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16話 迷宮の謎

 (略)

 ピンチだった。

 この上なくピンチだった。

 逃げ場の全くない一本の道の真ん中に立つ俺の前にはパンダ。後ろにもパンダ。

 前門の狼、後門の虎……と見せかけて、後門にも狼がいた。

 パンダは嫌いじゃないさ。

 動物園の人気者、笹を食べてる姿がキュート。

 だけど、俺の進路と退路を塞いでいるパンダは、全長6メートル以上、推定体重800キロ超の文字通りのモンスターなんだ。

 可愛いって言いながら抱き着こうものなら、そのまま絞殺されるか、丸太みたいな腕でぶん殴られると思う。

 俺が戦ったモンスターなんて、ゴブリンにコボルトみたいな雑魚か、強いのだとボス猪ぐらいだけど、一撃喰らった感想だと少なくともボス猪より弱いことはない。

 で、俺がそれに勝てるのかって疑問。

 ボス猪は絶体絶命のところでスクルドに助けられたが、そのスクルドも俺を助けた時と同じ戦い方はできないと言う。

 ならば自分の実力で! なんて考えてもみるけれど、生憎と俺のレベルは5しかなく、剣の腕は初心者に毛が生えた程度。勝てる要素が見当たらない。

 それにしても、あの後ろにいるパンダはどうやって現れたんだ?

 どっかから湧き出てきたのかもしれないが、魔物が湧き出るのは専用の部屋があるらしく、そこから以外は突然現れる可能性はないはず。

 俺が通ったこの階の道には個室など存在しなかったので、湧き出てきたってことはないはずだ。

 だとしたら、どうやって?


「……もしかして、人間だけじゃなくてあの移動紋章はモンスターも転移するのか?」


 だとしたら、上の階で見落としていたあのパンダがこの階に現れた理由も納得できる。

 だけどそれなら、上の階にいる間に遭遇しておきたかった。

 なんで2体も同時に相手しなきゃいけないんだ……

 動きを止めている俺に対して、前後のパンダたちはそれぞれがじりじりと距離を詰めてきている。

 もしもこいつらが俺と言うたった1人の獲物を2体で奪い合ってくれれば、その隙に逃げ出すことができるかもしれない。

 だけど、まぁたぶん巻き込まれるだろう。

 なにせあのデカさだ。

 通路の幅と高さぎりぎりの大きさの2体が同時に暴れる中心から、怪我一つなく抜け出すなんて芸当が俺にできるわけがない。

 だったらどうするか。

 スクルドと同時に前にいるパンダを狙って攻撃する。だけど、そうすると背中を向けて走り出すと同時に後ろのパンダが突っ込んでくるだろう。

 ならば2体を俺とスクルドそれぞれが1体ずつ相手取るか?

 1対1で勝てる自信がまったくない。

 毎回毎回いつも思うし、その結論に達するが、打つ手がない、勝ち目がない、生き残る手段がない。

 さて、どうしよう。

 いつものパターンなら、ここで誰かしら救世主が現れて助けてくれるはずだ。

 だけどその救世主は?

 ボス猪の時は、事前にスクルドと会って、干し肉をやるっていうフラグを立てていた。今回はどうだろう。

 おっさん? いや、ブレスレットが壊れてるから、おっさんが今の俺の窮地を知るすべがない。

 5階にいた冒険者パーティ? いや、あの人たちはすでに死んでいる。

 ゾンビになって助けに来てくれるかもなんて、考えたくもない。怖いし。

 というか、あの人たちはこのパンダに襲われたのか?

 いや、今そんなことを考えていたってしょうがない。

 とりあえずはフラグはこんなもんだろう。つまり……

 助けてくれる救世主が現れる可能性は皆無。

 あぁ……どうしよう。

 前後のパンダとの距離はそれぞれ10メートルほど。一足飛びに距離を詰められたら一瞬で勝負がつきそうだ。

 偶然にも前後のパンダはそれぞれお互いを牽制して足を止めたので、まだなんとか考える時間はある。


「なぁ、スクルド。やっぱりこの前の猪を倒したときみたいに一撃であのパンダを倒したりはできないんだよな?」

「キュ」


 コクリと頷くスクルド。

 俺はその場にがっくりと膝をつきたい気持ちになった。

 スクルドは人間と同じぐらいの大きさであれば、小さいながらも速さを活かし、小さいながらも侮れない獣の攻撃力で足止めなどはけっこうできると思う。実際、この間の合コン事件の時は騎士を1人倒しているぐらいだ。

