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前世最強退魔師、転生して最弱に ~現代ハンター社会で霊力無双~  作者: 甲賀流


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第9話


 日は変わって、ダンジョン演習当日。


 朝の登校時間――演習に参加する選抜メンバーたちはすでに二十五階層に到着した頃だろう。


 そして一方の俺、空木廻はいつものように自分の教室へ向かっている。


 俺のような試験不合格組は授業の一環として、教室のモニター越しに、その様子を見学するってわけだ。


 ……それにしても。


 ガラッ――


「おはよ、空木」

「廻くん、おはよう!」


 登校して教室の扉をくぐった瞬間、二人ほどのクラスメイトが僕に声をかけてきた。


「うん。おはよう」


 たったこれだけのやり取りなのに、胸の奥が妙に落ち着かない。

 まるで、ずっと締め切られていた部屋に、初めて風が差し込んだような――そんな落ち着かなさ。


 ついこの前まで、俺は完全に空気だった。

 いや、空気っていうより、下手に関わったらこっちまで何かされるかもしれない、みたいな。

 そんな腫れ物みたいな扱いを受けていた。


 それもそのはず。白影京士っていう、クラスのリーダー格のやつに目をつけられていたせいで、誰もが僕を避けていたのだから。


 でも今は、こうして当たり前のように「おはよう」と声をかけてもらっている。


 ……なんというか、不思議だ。


 空木廻としてもそうだが、白影柊真としても経験したことのない感覚。


 前世ではずっと当主だった俺――家臣という存在はいたものの、対等な立場、仲間ってのは今まで一度もいなかった。


 まぁ立場上仕方のなかったこと。

 それについて、特にどうこう思うこともないが、ただただ慣れない――それだけだ。


 しばらくすると、教室のドアが開いた。


 入ってきたのは担任の先生。

 がっしりとした体格に、短く刈り込まれた髪。

 そして、どこか現場の空気を残した鋭い目つき。


 元ハンターで、今は教育専門の教師として座学メインで指導してくれる先生だ。


 しかしあの見た目で座学とは。

 戦ったらそれなりにやれそうではあるが。


 どうも戦闘面に関しては、本人が頑なに拒否を通しているらしい。


 理由は知らぬが、それなりの事情があるのだろう。


「よし、みんな揃ってるな。今日は、知っての通りダンジョン演習の日だ」


 教室のざわめきが少しだけ収まる。


「演習に参加している10名の選抜生と、引率の神楽木怜先生は、もう二十五階層に到着している頃だろう。今回の任務はアイテムの採取だ。危険度はそこまで高くないが、油断は禁物だな」


 先生が指差す先――教室前方の壁には、巨大なモニターが設置されている。


 そこには、すでにドローンからの中継映像が映し出されていた。

 暗がりの洞窟のような通路に、数名のシルエットが映っている。


「作戦が順調にいけば、三時間もかからず終了するだろう。今日は座学の代わりに、この演習の見学を行う。しっかり観察して、ダンジョン内の動き方や連携の仕方を学ぶように」


 先生の言葉に、生徒たちの視線が一斉にモニターへと向けられる。


 もちろん俺も、その中のひとり。


 ただみんなとは少し違う気持ちで、あの場所に映る人物を目で追っていた。


 ――白影京士。


 現在一年一組のリーダー的存在。

 いや、リーダーというよりか独裁者に近い立場かもしれない。


 彼は選抜試験にて不正を行った。


 俺、空木廻の幼馴染である桐島澪から、合格に必要なアイテムを力づくで略奪したのだ。


 それも全て、自分が試験に受かるため――そして同時に、憎い相手を合格させないためである。


 しかし澪はその場に立っている。

 俺が合格用のアイテムを譲ったとはいえ、彼女はそこに立つ資格がある人間。

 今回の演習に参加するのは当然のこと。


 モニターの中、彼女と京士の二人が映るたび、胸に波紋のようなものが広がる。


 大丈夫だとは思っているが、それでも心配は尽きない。


 ……もっとも、そのためにある策を仕込んでおいた。できることなら使わずに済めばいいが。


 

 * * *



 舞台は二十五階層へと移る。


 重く湿った空気。鉱石の混じる石壁に、薄く青い苔のようなものが繁殖している。

 洞窟のようであり、迷路のようでもあるこの空間は正真正銘、本物のダンジョンだ。


「皆、いい? ここには選抜試験で出てきたレッドゴーレムのような、Dランクのモンスターもぞろぞろと出てくるわ。気を抜かないようにね」


 怜の鋭い声が、洞窟内に反響する。


 その呼びかけに対し、生徒たちは「はい」や小さく頷くなど、それぞれが肯定の意を示す。

 誰もが緊張感を滲ませていた。


 澪もまた、その場にいた。

 そして真剣な眼差しで怜の言葉に耳を傾けている。


 そして、怜の説明は続く。


「今回は事前に説明した通り、特殊薬草〈アストラカリス〉の採取をしてもらうわ。この薬草は、姿かたちを隠しながら生息している生きた花。採取には魔力感知能力が必須なの。つまり今回は『感知役』と『護衛役』が必要。だからみんなにはこの演習中、グループで行動してもらうことになるわ」


