14話 初めての迷宮
(略)
城でお姫様から依頼された翌日、嫌なことはさっさと済ませるに限るので迷宮へとやってきた。
入り口には危険と書かれた看板や、富士の樹海にあるような命は大事にしましょう的な看板が立てられているけど、ここは自殺の名所なのか?正直入りたくなくなってきた……
だけど、ここで引き返したりしたらお姫様にどんな報復を食らうかわかったもんじゃない。
逃げ出したくなる気持ちを無理矢理胸の奥底に押し込めて、迷宮の中へと足を踏み入れる。
さすがに迷宮に入ると同時にモンスターが襲いかかってくるわけはなく、入ってすぐのエントランス……迷宮の中でエントランスってのも変な話だが……には、冒険者が数組。
それぞれ行きか帰りのどちらからしく、傷の治療をしているか、装備の確認をしているかといった感じだ。
で、1つ気になるんだけど。
迷宮探索ってグループでの探索しか受け付けてないの?
なんか、みなさん最低でも4人とかのパーティですよね。
いくらなんでも俺以外全員グループってのは予想してなかった……腕自慢のやつとかが、1人で入るのとかありそうなのに。
1人と1匹で迷宮へ挑もうとしている俺たちはエントランスの中で浮きまくっていた。
周りの冒険者たちはみんな装備だって豪華で強そうだ。1番あからさまにこっちを見ている身長が俺の1,5倍くらいありそうな大男なんかは顔だけで俺より強いってわかる。いや、体格だけでもわかるな。
こっちなんかは、装備だってみすぼらしく、防具だってしょぼい。唯一まともな装備は、昨日お姫様からもらった指輪くらいのもんだ。
指輪だってどれだけ使えるもんかはわからないし、もしかして俺はここで死ぬんだろうかなんて思えてくる。
やっぱり、三井さんとは言わないけど、せめて騎士さんとか兵士の数人ぐらいはお供にほしかった。
激しく帰りたい……
「おい、坊主」
「はい?」
呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃ……じゃなくて、呼ばれて思わず返事をしたけど、ここに俺の知り合いなんかはいない。
振り返ってみると、そこにいたのはいかついおっさん。
「お前もこの迷宮に入る気か?」
「えぇ……まぁ」
たぶん帰りなのかな?
肩には真新しい傷があり、ちょっと怖いくらいの血が流れている。
「ランクとレベルは?」
「言わないといけないんですか?」
ランクもレベルも地球で言えば、個人情報に匹敵する……というか、まんま個人情報だ。下手に知らない相手に話したりしたら、盗賊だとかに流れて行って襲われることもある。ってのは三井さんから教えてもらった話だ。
すくなくとも見ず知らずのおっさんに話していいもんじゃないのは確かだ。
「……その反応は、何も知らないガキってわけじゃないのか。だが、まだまだ新人だな」
おっさんは言いながらとんとんと子供の胴体ぐらいありそうな腕に巻かれた腕章をトントンと叩いた。腕章?
見覚えなんかはないけど、変なマークが描かれてる。
「こいつをつけてるのはギルド所属の冒険者。まぁ、迷宮の管理人ってとこだな。迷宮に入る冒険者の管理をするのが俺の仕事だ」
迷宮の管理人? そんな話聞いてませんけど……
いや、あたりを見回しても腕章をつけた人間が何人かいて、他の冒険者グループと話をしてるみたいだし、本当のことなのか?
周り全員サクラってことはないよな……
「つまりは、レベルとランクで迷宮に入れるかどうかを判断するんですか?」
「ん? いや、入りたければレベル1だろうがなんだろうが入れるぞ。ただ、命の保証はしない。まぁ、確認したのはレベルとランクからどの程度の階層で探索するのが望ましいかアドバイスをするぐらいだ」
やっぱり帰りたい。
ここで、レベルが低かったら追い返すとか言われれば、逃げられたのに……
誰でもウェルカムなんて言われたら、帰れないじゃないか。ったく、空気読めよおっさん。
「で、坊主のレベルは?」
「5」
「は?」
「だからレベル5」
「聞き間違いじゃなければ、5レベルってことでいいんだな? 15でも25でも、ましてや55でもなく5」
「そうだよ」
さすがにおっさんも目を丸くしていた。
「坊主、あの看板が読めるか?」
「命は大事にしましょう。あなたの命はご両親が云々って書いてある」
「そうだ。確かに俺もこの家業を続けて長い。冒険者になったからには迷宮探索で一山当てようって連中を何人も見てきた。だがな、そんな連中だってレベル一桁で迷宮に潜るなんて聞いたことがねえよ」
そりゃそうでしょうよ。
俺だってお姫様の依頼じゃなかったら、こんな危ないところに来たくなかったし。
「レベル5で迷宮探索なんて自殺行為だ。いくらなんでも認められねえよ」
「ですよね~」
もしかして、帰れる!?
ここでおっさんがダメだって言えば、面目も経つからお姫様に言い訳ができる。
よし、頑張れおっさん。頑張って俺を説得してくれ。
「今この迷宮はおかしくなってるんだ。Aランクのやつだって1人じゃ潜ったりしねぇ。1人で潜るなんてそれこそ、バルデンフェルトに認められた冒険者のシシオーって男ぐらいのもんだ」
ん?
