20話 新しい同居人
(略)
で、俺とフードさんは家へと戻った。
どっかその辺の店に入ろうかとも思ったけど、さっきの調子で怒鳴られたりしたら他のお客さんに迷惑だし、目立ってしょうがない。
それだったら、多少声を荒げたって問題がない家の方がいくらかましだ。
「それで、フードさんとスクルド……あなたが言うクレイ様との関係を詳しく教えてもらってもいいですか?」
俺はフードさんが椅子に座るのを待って口を開いた。
「だから、フードさんではないと言っているでしょう!」
「じゃあ、名前から教えてもらえます?」
「なんで私があなたみたいな誘拐犯に名乗らなくちゃいけないんですか?」
「じゃあ、フードさんって呼ぶしかないですね」
「……レナです。レスティアナ・ブロウティア」
なんで、レスティアナ・ブロウティアってのがレナになるんだ?
”レ”スティア”ナ”・ブロウティアだからか? 別にレスティアとかスティア、ティアとかニックネームもいろいろあると思うけど。
まぁどうでもいいか。
「それでその、レスティアナさんとこいつの関係は?」
「さっきも話したでしょう。ルーティア様からクレイ様をお預かりしたんです」
「ルーティア様ってどちらさん?」
「クレイ様の御母上、今代のパスカドゥです」
今代のってことは世代交代制なのか?
「ふぅ~ん……それでそのルーティア様から、スクルドを預かって育てていた。しかし、こいつはそれが嫌で飛び出したってわけだ」
「そんなはずがありません。あなたが、誘拐したんでしょう!」
「だから違うっての。そもそもこいつがどこで飼われてたかなんて知らないし、俺は近くの森で偶然会っただけなんだから」
「か、飼う!? あなたはクレイ様を家畜扱いする気ですか!?」
「うぅ~ん……まぁペットって言うよりは相棒なんだろうけど、ペットってのも間違ってないかな」
愛玩ペット。俺の癒しスクルド。
冒険では頼れる相棒だし、普段は俺の心を癒してくれる大事な存在だ。
「あなたの不当な扱いに、クレイ様は大層ご立腹です!」
「……そうなのか?」
「キュイ」
案の定スクルドは首を横に振った。
「違うってよ」
「いえ、そうに決まってます。クレイ様、帰りましょう? っ!」
言いながらレスティアナさんが差し出した手にスクルドがかみついた。
まさかスクルドがかみつくなんて思ってもみなかったのか、レスティアナさんは驚きのあまりに固まってしまった。
肩を震わせてる。と、思ったら声を上げて泣き出した。
子供かよあんた。
「クレイ様が……クレイ様がいやしい人族の男にかどわかされてしまいました!」
ワンワン泣きながらそう叫ぶレスティアナさん。
かどわかすってお前。
よっぽどこの人のこと嫌いなんだなスクルドって。
「なぁ、そんなにレスティアナさんのことが嫌いなのか?」
「キュウ……」
スクルドは首をかしげた。なんだその中途半端な対応は……
「うぅ~ん……嫌いじゃないけど、戻りたくないとか?」
「キュイ!」
力強くうなづくスクルド。
なるほどね、レスティアナさんを拒否したんじゃなくて戻りたくないってことか。
フードで顔は見えないけど、気持ちレスティアナさんがうれしそうだ。
「レスティアナさん。とりあえずこいつは戻りたくないって言ってますし、諦めてもらえません? 別にこいつをどこかに売り飛ばすだとか、見世物にしたりはしないんで」
「そんなこと信じられるはずがありません! それに私は里の命を受けてクレイ様をあなたの魔の手から救い出すために来たんです。おめおめと帰れるはずがありません」
だから、スクルドが帰りたくないって言ってんだよ。
なんなんだこいつは。
「でもさぁ、スクルドにそんな敬うような口調で話す癖に、なんでこいつの意思は無視するんだ?」
「こんな人族だらけの街にいたら、誇り高いパスカドゥであっても毒されてしまうからです。今だってあなたのせいでクレイ様は……」
「キュイ!」
レスティアナさんの言葉は最後まで続けられなかった。
人族を、ひいては俺を罵り続けていたレスティアナさんの態度にだんだんと機嫌を悪くしていったスクルドが吠えたからだ。
いつも通りのかわいらしい鳴き声だけど、雰囲気が全然違う。
毛は逆立っているし、不機嫌というか怒っているのは誰の目に見ても明らかだ。
ここまで本気で怒ってくれるのはうれしいんだけど、レスティアナさんがまた肩を震わせてる。
嘆いたり喜んだり忙しい人だ。
「まぁ、口調からレスティアナさんがこいつのことを心底尊敬して、心配してるのはわかるんですけどね。こいつ自身は帰りたくないって言ってますし、こいつが戻らない方向で考えてくださいよ。あんまりしつこいとスクルドに嫌われますよ?」
「それは困ります!」
即答するぐらい困るんなら、こいつの話にしっかり耳を傾けろよ。
でもまぁ、嫌われるってのは効果覿面みたいだな。
「スクルド、お前はレスティアナさんたちのところに一生戻りたくないのか?」
「キュウ?」
首を傾げるってことは絶対ってわけじゃないんだな。
戻りたくないのに原因があるってことだろうな。
「スクルドもいつかは戻るかもしれないって言ってますし、気長に待つって方向で考えてくださいよ」
「…………わかりました」
納得はしかねるみたいだけど頷いてくれた。
うん、よかったよかった。
いきなり命を狙われたときはどうしようかと思ったけど、ようやく話が通じたよ。
「クレイ様がお戻りになると決心してくださるまで、ここで待たせてもらいます」
「は?」
今なんとおっしゃいましたか?