〈アストラカリス〉――透明化と自己防衛を兼ね備えた希少植物。その匂いを嗅いだモンスターが一時的に錯乱状態になる効果があり、戦術アイテムとしても重要視されている。


 学生たちは静かに頷きながら、それぞれの任務内容を理解していく。


「……もちろん、班分けはもう決めてあるわ」


 肝心なのはそのメンバーだ。

 三人、三人、四人の計三グループに分けられるようで、怜がその割り当てを口に出していく。


「――以上が今回行動するメンバーの内訳よ。仲良く探索するようにね」


 班分けを告げられた瞬間――皆が驚愕した。


 小さく澪の眉が動く。そして口を開いた。


「せ、先生! なんで、あたしと白影京士が同じ、グループなんですか? お互いの戦闘スタイルも似通ってますし、それに……」


「あたしは選抜試験で、コイツに嵌められたから……って?」


 怜は澪が言いたげだった、続きの文を口にした。


 そう、彼女は全て知っている。

 【氷界透視】によって全ての事項を把握していたのだから。


「っ!? なんで、それを……」


 驚いたのは澪だけじゃない。

 他の生徒も同様、想定外の出来事に空いた口が塞がらない。


 そしてその当人である京士、一瞬驚愕した顔を見せたものの、彼は不服そうにこの場から視線を外した。


「そりゃ私が試験監督なんだから、知ってるのは当然でしょ? それとこのチーム分けにおける実力のバランス――これはさして重要ではないの」


 怜の回答。

 生徒たちはその意味について、未だ誰一人理解に及んでいない。


 彼女はまだ続きがあるわ、と話を進めていく。


「選抜試験を勝ち抜いた10人だもの。レッドゴーレムに単騎で勝てるなら、この階層のモンスターなんてグループでかかればなんの問題もない。つまりチームなんて誰でもいいの。だからチーム分けの条件は私が決めた」


 生徒たちが真剣に耳を傾ける中、怜からその条件たるものが語られる。


「さっき私、仲良くって言ったわよね? つまりこのチーム分けの基準、それは――仲が悪い同士よ。あ、あとは初対面の人も含まれるわ」


「なんで、そんなことを……?」


 一拍置いて、生徒の内の一人が問いを投げた。


「ここにいる10人は、これから三年間、学生生活を共にする仲間なの。互いを高め合うライバルではあっても、敵ではない。だから――それを理解して欲しい。ただそれだけよ」


「わ、わかりました!」

「仲良く、よね。みんなよろしく」


 これは互いを知る一歩。


 これから三年間、共に歩む仲間と交流を深める、入学初めての機会。


 そんな怜の意思は皆に伝わり、各グループ、軽い挨拶を始めた。

 

「……だけど、なんでよりによって、コイツと」


「まぁ――そう言わず、仲良くしようぜ」


 皆に聞こえない程度の小さな声で呟く澪に、ニタニタと笑む京士が友好を結ぼうとばかりに手を伸ばす。


「そ、そうです。せっかくグループなのですし、仲良くいたしましょ?」


 そしてたまたま澪、京士と同じグループになった残り一枠の女子生徒、久世詩音(くぜしおん)


 腰まで届く艶やかな黒髪に、仕立てのいい制服。誰よりも品があり、言葉遣いも端正だ。


 まるでどこかの旧家の令嬢かと見紛う佇まい。


 そんな詩音の上品な笑みに、澪は今の現状を受け入れることを決めた。


 パシッ――


 澪は京士に差し出された手を、握ることなく強く弾き返す。


「……この演習だけよ」


 声が震える。

 怒りか、悔しさか、それとも……澪自身にも、もう分からなかった。

 

「協力するのは、今日限りだから」


「あぁ。そうしよう」


 このままでは何の関係もない詩音にまで、嫌な思いをさせてしまう。

 ダンジョン演習中に迷惑をかけかねない。


 そんなこと、あってはならない。


 だから白影京士とはこのダンジョン演習でのみ協力していく。


 これが澪の下した決断だった。


 

 * * *


 

 こうして、二十五階層ダンジョン演習は始まった。


 この広大な湿地帯を彼らは各グループで分断し、探索していく。


 そして選抜試験での監督であり、このダンジョン演習の最高責任者である神楽木怜――彼女は、二十五階層の開始地点にて待機。


 もちろん【氷界透視】により、ダンジョンでの彼らの動向は常にチェック予定だ。


「……空木廻。本当に彼、仕掛けてきたのね」


 全生徒がこの場を離れたのち、怜は一人そう呟いた。

 彼女は気づいてたのである。澪の影に含まれたわずかな霊力に。


 そう、それこそが廻のある策とやら。

 念には念をと施した――いわば御守りみたいなものである。


 そして、怜は思った。


 空木廻――もし彼がこの場に介入する気があるならば。行動として起こす気があるならば――おそらくそれが現れるのは、澪の危機。


 二人は昔からの幼馴染。家族以上に互いを大事に思っていることは、すでに調べがついている。


 だからこその淡い期待と、確かな確信。

 怜はある種の賭けとして、あえてこの班分けにしたのだ。


 京士が、再び澪に刃を向くと過程して――


「……ふふ。さてどうするのかしらね、若い退魔師さんは」


 彼女は誰にも聞こえない声で、一人密かに微笑みを含ませて呟いた。

 

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