 が、今回の相手はサイズが違いすぎる。

 スクルドはどこまでいっても小動物としてのサイズを越えない。その分体重も軽いので、一撃の威力は期待ができない。

 さっき体当たりした時もそうだったけど、あのパンダにとってはスクルドの攻撃なんて蚊に刺されたようなもんだろう。


「ったく。どうすりゃいいんだ」


 次の瞬間、俺は不用意に大きな声を出したことを激しく後悔した。

 俺の声に反応した2体のパンダが襲い掛かってきたからだ。

 前後から同時に襲い掛かる巨大パンダ。

 俺は慌てて前にいたパンダの下をくぐろうとしたが、ほとんど隙間がない。

 パンダと壁に挟まれて圧死。そうじゃなければ、パンダとパンダに挟まれて圧死。

 どっちにしろすごく嫌だ。


「どちくしょー、こうなったら自棄だ」


 俺は剣を抜き放つと、前方から迫りくるパンダに切っ先を向けた。

 両腕に力を込めて、関節が固まって腕が棒になったようなイメージでまっすぐ伸ばした剣先をパンダの頭に向けて固定する。

 前後から四足歩行で突撃してくるパンダ。後ろから突っ込んでくる奴あえて突き飛ばされ、正面にいるパンダの脳天に剣を突き立てる。

 下手をすれば、背骨が折れるかもしれないし、突撃じゃなくて腕でぶん殴られるかもしれない。

 勝算は高くないが、俺の思いつく限りではこれが一番それっぽい作戦だ。

 案の定、後ろからパンダが俺の背中に頭突きをしてきた。

 吹っ飛ばされつつも、切っ先はまっすぐと正面から迫っていたパンダへ向ける。

 ザシュッ、グギャー、バターン。ってなればよかった。それが理想だった。

 剣は正面のパンダの肩口に突き刺さった。が、それだけだった。

 剣がつっかえ棒になってくれたおかげで、正面から来ていたパンダの頭突きを喰らうことはなかったけど、やばい。

 時速60キロ同士の正面衝突。そのど真ん中にいたんだ。

 肩と手首の骨が外れたくさい。

 剣から何とか手を放すと、両手が力なく垂れ下がり、動かそうにも動いてくれない。

 詰んだ。

 未熟とは言え剣士の俺が剣を振るえないのだ。蹴り技なんてローキックぐらいしか使えないし、攻撃手段がほとんどない。

 剣を突き刺されて怒り狂ったパンダの一撃が俺に迫る。

 眼前につきつけられた死神の鎌が大きく振り上げられ、俺に振り下ろされようとしている感じだな。

 恐怖に目をつむり、最後の時を待とうと……はしない。

 怒り狂って暴れまわるパンダ。動きが大きいおかげでけっこう大きな隙間ができている。

 後ろから迫ってきたパンダの腕を寸でのところで屈みながら躱し、隙間をめがけて突っ込む。

 が、そう簡単にことは進まない。暴れパンダは動き回っているので、通り抜けるのも簡単にはいかない。

 なんとか通り抜けようと前後から来るパンダの攻撃を躱し、立ち上がっている暴れパンダの股下をスライディングの要領で通り抜ける。


「よっしゃ!」


 スクルドは体が小さいし、動きが素早いから俺よりもはるかに簡単にこちらへ来た。

 無事にこっちへこれてよかったけど、肩に乗るのはやめてほしい。

 ものすごく痛い。

 それからも2体のパンダの攻撃は苛烈を極めた。

 腕を振るい、かみつこうともする。

 後ろ歩きのような形で、バックステップや屈んだりしてなんとかパンダの攻撃を避け続ける。

 なんだか、俺は回避能力だけ異様に高い気がする。

 幸いにも通り抜けたおかげで移動紋章の方に移動することが出来る。ここで勝ち目のない戦いを続けるよりも逃げ出す方が良いに決まっているし。 

 パンダの攻撃が止まった瞬間、一も二もなく逃げ出した。

 相変わらずパンダの肩にバスタードが刺さったままだったが、両腕が使えない状態で回収することも出来ない。

 腕が垂れ下がった状態で走るのは、なんとも走りにくく、外れた肩が動くたびに痛んだけど、死ぬよりははるかにマシだ。

 パンダとの距離はおよそで10メートル。

 曲がり角を曲がるとその距離がわずかに開き、直線になると距離が詰まる。

 時折パンダの射程に入ったのか、パンダの腕が俺の背中をかすめたりしたけど、ぎりぎりのところで回避してなんとか距離を開く。

 初めにパンダと出会った広い部屋を通り、出口からわずかに進んだ先に光っていた移動魔法陣を見つけると、俺は兎にも角にも飛び込んだ。


「記録する、地上へ戻る!」


 俺が早口でまくしたてると、光が俺とスクルドを包み込む。

 俺たちの姿が消えるのと、パンダの一撃が俺たちのいた場所を通過したのはほとんど同時だった。





 気が付いた時には、俺は迷宮に入って最初の部屋、エントランスに戻ってきていた。

 相変わらず何人かの冒険者たちがその場で会話をしている。