おっさん、今なんて言った?
「坊主、いいか? 命は無駄にしちゃいけねェ。なんなら、これから来るシシオーの武勇伝を特別に聞かせてやる。だから、おとなしく家に帰んな」
聞き間違いじゃないな。どう考えても俺の名前だよね、シシオーって……
まさか、すでに根回しがされてたって言うのか?
「あの、おっさん? そのシシオーってのはそんなにすごいのかい?」
「おぉ! 今日まで俺も聞いたことなかったんだがな。お達しが来たんだよ。シシオーって冒険者が迷宮に潜るってな。で、そいつはいったいどんな男かって聞いてみたら、なんとまぁあのバルデンフェルトの騎士を1人でバッタバッタと切り倒したって言うじゃねえかよ」
……俺が倒したのは1人ですよ? どうやってバッタバッタと倒すんですか?
倒した奴が起き上がってっ来るから何回も倒したわけじゃない。というか、そんな状況になったら怖いから逃げるよ俺は。
「いま街に来てる元冒険者の三井 純がその実力を認めるほどの男だ。そりゃあすごい男だろうよ。だからな、きっとそいつは有名になる。なんでもこの迷宮に潜るのは初めてらしいんだが、きっと他の迷宮はあらかた回ったんだろうよ。この街じゃ無名だが、すぐにシシオーの話題で持ちきりになるだろうさ。だからな、そいつの武勇伝を教えてやるから、坊主は帰った方がいい。武勇伝を知ってるってだけでお前、酒場じゃ一躍人気者になれるぜ」
そうですね。その武勇伝が本当にあればね……
帰れそうにない。
ここで帰ったら、お姫様からお仕置きされるだろうし、このおっさんだってシシオーを追い返したって罰を喰らうかもしれない。
見ず知らずのおっさんだけど、見ず知らずの俺の命を心配してくれるようないい人だ。
俺のせいで不幸な目に遭ってほしくない。
いや、ここで帰れたらどれだけよかったか……
「悪いけど、帰るわけにはいかないんだ」
「おいおい、命を無駄にする気か? 帰った方がいいって」
「……死んだら骨は拾ってくれ」
「死ぬってわかってて行くってのか? ……あぁ、ったく。最近のガキは命知らずって言うかなんて言うか。ちょっと待ってろ」
おっさんは、ぼりぼりと頭の裏をかきながら懐をまさぐった。
なにやらブレスレットを取り出すとこっちに差し出してくる。
「こいつをはめて行きな。死にそうになったらこのボタンを押すんだ。そうすりゃ、俺や管理人が助けに行く。だが、あんまりにも無謀なことはするんじゃねえぞ」
俺はおっさんからブレスレットを受け取ると左手にはめた。
装飾はあまりなされていないが、3つのボタンがある。
「こんな便利なもんがあるの?」
「あぁ、命の危険がつきものの迷宮だが、いくらなんでも簡単に冒険者の数を減らすわけにもいかねぇ。3つあるボタンはそれぞれ、救援要請、緊急事態通知、マップ機能だ。迷宮内では助け合いが基本。まぁ、お前みたいな坊主は自分の身を第一に考えるんだな」
なんでも、救援要請は押せば近くにいる冒険者や迷宮の管理人であるおっさんたちのブレスレットに通信をおくれるらしい。本来は、突然モンスターの大群に襲われたときなんかに使うらしい。
緊急事態通知は、これまたモンスターの大群が突如として迷宮を昇り始めた時に警戒を知らせるためのボタン。救援要請以上に使われる機会は少なく、全ての迷宮で同じ規格のものが使われているが過去に2度しか使われたことがないらしい。
「本来は、中階層よりも下に行く人間が使うもんなんだがな、ちょいと設定をいじってどのボタンも俺にしか通信が届かないようにしてある。特別扱いはするもんじゃないんだが、今回だけは特別だ」
おっさん……いい人だ……
あの傷だって、俺みたいなやつを助けるために無茶をしたんだろう。実際どうなのかは知らないけど。
あのさ、これ以上血が流れたらあんた死ぬんじゃないかって思うんだ。
ダメだ。おっさんにこれ以上血を流させちゃいけない。
変な使命感を胸に俺は腰に差した剣の位置を軽く直して前を見据えた。
「よし、行ってくる」
「おぉ。死ぬんじゃねえぞ」
たぶん、大丈夫……だと思う。
そうじゃなきゃ困る。
やっぱ自信ないし……
俺の不安もよそに迷宮の探索はつつがなく進んでいた。
迷宮ってのは人間が全く持ってその存在を解明できていないらしく、初めて迷宮に潜っている俺にはあらゆるものが不思議でしょうがなかった。
だってさ、緑色に光ってる魔法陣に乗ったらワープするとか意味わかんないじゃん。
おっさんに渡されていたブレスレッド、そのマップ機能で調べてみたら、一つ下の階に進んでたから、あれが階段の役割をはたしているんだろう。
魔法スゲー。
で、今は地下5階まで来ました。
暇です。モンスターが居ません。
角を曲がるたびにびくびくしながら進み、なぜそんなものが存在するのかって扉をびくびくしながら開き、魔法陣で下の階に進むたびにびくびくしていたんだが、いい加減疲れてきた。
モンスター遭遇率0%です。
一応、この迷宮は前回の調査団のおかげで地下52階まで探索が行われているらしいけど、40階ぐらいが上階層と中階層の境目に当たるらしい。下階層は今のところ確認されていないから、下階層と中階層の境目に関しては不明。
で、今俺がいる上階層は雑魚モンスターが3匹くらいでまとまって現れたり、ちょい強めのモンスターが1匹で現れたりするって聞いてたんだが……
いや、うん。なんで?
