのですが、その際ランスが胸を貫きました。なぜ無事だったのか疑問だったのですが、おかげで疑問が晴れました」
「…………」
あれ?
何をそんなに驚いた顔をしているんですか?
「あの、なにかおかしかったですか?」
「…………いや。お主はよほど運がいいようだな。さすがにあの指輪でも致命傷を治癒するには数千か、はたま数万か。途方もない数の魔物を倒す必要があるだろう。どうやら、前の持ち主が倒していた魔物の魔力が残されていたのだろうな。お主は、実に運がいい」
…………マジっすか?
そう何度も死にたくはないけど、これがあれば死ぬ心配はだいぶ減るかと思ったけど、そうでもないんだな……
というか、今回はお姫様の言うとおり、本当に運が良かったわけだ。
数万ものモンスターを倒すなんて、どんだけの時間がかかることやら……
そもそも、前の持ち主はそんだけの数のモンスターを倒しておきながら、指輪の力を必要としないぐらい怪我をしてないってことだろ?
どんだけ強いんだよ……
「姫様、ちなみに前の指輪の所有者は誰だったんですか?」
「知らん」
「え?」
「私は、それを商人から買い取っただけだ。私個人の所有物だったからこそ、お主に報酬として渡すことも出来たんだがな」
そうか。
すごい強い人だったんだろうから、できたらちょっと会ってみたかったんだけどな……
まぁ、わかんないもんはしょうがないか。
そこまで、会いたいわけでもないし。
「他に聞きたいことはあるのか?」
「いえ。とくには」
「そうか。悪いが、私にはこの後にもやるべきことがある。今回の件ではお主には礼を言う他はない。これは報酬を支払っているということは別の問題だ。何かあれば、いつでも訪ねてくるがよい」
「っは。ありがとうございます」
「うむ。報酬は額が額だからな。ギルドの方に届けておく」
「はい」
「そうだ。1つ尋ねるがよいか?」
「え? あ、はい」
「この街を出る予定はあるか?」
「? いえ。今のところはありません」
「そうか。では、今後も何か依頼があればお主を頼らせてもらおう」
「は、はい。ありがとうございます」
すげぇ。
俺の知る限りでもバルデンフェルトはものすごい大国だ。
そこのお姫様ご用達の冒険者だなんて……ものすごい出世だな。
今回は十分な報酬も手に入ったし、しばらくのんびりできるだろう。
せっかくだから、魔法とか今まで知らなかったことの勉強でもしてみようかな。
とりあえず、決まってるのは、さんざん世話になってるアリアさんになにかうまいものでもご馳走しよう。
――――side out
ガイが城を出たころ、謁見の間には新たな人間が呼び出されていた。
たった1日の間だけ亡国の宮廷魔法使いだった男、ジ・ジーである。
腕には魔力封じを兼ねた枷がつけられ、謁見の間の中央で無理やりに跪かされている。
「お前が、迷宮の中にいた男だな」
「そうじゃ」
「ふむ」
こんな状況でも尊大な様子でいるジ・ジーをセリルは興味深そうに上から下へ舐めるように視線を這わせた。
騎士の中の幾人かは先ほどのジ・ジーの態度に顔をしかめたものもいる。
ガイはしゃべり方こそ王族に対するものではないが、セリルを敬おうとする意識は感じられる。加えて彼は、セリルが直々に仕事を依頼した客人でもある。
しかし、このジ・ジーは違う。
今回の事の真相を取り調べるために呼ばれた、罪人だ。
そんな男のセリルに対する態度には、狭量にならざるを得ない。
しかし、ここで手を出してしまえば、叱責されるのは騎士たち自身だ。
必死に剣にのびようとする腕を抑え、騎士たちはことの始終を見守っている。
「迷宮でなにをしていた?」
「ふん。迷宮を研究しておっただけじゃ」
「ほぅ。迷宮を研究していたのか。なるほどな。では、お前は迷宮の最下層にいたということだな?」
「そうじゃよ。ただ、お主の言う迷宮の最下層とは違う――」
「いまだ公表されていない、ダンジョンボスのいる階よりも下の階にいた」
「――ダンジョ……なに!? なぜ、お主がそれを……」
言葉の機先をとられたジ・ジーは驚きに目を見開いた。
いまだ、誰も到達していない。誰にも知られていない迷宮の謎を解き明かそうとしていた自分だけが知っているその場所を、目の前の女は知っていると言うのだ。
「なに、簡単な話だ。その場所での研究はすでに我が国で行われている。その場所で迷宮内の魔物の操作や、迷宮の構造を変えられると言うことも判明している」
「な、なに!?」
「その場所にお前がいた。そして、普通はありえないほどの魔物が迷宮からあふれ出す。なにが原因かは明白だな」
「な、なぜ……」
信じられない、そんな顔でジ・ジーは狼狽えるほかなかった。
セリルの方は、そんなジ・ジーを見て唇の端をゆがめる。