どこで待つって?
「ただいま~」
「っげ!」
ここでアリアさんが帰ってくるなんてタイミングが悪すぎる。
「どうしたのガイ……って、何その人!?」
「この人は……その」
家に帰ったら突然フードで顔を隠した怪しげな人がいたら、そりゃビビるよな。
逆の立場だったら俺だってそうなるよ。
「あ、どうもはじめまして。今日からここに住まわせていただきます、レスティアナ・ブロウティアです」
「はい?」
「っちょ、おま」
何を言ってやがるんだこいつは。
誰も了承してねえし、俺にそんなことの決定権はないんだよ。
「ガイ、どういうこと?」
「これは……その」
アリアさんの声が震えてる。ついでに握りしめた拳もプルプルと……
怒らないでくださいよ。俺だってどうなってんのかわかんないんですから。
「クレイ様の御心が変わるまで、いつまでも待たせていただきます」
お前ちょっと黙れ。
「誰よ、クレイ様って」
「スクルドのことらしいです」
「はぁ?」
何が何やらわからない。
誰か助けてほしい。
「つまり、彼女はスクルドの元の飼い主で、連れて帰りたいけどスクルドがそれを嫌がってるってわけね」
「はい」
しばらく続いた騒ぎもようやく治まり、なんとかアリアさんへの説明を終えた俺は胸の奥から息を吐いた。
疲れた。
「それで、スクルドもいつかは帰るつもりらしいから、彼女はそれをここで待ちたいと」
「はい。そうです」
「ここで?」
「そうらしいです」
「なんでそんなことになるのよ」
そんなん俺が知りたいですよ。
「さっさとスクルドを返してあげればいいじゃない」
「それはまぁ、スクルドが嫌がってますし……」
「それでこの子をここに住ませるって言うの? ただでさえ、あんたがうちに来て狭くなったのにこれ以上人が増えるなんてダメよ。それに部屋だってもう余ってないんだから」
別に俺はレスティアナさんをここに住まわせたいわけじゃないです。
それは彼女が勝手に言ってるだけなんです。
「えっと、レスティアナさん。この部屋の主であるアリアさんがダメだと言うので、ここでスクルドを待つのは諦めてもらえませんか?」
「何でですか?」
何で……だと?
だめだ。この人には俺の言葉が全く通じない。
俺が胸元に投げたボールをそのままポケットにしまって別のボールを投げかけてきてるみたいだ。
こんな言葉のキャッチボールがうまくいかない相手初めてだよ。
「だから、この部屋はアリアさんが借りてるものだから、借主であるアリアさんがレスティアナさんがここでスクルドの心変わりを待つことをダメって言ってるからです」
「……ならば、なぜあなたはここに居るんですか?」
「それはまぁ、いろいろと理由があるからで。レスティアナさんがここに住むのがダメな理由とは関係ないです」
「でも、そこの人族の女性は、部屋が足りないからダメだと言いました。ならば、あなたが引越せばいいじゃないですか。当然、クレイ様はここに残して」
なんでそうなる。
「いや、それはなんか違うだろ」
「……では、そこの人族の女性」
「何よ」
「私は不本意ですがこの男と同じ部屋で構いません。極力あなたの生活にも干渉しないように部屋から出ない努力しましょう。それでもだめですか?」
「ダメよ。そもそもあんた、家はどこよ」
「リエルド王国との国境沿い北側にある森の中です」
「国境沿いの森? って、あんなところに人が住んでるところがあるの?」
「人族は住んでいません。動物や私たちエルフの里があるだけです」
「……エルフ?」
「はい」
レスティアナさんはアリアさんの問いに答えながらフードをまくり上げ、その顔をあらわにした。
明かりを受ける金色の髪は鮮やかに煌めき、透けるような白い肌、強い意志を感じさせる瞳。全体的に整った顔立ちをしていて、一言で言えば美人。
美人具合ではアリアさんといい勝負をしてるな。
そんな美人のレスティアナさんの顔で、特徴的なのは先のとがった長い耳だろう。
マンガなんかで描かれているエルフと同じ形をした耳。それは人族のものとは明らかに違ったものだ。
どうも人族人族言ってるから異種族だろうとは思ってたけど、エルフだったのね。
「……あんた、エルフだったの?」
「はい」
「アリアさん、彼女がエルフだと何か問題なんですか?」
驚いた様子のアリアさんに俺は尋ねた。
街中ではエルフこそ見当たらないが、人族以外の種族だってそれなりに見かける。そんなに人族以外の種族が珍しいとは思えなかった。
「あんたねぇ。エルフって言えば、森の中にあるエルフの里からほとんど出てこないのよ。それこそ人族をけがらわしいとか言って毛嫌いしてるんだから」
「そうです。ただ、私たちエルフは人族を毛嫌いしているわけではありません。そこの男のように欲深で最低の者を嫌っているだけで、人族と言う種そのものを嫌っているわけではありません」
……あの、俺が何かしましたか?
