1話 鵲屋
ここは、天の川。星たちが働く場所。
いつもは穏やかで、ゆるやかな時間が流れて
いる。
だが年に1度だけ、お祭り騒ぎになる。
それが、七夕の日。この日までに人間たちが書いた
短冊を回収して、叶える願いと叶えない願いに仕分け
しなければならない。
「お金がいっぱい貰えますように、か」
僕たちは、全ての人間に平等でなければならない。
本当は全ての願いを叶えてあげたいけど、そうも
いかない。
「えっと、この人はどこに住んでるのかな」
短冊の裏面には、人間には見えない文字で名前と
住所が刻まれている。それに触れると、その家の
生活を覗くことができる。
「うわっ、競馬にパチンコにスロット……この人は
ダメだ」
僕は、短冊を「却下」と書かれたダンボールの中へ
入れた。
叶えられる条件は3つ。
1つ、その人が心から願っていること。
2つ、本当にその人のためになること。
3つ、その人が良い方向に変わる可能性があること。
「はぁ……どうして僕の家は、代々こんな仕事を
続けてきたんだろ」
鵲屋。天の川で1番古いお店で、
1000年以上続く願い仕分けの専門店。おじいちゃんの
代までは繁盛していたそうだが、今は――
「おーい、スピカ居るか?」
「あっ、アルタイル君!」
戸口からひょいと顔を出した彼は、周囲をきょろ
きょろと見回し、店の中へ飛び込んできた。
「ふぃー、疲れた疲れた。助かったぜ」
扉を閉めた瞬間、壁にもたれかかる。
「もしかして、またベガちゃんに追われてるの?」
「そうそう。今日こそ隣で寝るって聞かなくてさ」
どうやら彼は、恋人のベガちゃんから逃げてきた
らしい。いつものことだ。
「ダーリ〜ン?」
すぐ近くで、底冷えするような声がした。
「ゲッ!も、もう来やがったのかよ……!た、頼む!
レジ裏に匿ってくれ!」
「う、うん」
アルタイル君は素早く僕の横に滑り込み、小さく
丸まった。そしてその直後。
カラン、と鈴の音が響いた。
「あら?何となくダーリンの匂いがするわね。
ご機嫌よう、スピカ」
彼女は黒髪を揺らして微笑んだ。その笑顔は完璧
なのに、目だけが笑っていない。
「アルタイル、見てないかしら?」
「ううん」
一瞬、目が泳ぐ。
「見てないよ」
彼女は舐め回すように、ゆっくりと店内を見た。
棚の影。レジ。そして、僕。
「どこ行ったのかしらあの人。見つけたら教えてね」
くるりと踵を返し、彼女は出ていった。
「何だよ俺の匂いって……怖すぎだろ、アイツ」
アルタイル君は這い出てくると、僕の手元を
覗き込んだ。
「おっ、そういえば七夕近いんだったな。仕分けは
順調か?」
僕は黙って、未処理の短冊が詰まったダンボールを
指差す。
「はは、お前も大変だな。さっきのお礼に手伝うぜ」
「いいよいいよ、僕の仕事だからさ」
「そうか?じゃあ、何かあったらいつでも言えよ」
彼は軽く手を振り、去っていった。店は再び静寂に
包まれる。
「この人はオッケー。この人は………」
ふと、手を止めた。
「お父さんに会えますように?」
裏面を確かめる。確か、この子は去年も同じ願いを
書いていたはずだ。
「ちょっと見てみよう」
短冊に意識を集中させると、脳裏に一軒家が
浮かんできた。母親と幼い女の子。2人は寂しそうに
食卓を囲んでいる。
『お父さん、遅いね』
女の子が不安そうに呟く。
『そうね……何かあったのかしら』
その時、電話が鳴り響いた。母親は受話器を取ると、
みるみるうちに顔から血の気が引いていった。
その後、すぐに葬式の光景が浮かんだ。
母親は声を殺して泣き崩れている。その隣で、
女の子は状況を理解できないまま、きょとんと
立ち尽くしていた。
「ーーああ、そうか」
この子はまだ、死というものが分かっていないんだ。
「お父さんに会いたい、か……」
叶えてあげられるのなら、叶えてあげたい。
それがたとえ、この子のためにならなくても。
「……でも、死人は生き返らないしなぁ」
しばらく考え込み、ふと顔を上げる。
「そうだ!確か、アルタイル君の家にアレがあった
はず!」
僕は電話を手に取り、アルタイル君の家にかけた。
短いコール音の後、繋がった。
「あっ、もしもし。スピカだよ」
「あら、スピカ。何かあったの?」
受話器の向こうから聞こえたのは、なぜか
アルタイル君ではなく、ベガちゃんの声だった。
「えっと、どうしてベガちゃんが?」
「秘密。それで何の用かしら」
どこか含みのある声音に、少しだけ背筋が冷える。
「あのね、アルタイル君に伝えて欲しいんだ。
良ければ、『千変万化の布』を貸してくれ
ないかって」
「あの布を?」
ほんの少し、間があった。
「分かった。伝えておくわ」
「ありがとう。それじゃあ、よろしくね」




