9話 壁に耳あり
(略)
さて、スクルドが仲間になった次の日、つまり本日わたくしは街の中にある女性物を売っているブティックへとやってまいりました。
なぜかって? 助走に……女装に目覚めてしまったからさ! ……ウソデスゴメンナサイ。
「どう? これなんかどうかしら?」
「あぁ……いいんじゃないでしょうか?」
まぁ、早い話がアリアさんの付添いです。なんでも、明日の夜にバルデンフェルトの騎士たちとの合コンがあるらしい。
この世界での騎士ってのは、三井さんが給料がいいって言っていた通り、かなり高収入な職業らしい。どんな職業の人と結婚したい? ってアンケートを取れば、まず間違いなく1位になるとかなんとか……地球でいうところの外資系とか、広告代理店かな? いや、例えがちょっと古いか?
とまぁ、そんなわけでアリアさんが勝負服を買うののお手伝いというか荷物持ちってわけだ。
「もぉ、さっきから「いいんじゃない?」しか言わないじゃん。もっとこう、アリアさんは世界一きれいだよ? とか、君の美しさにはバルデンフェルトの三姫さえ、路傍の石のようだ。とか言えないの!?」
すいません、それは服の感想ではなく、ただアリアさんを褒め称えてるだけです。
騎士との合コンってことでちょっと舞い上がりすぎじゃないですか?
そもそも、アリアさんはかなりの美人だから、何着たって似合うんだから感想一緒でも仕方ないじゃん……なんて、面と向かって言えるほどの度胸は俺にはありませんて……
つか、アリアさんが合コンなんて行ったらモテんだろうな……俺は合コンなんて行ったことないけど、こんな美人が合コンの席に居たら、男ならだれでも猛烈にアタックかけるだろ……
少なくとも、特殊な趣味の人間じゃなかったら、アリアさんは、ものすごい美人だ、と10人中10人が言うほどの美人だ。
肩甲骨のあたりまで伸ばされた金髪は、太陽の光を受ければ眩しく、夜にろうそくの光をあびれば妖艶に煌めく。整った顔立ちをしていて、吊り上り気味の目は気の強さをうかがえるけど、なんかお姉さまって感じの彼女には、そのきつそうな感じが逆にしっくりくる。
胸はデカいし、ウェストも細く、尻もデカい。バン、キュッ、ボンのワガママボディ。なんか、白衣着て保健室に居たら、ものすごい似合いそう……
ま、俺みたいな平平凡凡な男には、高嶺の花だし、本人も嫌ってはいないだろうけど恋愛対象とはみなしてないだろうから、気にしても仕方ないんだけどね。高望みしすぎて、今の日常を壊すのは馬鹿のすることだ。
ちなみにアリアさんはすでに2時間が経過しているブティックでの買い物を、3時間後に終えることとなった。一緒にいた俺は激しくげんなりしていたことを追記しておく。
翌日、アリアさんはギルドでの仕事を終えたら直接合コンの会場に行くらしい。冒険者ギルドご用達の居酒屋ではなく、騎士たちのおごりだからとかなり値の張る料理屋に行くんだとか……
朝に家を出るときはルンルンって感じで上機嫌だったからまぁ、いいけど……ちょっと年甲斐なさすぎじゃないだろうか? ルンルンはないだろ、ルンルンは……
まぁ、俺も今日はギルドのお仕事を入れてあるから、それの報酬で夕飯は外で食べることにしようと思っている。
アリアさんが奢りでうまい飯食ってんのに、俺は家で自分の作ったまずい飯なんて食いたくない。
今日のお仕事は、バルデンフェルトの騎士団に付き添って草原に出てきちゃった迷宮のモンスターの討伐だそうです。
本来なら俺のランクでは受けられない仕事だし、討伐なんて危険だからあれだったけど、精強で知られるバルデンフェルト騎士団との合同の仕事なら安全性はかなり保障される。なんか、腕の1本や2本切り落とされても治せるぐらいの魔法使いがいるとかなんとか……あ、ちなみにこの世界では、ゲームに出るような聖職者なんかも、総称は魔法使いなんだとか。当たり前だけど教会にいるような神父さんは普通戦えないそうだ。
キューマさんが、バルデンフェルトの騎士団と仕事をするのは冒険者としても、この世界でただ暮らしていくだけでもいい経験になるからぜひ、と強く言うので受けることにした。
しかも、バルデンフェルトの騎士団ってことは、三井さんがいるはずだ。成り行きとは言え、冒険者として生活することにもなったし、いろいろ教えてくれた三井さんにはぜひとも近況の報告がしたい。
今日、アリアさんと合コンする騎士と会ったら笑えるな。
さて、やってきました。草原です。
点々とモンスターの姿が見られる草原は、大小さまざまなモンスターがいる。あのちっこいのがゴブリンかな?