「気づかなんだよ。我が国で研究されている迷宮は500年以上前に発見され、攻略を進めるうちに近年になってようやく発見された場所だ。それをつい最近できたばかりの迷宮でよもやあの場所にたどり着く人間がいるとはな」
「く、くそ……くそぉ」
ジ・ジーは崩れるようにその場でうずくまった。
バルデンフェルトで研究され、それが発表されないのは未だ解明されていないからだ。
バルデンフェルト側の迷宮は、国がその場所を発見し、研究している以上設備や人数、あらゆる点でジ・ジーが行っていた研究よりも上を行くのは間違いない。
仮にジ・ジーが研究を終えたころには、それらのすべてが周知の事実となっていただろう。
起死回生の機会が実は、何でもないことだったと知らされたジ・ジーは愚かだった自分を嘆くほかない。
「お前の罪は重い。研究のためとはいえ、地上を壊滅の危機へと追いやった。これは我が国の中にありながら、国を危機に追いやる極めて重大な犯罪行為だ。よって、斬首とする」
「な、なぁ!」
ジ・ジーはセリルの言葉を聞いて、口をパクパクと動かした。
言いたいことの1割も声にならない。
斬首。つまりは死刑だ。
なぜ、自分が死ななくてはならないのか。
ジ・ジーには理解できなかった。
「連れていけ」
「っは」
ジ・ジーは衛兵に両脇を抱えられ、謁見の間を出されようとしている。
ここで死ぬ。
ジ・ジーにはどうしても我慢ならなかった。
例え徒労に終わることであっても、研究の邪魔をしたのはあの男なのだ。
あの男さえいなければ、こんなことにはならなかった。
もしかしたら、バルデンフェルトですら解明できていない謎が、自分の手で解明されていた可能性とて0ではないのだ。
「くそ。あの小僧に、わしが呼び出したあの小僧に復讐もしていないと言うのに……」
「! 待て!」
「は?」
「?」
ジ・ジーの言葉を耳にしたセリルが衛兵たちを呼び止める。
「お前、今なんと言った?」
「な、なにとは?」
「お前があの男を召喚したと言うのか?」
「あの男? 小僧か? わしをこんな目に遭わせたあの小僧を知っているのか!?」
「ふむ。どうやら、間違いないようだな」
セリルは顎に手を当ててわずかに思考を巡らせる。
この男は、どう見てもそんなに大した男ではない。しかし、しかしだ。
「いったん、先ほどの処罰を保留とする。そやつは牢に入れておけ」
「っは!」
今度こそジ・ジーは衛兵たちにつれられて謁見の間を出て行った。
残されているのは、セリル直属の騎士たちと侍女のマルフィオレだけだ。
「マルフィオレ、お前はあの男をどう見る?」
「先ほどの老魔法使いのことでしょうか?」
「そうだ。かつては、我が国で勇者召喚を行っていたお前はあの男が勇者を召喚できるだけの実力があると思うか?」
「……いえ、そうは思えません」
マルフィオレ・セティスリア。
セリルの侍女でありながら、かつてはバルデンフェルトでも指折りの魔法使いだった女性だ。
セリルが口にしていた通り、バルデンフェルト帝国内で5人しかいない召喚魔法が使える人間の1人でもある。
「お前もそう思うか……」
「はい。今は亡きデ・ブーの悪政により有能な魔法使いたちは皆、別の国へと移りました。召喚魔法が使える人間であれば、なおのことでしょう」
召喚魔法とは、魔法の中でも最上級の難度を誇る魔法だ。
魔法使いと一言に言っても、初等から最高位魔法まで4段階の難度の魔法が存在する。
初等魔法などは戦闘力を持たないそこらにいる民ですら扱える魔法で、言ってしまえばこの世界の人間はすべてが魔法使いのようなものだ。
しかし、魔法使いと呼ばれるのは、その先。
中等魔法を扱える人間を差すのが常識だ。
その上に、上等魔法が存在する。
4段階とは言っても、最高位魔法は伝説とも言われる魔法であり、事実上最高位を除いた3段階と言っても過言ではない。
そして、召喚魔法は事実上、最大難度の高等魔法。そのすべてを極めた人間がようやく扱えるレベルの魔法なのだ。
魔法使いは実力があればあるほど、どの国も喉から手が出るほどに欲しがる人材であり、高等魔法が使える人間ならば、宮廷魔法使いと言って遜色ない。
しかし、この国には高等魔法を使える人間が残っているはずがないのだ。
「あの老魔法使いは、よくても中等魔法最上級でしょう」
「そこも見解は同じだな」
召喚魔法は、高等魔法の基礎概論をもとに行使される魔法である以上、高等魔法が使えない魔法使いには十中八九、いや100%使用できない。
ならば、なぜあの男、ジ・ジーは獅子王ガイという勇者を召喚することが出来たのか。
ガイに感じる、普通の勇者たちとは違う何かが何なのか。
ジ・ジーの行った召喚魔法を調べることでわかるかもしれない。
セリルは、騎士たちにも見えぬようにニヤリと笑みを浮かべた。