24話 さようなら
(略)
断続的に襲い掛かってくるモンスターたちを倒し、87階に到達したところで俺は思わぬ人物と再会した。
俺をこの世界に召喚した元凶。
俺がこんな明日をも知れない世界を生きなくてはならなくなってしまった原因を作った爺。
「な、なんでお前がこんなところにいるんだよ」
たしかこの爺は、デブと一緒にバルデンフェルトとの旧国境で捕まったはずだ。
自分の目で見たわけじゃないけど、街中がお祭り騒ぎだったあの日に何度か耳にしたので間違いないはず。
「それは、こちらのセリフじゃ。なんでお主がここにおる」
「なんでも何も、俺は冒険者でこの迷宮を調べに来ただけだ」
「な、なにぉ? お前なんぞついこの間この世界に来たばかりじゃろうが! それなのに、この迷宮の最下層まで到達したと言うのか!?」
「は? 最下層? でもここって87階だろ?」
普通、迷宮はどれだけ浅いものでも100階以上の深さがある。それ以下の深さの迷宮は発見されていない。
だと言うのに87階が最下層なんて馬鹿な話があるわけない。
「155階じゃ!」
「……は?」
155階?
いつの間にそんなにワープしたんだ?
おっさんから新しく渡されたブレスレットにだって表示されてる階は87だ。
それがどうして155階になる……あぁ、なるほど。
「爺さん。呆けてるんならもっと安全なところで生活しろよ」
「呆けとらんわ!」
呆けてないなら、自分のいる階を間違えたりしないだろ。
って、どうしたレスティアナさん。急に俺の肩を叩いたりして。
「あなたはそこの変態と知り合いなんですか?」
変態?
……
…………
………………
……………………………
へ、変態だ!
「じじい! なんでてめぇ全裸なんだよ!」
「な、なに!? っわ。見るな! 見るでない!」
こんなところで爺に会ったって言う驚きで、今の今まで気づかなかったけど爺は全裸だ。
ご丁寧に脱いだ服が爺さんの近くに落ちてるし。
迷宮の中で全裸になるなんて、自殺行為だ。
というか、命の危険がある迷宮の中でわざわざ全裸になるなんてどんなマゾの露出狂だよ……
危険が多いだけにさらされる快感ってやつがあるのか?
「で、どうなんですか?」
「試してみようなんて思ってないぞ!」
「? 何をですか? 私はあの変態が変態の知り合いなのかと聞いているだけですが」
「いや、知り合いは知り合いだけど」
というかレスティアナさん。
今、あなたって変な字をあてませんでした?
「そうですか。やはり、変態は変態を呼ぶんですね」
「違う! 少なくとも俺はあの変態じじいと違って普通だ!」
「変態はみんなそう言うんです」
「だから違うって! そもそもあの爺が俺をこの世界に召喚しただけで、顔を覚えてただけだ。知り合いなんかじゃない!」
「今更他人のふりをしようとしたところで遅いですよ」
だから、ちがうっつぅに……
やばい。泣きたい。
最近、心の涙の流しすぎで心が水分不足と塩分不足でストライキを起こしそうだ。
「わしだって変態じゃないわ! ただ服を洗濯しておったから、脱いでいただけじゃ!」
「こんなところで洗濯する馬鹿がいるか!」
「ここにおるわ!」
んな馬鹿な返しは求めてねぇんだよ。
こんなところで洗濯なんかする馬鹿でアホで命知らずなやつがいるわけない。
そんな自殺志願者ありえないだろうが。
「それで、見たところ大した実力もないのにアイアンナイトの群れの中にいて大丈夫なんですか?」
「ふ、ふん。この迷宮内のモンスターはわしの言いなりじゃ。アイアンナイツの中におっても問題はない」
「ふむ……なるほど」
レスティアナさん、どうかしたんですか?
