13話 かけがえのないもの
鵲屋に着くと、アルタイル君は既に店の前に立って
いた。
「おっ、スピカ!」
彼はいつものように明るく手を振り、駆け寄って
くる。
「あれ?お前、何か顔色悪くねえか?大丈夫か?」
「うん。ちょっと疲れただけだよ、色々あった
からさ」
「そうか、無理すんなよ。それで、話って何だ?」
僕は小さく息を吸い、乱れそうになる呼吸を整えた。
「アルタイル君。君は……星雲隊、なんだよね」
「……え?」
彼は気の抜けた声を漏らし、何度もまばたきをした。
「な、何言ってるんだ?俺は――」
「僕がそう思った理由はいくつかある」
じっと彼の目の奥を見つめる。
「まずは、僕が地上に行って願いを叶えていたことが
星雲隊にバレていたこと」
「それが、どう関係あるんだよ」
「……あの夜、君は言ってたよね。僕のやろうと
してることが分かってたって。分かってて
『千変万化の布』を渡したって」
僕は視線を落とす。
「ベガちゃんも役所の人も、僕が地上に行こうと
してる理由については触れなかったし、分かって
なさそうだった」
「そんなの、ベガたちが口に出して言わなかった
だけで本当は分かってたかもしれないだろ!」
「うん、そうだね。それだけじゃ決定的な理由に
ならない。それじゃあ2つ目。2つ目は、君が会いに
来てくれた夜のこと」
「俺が来た夜……?」
僕は鵲屋の看板を見上げた。
「君はここから、僕の名前を呼んだ。それも、近所中
に聞こえるような大声で」
「そ、それが何だってんだよ」
「……普通、追われている友人を大声で呼んだりは
しないと思う。そんなことをしたら居場所が
知られてしまうから」
アルタイル君はわずかに目を逸らした。
「それなら、どうして君はあんなことをしたのか。
たぶん君は僕がここに居ることを確認して、周囲に
潜んでいた星雲隊へ知らせていたんじゃないかな」
冷たい声とは裏腹に、心臓の鼓動は次第に大きく
なっていく。
「でも、仮面さん……おじいちゃんは気づいていたん
だと思う。だから僕たちを外で話させた。店の中で
何をしているのか、君たちに悟られないために」
僕は一息ついて、彼の目を見た。
「そして君は、まだ中に僕たちが居ることをベテル
ギウスさんへ伝えた。次の朝、あの人たちが
見計らったように来たのはそのせいだ。
3つ目は――」
「もういい」
低く押し殺した声だった。さっきまでのアルタイル君
とは、まるで別人だ。
「そうさ、俺は星雲隊の秘密部隊だ。一般人に紛れて
監視する任務をしている」
「……そっか」
分かっていたけど、聞きたくなかった。そんな気持ち
が溢れてくる。
「まさかそんなくだらないことで気づかれるなんて、
正直、思ってもなかったぜ。鈍いお前なら騙せると
思ったんだが、そうもいかなかったか」
目が合わない。彼の視線は僕ではなく、もっと遠くを
見ていた。
「……ところでお前、あの夜、俺に言ったことを
覚えてるか?」
「えっと……」
「お前は、自分が失うのはこの店だけだ、他には何も
ない。そう言ったんだ」
次の瞬間、襟元を強く掴まれた。
「お前にとって、俺は失うものの1つじゃねぇの
かよ!」
「……!」
「ベガも同じだ!俺もアイツも、お前にとって
何なんだよ!友だちじゃねえのか!お前は、俺らを
友だちって思ってなかったのかよ!」
声が震えていた。怒鳴っているのに、どこか泣きそう
だった。
「ぼ、僕は………」
友だち。そうだ、お父さんたちが居なくなって、
ひとりぼっちだった僕を救ってくれたのはベガちゃん
とアルタイル君だった。それなのに、どうして
僕は――
「……僕、あの時はいっぱいいっぱいだったんだ。
心に余裕なんて無くて、君を巻き込みたく
なくて……」
胸の奥が熱くなる。
「だから……大切な友だちの気持ちも考えないまま、
あんなことを言ってしまった」
