10話 証拠集めと疑問
激しい衝撃とともに、僕は目を覚ました。どうやら
無事に着いたらしい。何か夢を見ていた気がするが、
うまく思い出せなかった。
僕は用意していたハサミでダンボールを内側から
切り裂き、ゆっくりと外へ出た。もちろん、この
ダンボールも人間の目には映らない。
「ふう」
外は澄み渡るような青空だった。空気がおいしくて、
風が心地いい。隣を見ると、あの子の家の表札が
あった。僕は窓から中を覗いてみた。
「あれ?誰も居ないのかな」
別におかしな話ではない。今日は日曜日だし、
どこかへ出かけているのかもしれない。
「仕方ない。2階の窓から入ろう」
2階の窓に鍵をかけている人は少ない。ここから
侵入できるはずがない、そういう思い込みをしている
人が多く居るからだ。
「よっと」
僕は塀によじ登り、タイミングを見て軽く跳び
上がった。指先がベランダのフェンスに引っかかり、
そのまま必死に体を引き上げた。腕に力を込め、
何とかベランダへ転がり込む。
「つ、疲れた……後は、この窓に鍵がかかってないと
いいんだけど………」
息を整えながら窓へ近づき、横へスライドした。
どうやら、鍵はかかっていなかったようだ。胸を
撫で下ろし、外履きを脱いで手に持つ。足音を立て
ないように注意しながら、僕は室内へ入り込んだ。
そこは子供部屋だった。床にはおもちゃが散らばり、
小さな机の上にはクレヨンや色鉛筆が無造作に
置かれている。きっと、あの女の子の部屋だ。
ふと、壁に貼られた1枚の絵が目に留まった。
母親らしき人物と女の子。並んで手を繋いでいる。
その隣に、不自然なほど大きな黄色い丸が描かれて
いた。背景は黒く塗り潰されていて、その丸だけが
強く浮かび上がって見える。
「この黄色い丸は何だろう?」
僕は疑問に思いながらも、とりあえず写真を撮った。
そして再び部屋を見渡す。だが、部屋が散らかって
いるせいで、それ以上の収穫が得られそうに
なかった。
「一旦、他の部屋を見てみよう」
部屋を出て向かいの部屋へ入った。室内は綺麗に
整えられていたが、机の上の日記帳だけが開いたまま
置かれていた。
「日記か。七夕の日、何か書いてないかな」
パラパラとページをめくる音だけが部屋に響く。
「あっ、あった!えーっと……」
7月7日。
今日は、夫にそっくりな人が来てくれた。
最近笑うことが少なくなったみぃちゃんも、久しぶり
に楽しそうに笑っていた。次に会う機会があれば
ちゃんとお礼がしたい。
「………」
僕は静かにカメラを取り出し、写真を撮った。
――来てくれて、ありがとうございました。
不意に、あの時の言葉が蘇る。
僕の仕事は、直接お礼を言われることはほとんど
無い。だから「ありがとう」って言われた時は、
新鮮過ぎて戸惑った。でも嬉しかったし、少しだけ
罪悪感が薄れた気がした。
「……こちらこそ、ありがとう」
誰にも聞こえない声で呟き、日記を元の位置へ
戻した。僕は部屋を出て、階段を静かに下りた。
キッチン、風呂場、トイレ。一通り調べてみたが、
有力な物は見つからなかった。
「後はリビングだけか。この調子じゃ、何も無さそう
だなぁ」
バッグを持ち直し、リビングに入る。
「えーっと、何か変わった物は……」
室内を見渡すと、窓際に七夕の笹が飾られていた。
短冊がエアコンの風で静かに揺れている。
「七夕、もう終わったのになぁ」
短冊を手に取ると「ひこぼしさん、ありがとう」と
書いてあった。
「ひこぼしさんって誰だろう?」
僕は念のため、それも写真に収めた。その後も部屋を
調べてみたが、新しい手掛かりは見つからなかった。
「日記は証拠になりそうだけど、あの子が描いた絵と
この短冊に書かれてあるひこぼしさん。これは何を
意味してるんだろう……?」
「ねえねえお母さん、今日はハンバーグだよね!」
「!」
しまった、もう帰ってきた!どうしよう、どこかに
隠れないと……
「うん。今日はとびっきり大きいの作ってあげる」
「やったー!」
鍵を差し込み、扉を開ける音がした。
「じゃあ、作るからちょっと待っててね」
「うん!」
ちらりとタンスの影から様子を伺う。そういえば、
僕の姿は見えないんだった。
「お母さん」
「ん、なぁに?」
女の子は椅子に座り、足をぶらぶらさせながら
尋ねた。
「ひこぼしさんって、次はいつ来てくれるのかな」
「さあ、いつになるかしら。ひこぼしさんは、私たち
以外の所にも行かないといけないから、来年の
七夕は来れないかも」
「えー!」
もしかすれば、ひこぼしさんの話が聞けるかもしれ
ない。僕はそっと録音し始めた。
「ひこぼしさんはね、毎年寂しがっている人の所に
来てくれるの。でも七夕が終わるまで皆んなの所に
行かないといけないから、少しの時間しか一緒に
居られないの」
「ふーん……じゃあやっぱり、あの時来てくれたのは
お父さんじゃなくて、ひこぼしさんだったんだ。
なるほど。ひこぼしさんは、この家の父親の姿に
変身してやってきた僕のことだったのか。
「あっ!じゃあ、来年も来て欲しいってお手紙書いて
おくね!」
そう言うと、女の子は階段を駆け上がっていった。
ぽつんと残された母親が小さく呟く。
「……ひこぼしさん。あの子の笑顔を取り戻して
くれて、本当にありがとうございました」
「そうか、もしかしたらあの絵は……」
黒い背景は夜空、大きく描かれていた黄色い丸は星。
つまり、彦星を描いていたのかもしれない。
そういえば、僕がこの家を訪れて願いを叶えたこと。
その情報は、どこから漏れたんだろう?『千変万化の
布』を貸してくれたアルタイル君、ベガちゃん、
外出許可証を発行してくれた役所の職員……
――お前のやることを分かってて『千変万化の布』を
貸した俺にも責任はある。何かあったら連絡して
くれ。
「……アルタイル君?」
違う。彼がそんなことをするはずがない。だけど
もし、本当に僕の行動を最初から分かっていたと
したら。
「いや、僕を陥れる理由なんてない」
胸の奥にわずかな違和感を残したまま、僕は音を
立てないように家を後にした。
外はいつの間にか雲に覆われている。天の川に帰る
には、駅から天の川の役所へと繋がるエレベーターに
乗るしかない。役所には星雲隊が待ち構えている
可能性があるが、そのまま本部に連行されるのなら
こちらとしては好都合だ。
「――早く帰ろう。雨が降る前に」