1人で納得してないで俺にも教えてください。
「ところで物は相談なんじゃが……」
「なんだ?」
「なんですか?」
「服を着てもいいかのぉ?」
「……どうぞ」
「どうぞ」
いつまでも生き恥晒してるのは確かに嫌だよな……
レスティアナさんはこんなんだけど、年下とは思えないほど大人びてる。美人だし、狼狽えもせず恥かしがることもなく、冷徹な目だけを向けられていたら、いかな露出狂でも服を着たくなるってもんだろう。
「ふむ。待たせたの。お主らなかなか物分りもよいようだし、1つ相談があるんじゃが」
「なんだ?」
「なんですか?」
「この迷宮を攻略するのを中止してくれんかの?」
「なんで?」
「わしにも事情があるんじゃ」
事情?
突然、迷宮攻略をやめろって言われても、こっちにだって目的がある。
何の説明もなしだと、やめるわけにはいかないよな。
レスティアナさんは、迷宮攻略の話になると、興味をなくしてしまった。
あくまでスクルドについてきただけだし、どうでもいいんだろう。
「こっちにだって、この迷宮を調べる事情がある。それとも、お前が解決してくれるのか?」
「いいぞ」
「だろ? だったら攻略をや、め……るなんて…………は? 今なんて言った?」
「わしもこの迷宮を調べとる。お主らの知りたいこともついでに調べてやるから、この迷宮から出ていくがよい」
「なるほどな。でも、どのくらいかかるんだ? そもそもどうやってお前の調べたことを俺に伝えるって言うんだよ」
「この迷宮が調べ終われば、すぐにここから出るわい。どうしても早めに知りたいと言うのなら、逐一この迷宮に来るがよい、地上とわしのいる場所をつなげる道はすでに見つけておる」
なら、問題ないか?
わざわざ俺が危険な目に遭わなくても、爺さんが解決してくれるっていうなら渡りに船だ。
そもそも何の知識もない俺が迷宮のことを調べるって言ったって、普通に考えたらできないことだろ。
それを専門家の爺さんが肩代わりしてくれる。
こんなにいい話はないな。
「よし。わかった。いいぜ、迷宮を出ていくよ」
「そうか。それは助かるわい」
「んじゃ、このことはお姫様に報告して、引き継ぎ済ませたから今回の俺の報酬だけ受け取ろう」
「ん? お主。今、なんと言った?」
「報酬を受け取ろうって……あぁ、心配すんな。わけを話せば、今回の俺の報酬以外にもお姫様がお前にも報酬を用意するだろうさ。信賞必罰、仕事さえすれば一応報酬はきっちり用意してくれるし」
「お姫様とは、バルデンフェルトの?」
「そう、たしかセリル姫だっけ?」
「な、なんじゃと!?」
なにをそんなに驚いているんだ?
もしかして、俺がお姫様と知り合いだからうらやましいとか……
んなこと言ったって、今の俺とお姫様の状態とか関係を知ったら、うらやむよりも同情してほしい。
まぁ、爺さんは俺とお姫様の関係なんて知らんのだろうけど。
「悪いが、お前たちを外に出すわけにはいかなくなった」
「はぁ?」
何を突然。
うらやましすぎてヤンデレ的なあれか?