もしかして、俺の前に潜った冒険者が全部倒しちゃったのか?
でも、どういう原理かわからないけど、モンスターは無限に湧き上がるらしいから、完全に0ってのはちょっとおかしいんじゃないのか?
そういや、お姫様もおっさんも迷宮で異変って言ってたけど、これがその異変なのか?
そうだろうな。うん、たぶんそうだ。
いや、待てよ?
迷宮の外にモンスターがあふれてるって言ってたよな……
たしか、モンスターは迷宮の中がいっぱいになって狭くなったから外に出るって前にキューマさんが言ってたよな。
だとしたら、これが異変ってのはおかしいか?
上階層にモンスターがいないんだから、もっと下の階で狭い思いをしたら、こっちに来るはず……
だったらなんでだ?
まぁ、それを調べるのが今回の俺の仕事なんだけど……
とりあえずもう少し進んでみよう。
と、思ったら角を曲がった先に何人かの人間が横たわっていた。
あれ、けが人?
「大丈夫ですか?」
周囲にモンスターの影がないことを確認しながら倒れている人間に近寄ってみる。
が、反応はない。
どうやらすでに事切れているようだ。
某RPGで言えば、返事はないただの屍のようだ。って感じだな。
そんな冗談はどうでもいいんだけど、死体を見ても特に何か思うところはない。腐りかけていて、いつごろからここにあるのかもわからない。
普通に考えたら、ビビったり吐きそうになりそうだけど、やっぱり相当この世界に染まってきてるな。
それにしても、この人たちはどうして死んでいるんだろう?
鎧には大きな損傷があり、頭からは血を流していた。そんな男女の死体が4つ。
普通に考えればモンスターに襲われたんだろうけど、モンスターの全く見当たらないこの迷宮でどうやってモンスターに襲われるんだ?
もしかして、俺が見てないだけでモンスターはいるのか?
しかも、俺よりもはるかに重装備の冒険者を4人も倒すようなモンスターが……
いたら嫌だな。
「南無阿弥陀仏」
とりあえず死体を1か所にまとめて合掌する。
どこか安全な場所に、できたら迷宮の外とかに埋めてあげたいところだが、こんな死体を4つも運べるような力は俺にはない。
仮にそんなことができたとしても、この人たちを倒したモンスターに遭遇したら俺の命だって危ないんだ。
1か所にまとめるだけで勘弁してほしい。
とりあえず、迷宮探索を続ける。
10階まで到達したが、5階で見かけた4人の死体以外は、やっぱりなんにも遭遇しなかった。
モンスターもいない。冒険者もいない。宝の番人もいない。いない。いない。いない。
何にもいない。
少し退屈だ。
8階ぐらいまではびくびくしてたけど、やっぱりなんにもいないので、少し気分も楽になってきた。
お姫様も言っていた通り、俺は調べるのが仕事でモンスターを倒したり宝を見つけるのが仕事じゃないんだ。
モンスターに遭遇しないのは実にありがたいことなんだ。
というわけで、俺は9階からはスクルドとおしゃべりをしながら歩いている。
とはいっても、俺が話すことにスクルドがキュイキュイと返事をするだけ。
相手からも何か話題を振ってほしい。
……いや、無理か。
そんなこんなで、迷宮を進んでいく。
11階に降りるための魔法陣が地面に描かれていた。
なんか、今までの魔法陣と違って緑色に光ってるけど、これ以外に魔法陣は見つからなかったし、これがそうだろう。
『10階に到達しました、記録しますか? はい/いいえ』
なにこれ?
セーブ機能?
なんでこんなもんがあるんだ?
とりあえず、『はい』を選ぶ。
『記録完了です。 地上へ戻りますか? はい/いいえ』
どうする?
というか、どうなってるんだ?
記録機能に地上への帰還機能、迷宮の魔法陣は化け物か!って、赤い人がいいそうだ。
とりあえず帰る?
でも、なんにも迷宮の異変についてはわかってないしなぁ……
いつまでって期限も決められてないし、今日はとりあえず帰るか?
う~ん……
「どうする、スクルド」
「キュイ?」
突然聞かれたスクルドは首をかしげている。
いや、答えてくれよ。
しょうがない、まだ時間も早いしこのまま続けよう。
『いいえ』を選択し、俺とスクルドを緑色の光が包み込む。
そして、俺とスクルドの姿は10階から消えた。