「ガイ君、あんまり前に出すぎないようにしなよ。たとえゴブリンでも、初心者が油断したら大けがするからね」
「はい。でも、バルデンフェルトには腕の1本ぐらいなら簡単に治せる魔法使いがいるんですよね?」
「あぁ、あれは周りが誇張しすぎてるだけ。折れたとかなら、すぐ治せるけど、切り落とされたら秘薬とかいろいろ必要になるし、簡単には治せないよ」
……まじですか?
っくそ……治癒魔法使いがいるから、安全性が高いって安心してたのに。
ま、ここに来るまでにいろいろ話をしたら、俺の面倒を三井さんが見てくれるらしいから、油断しないようにするのは当たり前だけど、ある程度は安心できる。
さっそくゴブリンに襲い掛かろうとする三井さん。俺は、その後を追って、モンスターに攻撃を仕掛ける。
三井さんがゴブリンの両手を切り落として、俺が止めを刺す。なんでも、経験値は止めを刺した人間にしか入らないらしい。つまり、この間戦った、ボス猪の経験値は全部スクルドに持っていかれたってことだ……ちょっと悲しい。
だけど、今回の戦いで経験値はかなり稼げそうだから、そのことは忘れよう。
前は三井さんが突き進み、後ろはスクルドが警戒してくれている。ボス猪を一撃で倒せるようなスクルドは、ゴブリンくらいは軽く屠っている。
ちなみに、スクルドを三井さんに紹介したらかなり驚かれた。なんか、モンスターを使役するにはそれ用の能力が必要なんだとか……俺の、この世界に来ることで開花する能力って、モンスターテイマーとかだったのかな?
それからも休憩をはさみつつ、しばらくはあたりのモンスターを倒し続けた。太陽が傾くぐらいの時間になると、草原のモンスターは大部分が掃討されていた。
今日の成果はどんなもんかと、ギルドカードで確認したら、レベルは3になってた。それ以外にも、剣術レベルも5に、新アビリティの剣士は新しい能力だって言うのにレベル2、肉体強化もレベルが5に上がっていた。
討伐したモンスターの数はギルドカードに記録されていて、それに応じた報酬が支払われるとか……三井さんのおかげでかなり稼げたっぽい……
ほんと、三井さんには頭が上がらないぜ。なんて、思いながら馬車に乗り込もうとしたところで、馬車の中から声が聞こえた。何人かの男が話してるみたいだけど、声を潜めて何を話してるんだろう……
「で、今夜だよな……」
「あぁ、ギルドの姉ちゃん薬漬けにして、合コンって言ってセッティングさせた」
「っかぁ~、お前もワルだね」
「それに便乗してるお前はどうなんだよ」
「ま、俺は女が抱けるならなんだっていいさ」
「そうだな。薬も用意したし……」
「あの薬の効き目はすごいからな、ぐへへ」
「おい、涎垂らすなよ汚ぇな」
ちょっと、物騒なお話みたいです……
っていうか、これはもしかして、こいつらアリアさんの合コン相手か?
薬漬けとかなんとか不穏な単語が聞こえたけど……もしかしてアリアさんピンチ?