事情は説明するからやめてくれよまじで。
「あのな、爺さん。うらやましいのかもしれないけど――」
「行け、アイアンナイツよ!」
「――うらやま……って、話聞けよ!」
俺の話を聞こうともしなかった爺さんの命令に従って、アイアンナイツ? でもレスティアナさんはアイアンナイトって言ってたけど……
ってそんなことはどうでもいい。
アイアンナイトの集団……あぁ、集団だからアイアンナイツになるのか。
……って、だからそんな場合じゃなくて。
アイアンナイトの集団が俺たちに襲い掛かる。
見た目は完全に重装備の鎧騎士。
たぶん、鉄のフルプレートメイルを着込んだようなモンスターだから、アイアンナイトって名前なんだろう。
先頭をかけてきたアイアンナイトの剣による一撃を寸でのところで回避して、俺は剣を抜いた。
「話も聞かないでいきなり襲い掛かんじゃねえよ」
「うるさい、さっさと死ぬがいい!」
一度は勝手に呼び出しておいて、今更死ねとか言うなんて、いったいどんだけわがままなんだよ。
俺はアイアンナイトの剣を、剣の動きに導かれるままに受けると、アイアンナイトの腹を蹴って距離を開けた。
例のごとくレスティアナさんは静観しているのだろうと、一瞬だけ視線を向けてみれば、レスティアナさんの方にもアイアンナイトが向かっていたようで、すでにあちらの戦いも始まっていた。
ようやく冒険者の仲間らしい形で戦うことが出来る。
思えば、今日の迷宮に入ってからの戦いのすべてが俺とほんの少しのスクルドの助けによるものだったのを考えれば、思わず涙が出そうだった。
「っと」
よそ見をしているところをランスを持ったアイアンナイトが攻撃してきたが、避けざまに胴を薙いでやる。
鉄と鉄のぶつかり合う嫌な音が響いたが、何とかアイアンナイトを両断することが出来た。
俺の新しい剣、バスタレイドは鉄をも断つことが出来るようだ。
斬れるのは確かだけど、手応え的にはダークネスバットやギガースパンダよりも硬い。
そりゃそうか、あっちは肉と骨。こっちは全身が鉄だ。どっちが硬いかなんてわかりきってる。
死角から攻撃してきた剣装備のアイアンナイトの腕を切り落とし、胴体に回し蹴りを叩き込む。
「いってぇ!」
さすがは鉄。
防具も付けない足で蹴ればこっちの脚が痛くなるのも当然だ。
やるなら、手甲を付けた腕で殴るとかだな。
でも、手甲がゆがんだらまたこれも買い直しかよ……
左右から襲い掛かるアイアンナイトの攻撃を転がるようにして回避する。と、俺の退路を読んでいたのか、すでにその場所で待機していた大剣装備のアイアンナイトが薪割りでもするかのように大剣を振り下ろした。
「どぉわ」
我ながら変な声を出してしまったけど、なんとか大剣も避けられた。
それにしても、アイアンナイトは集団での戦法ってやつを心得てるみたいだ。
1体が囮になってもう1体が死角から攻撃するだとか、基本的に連携をとって攻撃してくる。
1体当たりの攻撃力はそれほど高くはないっぽい。人間の使う武器と同じで振るスピードも大差ない。が、防御力はギガースパンダよりも上。
少なくともこの迷宮で戦ったどのモンスターよりも強敵なのは間違いなさそうだ。
とは言っても、この迷宮で俺が戦ったモンスターなんてダークネスバットかギガースパンダぐらいだけど。
「レスティアナさん。こいつらを倒すいい方法とかないんですか?」
俺はハルバードを装備したアイアンナイトを両断しながらレスティアナさんの傍に寄ると尋ねた。
どう見てもアイアンナイトは50体以上いる。
このまま戦い続けたらこっちが不利になるのは目に見えていた。
「あなたは馬鹿ですか? 群れを倒すときは群れの頭を潰せばいいに決まっているじゃないですか」
いつも通りに人のことを傷つける言葉を口にしてくるが、いつもの余裕はなさそうだった。
さすがにこれだけの数を相手取ったらレスティアナさんでもきついのだろう。
「頭……ってことは、じじいか!」
「あなたは馬鹿ですか?」
また言われた……
「あれはあくまで群れの頭に指示を出しただけです。アイアンナイトの集団のボスはジェネラルに決まっています」
「ジェネラル?」
よくよく見てみれば、確かにそれらしいのがいた。
1体だけ襲い掛かってくるアイアンナイトたちから離れている、一際豪華な装飾のなされた鎧だ。
ってか、兜に角つけて真っ赤なのはどういうことだ?