言葉にするほど、自分の愚かさが胸に突き刺さる。
僕は視線を落としたまま、小さく呟いた。
「………ごめんね、アルタイル君」
「……謝らなくていい。むしろ、謝りたいのは俺の
方だ」
アルタイル君は僕の襟元からそっと手を離し、1歩
後ろへ下がった。
「俺が星雲隊に入ったのは、ベガと幸せに暮らす
ためだ」
「ベガちゃんと……?」
「ああ。ベガはお偉いさんの娘で、俺はただの
牛飼いだ。その間には、とてつもない身分差が
ある。でもアイツは好きだと言ってくれた。政略
結婚を破棄してまで、俺を選んでくれたんだ」
そんな事情があったなんて、知らなかった。
「俺は金を稼ぐために、星雲隊に入った。そして
お前を拘束した手柄で報酬を得ようとして
いたんだ」
言い終わったと同時に、彼は力を失ったように膝から
崩れ落ちた。
「友だちのことを考えていないのは俺の方だ……
俺は、俺は……ッ!友だちを売るという最低の
行為をしたんだ!」
僕はゆっくりと首を振った。
「……そんなに自分を責めないで。全部ベガちゃんの
ためにやったんだよね。だったら、アルタイル君は
悪くないよ」
「いいのか……?こんな俺をお前は………」
「いいよいいよ。お互いさまだもん」
僕は彼の手を取り、立ち上がらせたその時。
「いや〜、友情っていいねぇ」
「あっ、おじいちゃん!」
いつの間にか、タバコを咥えたおじいちゃんが木に
もたれながらこちらを眺めていた。
「シ、シリウス隊長……!?」
「よぉ、2人とも。どうやら、かけがえのない友人を
失わずに済んだみてぇだなァ」
僕とアルタイル君は顔を見合わせ、少しだけ照れくさ
そうに目を伏せた。
「ははっ、子供の友情は大人みてえにドロドロして
なくていいねえ。謝ればあっさり許してくれる……
そういうモンだからなァ」
おじいちゃんは歩み寄り、淡々と続けた。
「失ってから、大切なものだって気づくことは少なく
ない。でも、お前らは違う。失う前に
気づけたんだ。良かったな」
「……おじいちゃん」
僕は、おじいちゃんの背後をゆっくり指差した。
「ん?何かあんのか?」
振り向いた途端、おじいちゃんの表情が固まる。
「うおっ!べ、ベテルギウス……!」
「隊長。仕事が溜まっています、速やかにお戻り
下さい」
いつから居たのか、ベテルギウスさんが冷たい視線を
向けていた。
「きょ、今日ぐらいはいいだろ?な?」
「却下です。それと、歩きタバコは禁止されて
いますよ」
「ちょっ……待っ、助けてくれスピカ〜!」
おじいちゃんは抵抗むなしく、そのままベテルギウス
さんにずるずると引きずられていった。
遠ざかっていく叫び声を見送りながら、僕は思わず
笑みをこぼす。
「ベテルギウスさんも、大変なんだね」
「ああ。シリウス隊長は、よく仕事をほったらかしに
して遊びに行くからな。ああやって連れ戻されてる
のが日常なんだ」
「アルタイル君」
頬に優しい風が当たる。
「これからさ、ベガちゃんも連れて地上に行か
ない?」
「別にいいけど……何するんだ?」
「うーん、食べ歩きとか?あっ、そうだ!今日
こっちに帰ってくる時にね、駅の近くで美味し
そうなスイーツ屋さんを見かけたんだよ!」
「へえ!行ってみようぜ!ベガのやつも喜ぶだろう
な〜」
アルタイル君は何事もなかったかのように、いつもの
調子で笑った。さっきまでの重たい空気が、嘘みたい
に消えていく。
「おっし!じゃ、アイツの家まで競争だ!位置に
ついて、よーい……ドン!」
僕たちは顔を見合わせ、同時に駆け出した。並んで
走る足音がいつもよりずっと軽い。
今までは鵲屋さえあればいいと、それだけが僕の全て
だと思っていた。でも違ったんだ。今回の出来事で、
ようやく分かった。友だちもまた、鵲屋と同じ
くらい………いや、それ以上に失いたくない大切な
居場所なのだと。