「どうしたの、ガイ君?」
「あ、三井さん……ちょっとお話があるんですけど……」
「?」
もしかしたら、別の人かもしれないけど、念には念を入れないといけないからな。
草原から街へと戻ってきた。できることなら、さっき話していた男たちに張り付いていたいところだけど、お城には入れないし、ギルドへ報告もしに行かなくてはいけない。
ギルドでの手続きをしている間、アリアさんの姿を探したが、どうやらすでに店の方に移動しているらしい。
報酬の振り込み手続きなどが終わると同時に急いでアリアさんたちのいる店を探す。なんで俺は店を聞いていなかったんだろう……
――――side out
アリアたち冒険者ギルドの女性職員たちは予定の時間通りに店へとやってきた。普通の合コンだったなら、わざと遅れて男たちの反応を見るところだが、騎士なんてプライドの高い相手にそんなことをするのは、よろしくない。
ただでさえ、騎士と合コンできる機会など少ないことなのだから、モブ美には感謝しないといけないとアリアは考えていた。
しかし、時間になっても騎士たちは現れない。これでは、女性と男性の立場が逆だ。
「ねぇ、遅くないかしら?」
「そ、そうね……でも、もう少し待ちましょうよ」
「? ……そりゃ、少し遅れたぐらいなら待つけどさ」
妙に落ち着きがないモブ美の態度に、少しばかりの違和感を感じつつアリアはお冷を口にした。
不意に扉を開けてどやどやと何人かの男が店の中に入ってきた。モブ美が反応したのを見ても、彼らが合コンの相手なのだろう。
しかし、さすがは騎士と言える。鎧こそ簡素なものに変えられているとはいえ、腰に差された剣は帝国の紋章が掘られた騎士の身分証だ。合コンだからと武器を外すような馬鹿な真似はしないらしい。
だが、女性陣からすれば、まさか武器を持ってくるとは思っていなかったのか、少しばかり嫌そうな顔をした者も何人かいた。
アリアは、そんな女性陣の中にあって、すでにどの男を狙うのか品定めを始めていた。
「いや、すまないね。昼間は騎士団としての仕事があったから、少し遅れてしまったよ。女性を待たせるなど、騎士として恥ずべき行為だ。お詫びしよう」
そう言って、1人の騎士が頭を下げた。
顔はまぁまぁいいが、マザコンっぽいから却下。というのがアリアの感想。
騎士たちも席に着き、酒が来るのを待つ間に軽く自己紹介をしていく。
酒が来ると乾杯し、適度に質問などを繰り返していくが、アリアはなんとなく熱が冷めていくのを感じた。
今回の合コンは失敗だったかもしれない。
騎士と言うのを鼻にかけ、面白くない人間や、なんとなく心許せそうにない相手ばかりだ。これなら、最近居候することになった、あの青年の方がいくらもましだ。
頼りがいはなさそうだが、懐かれたからと居候の身で動物を飼いたいと言い出した意外な甲斐性、黙っていればわからないと言うのに、わざわざ自分は呪われていると言いだし、自分よりもまず相手を心配する優しさ。騎士と言う仕事しか評価できるところがないこの男たちよりも断然マシだろう。
その騎士と言う職業も評価されるのは収入がいいと言う点ぐらいだ。多くの騎士は平の騎士止まりがせいぜいで、収入が減ることはないが増えることもない。
その点あの青年なら冒険者と言う収入が不安定な仕事ながらも、将来性はギルドマスターが気に掛けるほどだ。高ランクの冒険者であれば収入は平の騎士よりもはるかに高い。Cランクでもそれなり以上に働けば平の騎士と同程度の収入が得られるだろう。
そうやって考えると彼は将来性を考慮に入れるとかなりの優良物件だと言うことにアリアは今になって気づいた。
その彼ならこういう場でどうするだろうか? 案外、年上の女性ばかりでどぎまぎして面白いことを言うかもしれない。
そんなことを考えてアリアは1人小さな笑みを浮かべた。
自分は案外年下の方が好きなのかもしれない。自分でも世話焼きなのは認めるが、それを恋愛感情と言えるのだろうか?
もっと、頼りがいがあって、いざと言うときに自分を守ってくれるような男性の方がいいのではないだろうか? そうやって考えるとあの青年はちょっと頼りない。
そうやって考えていると、アリアは再び笑みを浮かべた。
合コンに来たというのに、なぜここにはいない青年のことばかりを考えているのだろうか、これでは本当にあの青年を好きに思っているようだ。
「どうかしましたか?」
「いえ……すいません、ちょっと失礼します」
青年について考えている間、ひたすらに話しかけてきていた男に一言断って立ち上がり、手洗いへ向かう。
いったん落ち着こう。もしかしたら、話しているうちに心惹かれる相手がいるかもしれない。手洗いから出たアリアはそう考えながら、男性用手洗いへと入る男に一瞬目を奪われた。
長年ギルドの受付をしている間に、できる人間の纏う空気と言うものをなんとなく感じ取れる彼女だからこそ気が付いた、その男のすごさ。
ちらりと目を向けると腰には合コン相手の騎士たちと同じ、バルデンフェルトの紋章が掘られた剣を差している。しかし、彼は合コンの相手ではない。こんな空気を纏う男はあの中にはいなかった。
こんな男があの中にいたのなら、もう少し気分は違ったのだろうが、あまり贅沢も言っていられないだろう。
アリアは、1つ息を吐くと席へと戻るのだった。
6月21日
sideout後にアリアの心情描写をわずかに追加