普通のアイアンナイトだって重装備の鎧とは思えないぐらい速いってのに、3倍速く動かれたら死ねる……
それ以前に、あそこまでたどり着けるかどうかすら疑問だ。
すでに10体近くを倒しているが、さっきの数と比べてみてもほとんど減っているように見えない。
さすがに、倒した先から再生や新しいアイアンナイトが生み出されているようなことはなさそうだけど、圧倒的なまでの数の差は覆しようがなかった。
「レスティアナさんの弓矢であいつを倒せないの?」
「馬鹿ですね」
疑問形じゃなくて、断定された……
「たとえ、ジェネラルを狙って矢を放ったとしても、他のナイトが身を挺してかばいます。いえ、それ以前にこの距離だったら避けられるでしょう」
距離はざっと50メートルってところか。
さすがに銃弾ほどじゃなくても、レスティアんさんの矢はかなりの速さだ。
それを回避できるってのはなかなかのもんだと思う。
やっぱ、3倍の速さで動くのか?
あの鎧の中は赤い……
「うぉ!」
やばい。ふざけたこと考えてる場合じゃない。
このままだと死ねる。
というか、さっきからこんなんばっかだ。
なんとかこの状況を打開すればもう少し落ち着けるんだろうけど……
そのためにはあのジェネラルを倒さなくちゃいけないってことだろ?
そのためにはアイアンナイトの大群を何とかしなくちゃいけない。
でも、そうするのはキツいから、一点突破でまずはジェネラルからってどうどう巡りだ。
「どうすりゃいいんだ?」
今度は油断しない。
迫りくるアイアンナイトの攻撃を手甲で受け止め、片手で握ったバスタレイドで真っ二つにしてやる。
さらに俺の隙を狙うように別のアイアンナイトが迫りくるが、そいつはスクルドの突撃で吹っ飛んだ。
ん?
なにか今おかしくなかったか?
アイアンナイトの胴体部分にはスクルドが通り抜けた風穴が開いており、1度に貫通された3体ぐらいのアイアンナイトが同時に崩れ落ちる。
縦横無尽にアイアンナイトの中を駆け回るスクルドの姿は、ボス猪から俺を救ってくれた時のそれだった。
毛は逆立ち、白っぽい光のようなものにその体が包まれている。
お前、その技は使えなかったんじゃないのか?
今まで俺に嘘をついていたのか?
ひどいじゃないか!
だけど、これはチャンスだ。
間違いなく、誰がなんと言おうと、絶対にチャンスなんだ。
今のスクルドは、アイアンナイトの体と言う障害物があっても、そんなものはすべて通り抜けてジェネラルの下にたどり着ける。
ジェネラルだって結局はこいつらと同じ鉄の鎧だ。
スクルドの突撃で貫通できるはず。たぶん。
「よし、スクルド。そのままあのジェネラルをぶっ飛ばせ!」
「キュイ?」
ちょ、おま! 「何か言った?」みたいな感じで立ち止まるなよ。
そしてかわいらしく首を傾げるなよ。
って!
「スクルド!」
「クレイ様!」
俺はスクルドが止まった瞬間を狙いすましたように矢が放たれたのを見た。
スクルドは俺に気がとられていて動かない。そして、気づいていない。
自分でも気づかぬうちにバスタレイドを渾身の力を込めて投げた。
俺の狙った通りにバスタレイドはスクルドの盾になる位置に突き刺さったのだが、問題はその先だ。
俺には武器がなくなった。
そして何より、バスタレイドが手を離れたおかげで敵の攻撃を自動で察知する剣の力がなくなったってことだ。
迷宮に入った時のレベルは5だぜ?
いくらパンダやらを倒してレベルが上がっていたとしても、本来は下階層レベルのモンスターと戦えないほどにレベルが低い俺だ。
実戦経験だってほんの短い間にたったの数度。
そんな俺が、バスタレイドを持って百戦錬磨のような身のこなしをしていて苦戦するような相手に倒せるか?
否。倒せないとしても、攻撃を避けることができるか?
答えは簡単だ。
「キュイ!」
「っな!?」
アイアンナイトの突き出したランスが俺の体、心臓のある場所を貫いた。