「おぉ、坊主。なんとか無事に戻ってきたみたいだな」

「おかげさまで」

「おいおい。大丈夫か? って、その腕どうしたんだよ」

「まぁちょっと巨大なパンダに襲われましてね」

「パンダ? まぁいい。とにかく、ちょっと見せてみろ」


 俺が戻ってきてすぐに気のいいおっさんが話しかけてきて、俺の腕の状態を見てくれた。


「あぁ。こりゃ完全に外れてるな。まぁ、こんだけきれいに外れてるんなら、すぐ治るさ」


 おっさんはそう言って、俺の腕をはめてくれた。


「っつぅ……ありがとうございます。でも、脱臼なんて素人が治したらまずいんじゃないですか?」

「ん? 何いってるんだ。冒険者なら、この程度治療できて当たり前だろ。まぁ、街に戻ったら治療所で回復魔法かけてもらえば、すぐに動かせるさ」


 そう言えば、この世界には魔法があるんだな。

 それなら、とりあえず素人が治療しても後は回復魔法でって、やり方ができるのか。

 まぁ脱臼とかってのはあんまり経験がないから、地球だとどんな風に治療するのかとかよく知らないけど、こんなもんなのか?


「にしても、パンダってのは、もしかしてギガースパンダのことか?」

「ギガース?」

「あぁ。大きさはだいたい5メートル前後で、白黒の模様の熊種だ」

「あぁ、たぶんそれですね」

「おいおい、お前。ありゃぁ、下階層のモンスターだぜ? 何階まで潜ったんだよ」

「えぇ!? あれって、下階層のモンスターなんですか? 一応、30階までは行ったんですけど」

「っな!? 30階だって! お前、レベル5のくせにフロアボス倒したのか?」

「フロアボス?」

「あぁ、5階降りるごとに、ボスがいただろ?」

「いや、そんなんいなかったけど」

「はぁ!?」

「ぜんぜんモンスターがいなかったんですよ。30階までモンスターはまったく見つかんなくて、初めて出てきたのがパンダだったっていう」

「そりゃ、ほんとにパンダだったのか? 別の熊種のモンスターとか……」

「どう見てもあれはパンダですって。なぁ、スクルド?」

「キュイ」


 スクルドだって肯定してくれる。あれは間違いなくパンダだった。


「フロアボスもいなくて、30階でギガースパンダ。そもそもモンスターがぜんぜんいないだと……どうなってるんだ?」

「もしかして、最近の迷宮で起こってる異変ってこのことなんじゃないですかね?」

「いや、そんなはずねぇ。俺の知る迷宮でのおかしなことってのは魔物の異常発生だ。どうやら、下階層のモンスターが増えてるみたいで、中階層の魔物が上階層にまで押し寄せてきてるんだよ」

「へ?」


 そりゃおかしいだろ。

 だって、30階までモンスターは影も形もなかったんだ。

 なのに、異常発生だって?


「まったくもっておかしなことばっかりだ」

「そうですね」

「それにしても、ギガースパンダにあったって言うのに救援要請もしないなんて、大丈夫だったのか?」

「いやぁ、すぐに助けを呼ぼうとしたんですけど、最初にパンダから一発貰っちゃいましてね。壊れちゃったんですよ」


 そう言って半分になったブレスレットをおっさんに見せた。

 どうやら、逃げてる途中でもう半分は落としてしまったようで、どこにも見当たらなかった。


「あっちゃー……こりゃすげぇ。こいつは簡単に壊れないようにできてるんだがねぇ。それこそ、下階層のモンスターの一撃くらいなら耐えられる設計なんだが……」

「そうなんすか? でも、簡単に壊れ……いや、簡単だったかなぁ」

「まぁ、なんにしても壊れちまったもんは仕方ねぇよ。モンスターの攻撃で壊れたってんなら、経費で落ちるしな」


 止めを刺したのは、俺がボタンを押したせいなんだけど、それは黙ってた方がいいな。

 弁償しろって言われても、金ないし。


「とにかく、詳しく調べる必要があるな。坊主はどうするんだ?」

「とりあえず、街に戻って腕の治療をしますよ。今日はもうおしまい」

「まぁ、それが妥当だな。一応、今回のことを上の方に報告もしなくちゃならんから名前を教えてもらえるか?」

「あぁ……う~ん……が、ガイです」

「ガイ、ね。了解。今回のことでお前にいろいろと聞くかもしれんから、念のために明日はギルドにも来てくれ」

「はい」


 どうやら、おっさんはシシオーの下の名前は聞いてなかったようだ。

 微妙に複雑な気分になりながら、俺は迷宮を後にした。

 姫さんに報告もしなくちゃならんし、なんだか面倒なことになったのかな?


6月25日

パンダとの戦闘シーンを変更

1頭は倒す→2頭とも健在

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