そんなに嫌われるようなことした覚えがないんですけど……
「ですので、あなたとその男の関係に興味はありませんし、そんなのを取るつもりもありません。クレイ様の御心が変わるまでここに置いていただくことはできないでしょうか?」
「ちょ! ば! こ、こんなの私もいらないわよ!」
泣きたい。
アリアさんまでこんなの扱いってひどすぎるよ……
「クレイ様の御心が変わって、里へ帰ると言うことになればすぐに私も出ていきます。その間はそこの穀潰しの男とは違って、お金も入れさせていただきます」
穀潰しってあの……俺だって少しはお金を入れてますよ?
というか、あなたに俺の何がわかるって言うんですか?
「そ、そう言う問題じゃないわよ。そもそも、あんたこの街に来てどんだけ経ったの? さっきの話を聞いた限りじゃ昨日今日の話じゃないわよね」
「そうですね、だいたい1週間ほど前でしょうか」
「だったら、その間に住んでたところがあるでしょ? スクルドの心変わりなんてそこで待ってればいいじゃない」
「いえ。この1週間は近くの森で過ごしていました。それが苦痛だとは言いませんが、私にはクレイ様を見守り、いざと言うときはお力になり、この男の魔の手からクレイ様を守ると言う重大な使命があるのです。そのためにも、できる限り近くにいる必要があります」
「だからって、あんたねぇ」
「そもそも、いらないなどと言っているようですし、この男とあなたはどういった関係なんですか? 恋人……というわけでもないようですし、そんな男と同居していると言うのに、女の私がダメな理由はなんですか?」
「だから、部屋の数が……」
「そんなのその男を追い出せば済む話でしょう」
「だ、ダメよ!」
あ、アリアさん!
「なぜですか?」
「そ、それはその……マスターからの命令でここに住まわせてるのに、勝手に追い出したりしたら怒られるし、減給されるし……」
そ、そんな理由なんですか?
ちょっと悲しい。いや、かなり悲しい。
迷惑かけることはあったけど、家族としていい関係を築けてると思ったのに……
「ならば、百歩譲って、部屋はこの男の部屋で構わないとも言いました。それならば、部屋の数は問題ではないでしょう」
「で、でも……こいつに寝込みを襲われたりするかもしれないのよ? あなたみたいな美人が隣で寝てたらこいつみたいな、エロガキが我慢できるはずが……」
「あの……アリアさん。さすがにそんなことしませんよ?」
「あんたはどっちの味方よ!」
あ、そう言えば……
でも、目の前で自分の名誉が傷つけられるような話を聞いて黙ってろなんてひどいだろ。
「その後心配なら、大丈夫です。この男が襲えないように、私が寝ているときは拘束の魔法で縛っておきます。そうすれば、襲われる心配はありません」
「それひどくない!?」
「あなたは関係ありません。黙っていてください」
いや、どう考えても関係あるだろ。
というか、さっきからこの女性2人は俺に恨みでもあるのか?
なんで俺のピュアな心をずたずたに引き裂こうとするんだよ。
「だからって、若い身空でこんな男と同じ部屋で寝泊まりするなんてダメよ。どうしてもって言うなら、私の部屋にしなさい! ……あ」
「……あ」
「キュイ?」
「いいんですか!?」
勢いに任せて口走っちゃったんだろう。あからさまに「しまった!」って顔してる。
そんなアリアさんの様子に気が付きもしないレスティアナさんは小躍りしそうなぐらいに喜んでるし。
はぁ。
まぁ、アリアさん。あきらめた方がいいですよ。
たぶんこの人、イエスって言うまで絶対にあきらめなかったですから。
「なしなし、今のなし。言葉のあやよ、勢いで間違えて言っちゃっただけだから」
「いいえ、私はしかとこの耳で聞きました。では、今日からあなたの部屋で住まわせていただきます」
アリアさん、諦めてくださいって。
もう何もかも手遅れだし、無駄な努力ですから。
こうして、この家に新たな同居人が増えることになった。
美人2人と1つ屋根の下という全国のおっきいお友達にタコ殴りにされそうな状況だけど、出来ることなら変わってほしい。
仕事も、環境も、この家の状況も全部その人に変わってほしい。
はぁ……