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前世最強退魔師、転生して最弱に ~現代ハンター社会で霊力無双~  作者: 甲賀流


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第8話


 視界が白から色を取り戻す。

 足元には、冷たい床の質感。ここは……実習室。


 しかしスタート地点だった第一実習室とは少し違う。


 かなりの広さで、それこそ一組から三組までの生徒が全員集まっても問題ないくらいの部屋――というか今の段階で、おそらく全員揃っている。

 

 そして10人。

 

 合格者の顔ぶれが、前方の壁に設置されている大型モニターに表示されている。

 中には見知った顔もいるし、初めて見る生徒もいた。


 澪も、その中にしっかり刻まれている。


 彼女は俺の方を見て、小さく――けれど、力強く頷いた。


 ……よかった。


「以上で、本日の選抜試験は終了よ。おつかれさま。合格者は後日、ダンジョン演習への参加資格が与えられ、そしてそれを乗り越えられたら、さらに仮のハンター証が配られる。楽しみにしておいて。合格者の10名には詳細を追って連絡するので、それまではゆっくりしててちょうだい」


 そう言って、怜が皆を一瞥する。


 クールで隙のない態度はいつも通りだったが、よく見れば、その目は合格者たちを見据えた後――ほんの一瞬、俺の方へと向けられた……気がした。


「それでは、解散」


 端的な言葉とともに、怜がその場を後にする。


 そして俺の前を通り過ぎる、その瞬間――


 怜は足を止め、わずかに顔を傾けて、俺の耳元でささやいた。


「あなた……手を抜いたの?」


 それは他の誰にも聞こえない、静かな声だった。


 怜はそれ以上何も言わず、そのままスタスタと歩いていく。


 その問いに答える暇すらなかったな。

 まぁ仮に答えたとして、なんと返しただろうか。


 そんなことを考えながら、俺はここを去る彼女の背中を見つめた。


 あの人には何が視えているんだ?


 それとも、ただ勘の鋭い人か。


 けれどあの一言だけで、怜という教師の底知れなさが、ひしひしと伝わってきた。


 怜は俺の耳元でそう囁いた後、さして関心なさそうな素振りで教室を後にした。


 そして残されたのは、生徒たちだけ。


 改めて、ホログラムに浮かぶ10人の名前が称えられる。

 拍手は少なく、空気は重い。

 素直に喜ぶ者もいれば、うつむく者もいる。


 そして、澪――


 彼女は、他の合格者の中にあって、まったく笑っていなかった。

 視線は俯きがちで、その表情にはどこか迷いや不安が滲んでいる。


 一方で、教室の端――京士は、あからさまに不機嫌そうな顔をしていた。

 合格者の名前がホログラムに表示された瞬間から、その苛立ちを隠そうともしていない。


 苛立ちのまま、京士が出口へ向かって歩き出そうとした、その時だった。


「アンタのしたこと、あたしは許さないから」


 澪の声が、静かに、けれど確かに空間を貫いた。


 京士の足が止まる。


「あ? お前こそあの状態でよく合格できたな。何かイカサマでもしたんじゃねーのか?」


 その言葉に、この空間の空気がピリついた。

 周囲の生徒たちがざわつき、距離を取る。


 澪は一歩も引かない。


 そのまま真っ直ぐに京士を睨み返し、


「なら一緒に報告でもしに行く? 怜先生に、あたしたちはイカサマしましたので、合格を取り消してくださいって」


 そう言い放った。


 その挑発とも取れる一言に、京士の顔が怒りに染まった。


「……お前のそういう生意気なところが、気に食わねぇんだっ! ここでもう一回痛い目に遭わせてやろうか!」


 睨み合う二人。

 いつ手が出てもおかしくない、そんな張りつめた空気。


「……二人とも、やめなよ」


 耐えきれず、俺はその間に割って入った。


 これが普段の空木廻の行動ではないことは、十分に自覚している。

 

 だけど――正直、限界だった。


 試験の不正、澪への卑劣な行為。


 俺へのイジメ程度なら、いくらでも我慢してやるが、これ以上はもう見逃せない。


「空木ィ、試験にすら受かれねぇお前みたいなゴミが、こんなところに割って入って、何のつもりだ?」


 京士が睨む。

 その視線には俺への見下しと怒りのような感情が混じっている。


「廻、私は大丈夫だから……そこから退いて?」


 澪の声は、静かだった。

 でも、必死に何かをこらえるような響きがあった。


「アイツ、大丈夫なのか?」

「無謀すぎるって……」


 澪と京士、周囲の生徒たち。

 全ての言葉が俺に集まった瞬間。


 そしてこの場から一切消えることない不穏な空気。


 今にも何かが勃発しそうな――


「サンドバック風情が、口出してんじゃねぇ!」


 そんな瞬間、京士の拳が振るわれた。


 教室で幾度となく向けられたそれに、今の俺は微塵の恐怖すらも抱かない。


 パシッ――


 乾いた音と共に、俺はその拳を片手で受け止めていた。


 格下である俺が相手だ。

 京士もただ反射的に振るっただけ。

 だからこそ、それはとても軽かった。


 京士はその拳を引こうとした瞬間、異変に気づく。

 引っ張っても、押し戻しても、拳はまるで固定されたかのように動かない。


「なっ!? ど、どうなってる……!?」


 困惑に満ちた顔。京士の目が見開かれる。


 当然だ。俺は微弱な霊力の出力で、そうなるようにコントロールしているのだから。


 おそらく周囲から見た者からは何が起きているのかわからない、そんな状況だろう。


 どよめきがこの部屋を包む。


「京士さん、こ、ここは引きましょう!」

「そ、そうです! 試験の時から空木のやつ、なんかおかしいんですよ!」


 取り巻きの二人が慌てて駆け寄ってくる。


 擬似ダンジョンで俺に倒された彼らは、あの時と同じような怯えた目で俺を見ていた。

 その視線には、恐怖と混乱と、そして……理解できない変化への本能的な拒絶が入り混じっているようだ。


「……チッ、めんどくせぇ!」


 京士が短く吐き捨て、拳に力を込める。


 それから瞬間的にまとった霊力による圧で、強引に俺の手を振り解き、京士は俺から距離を取った。


「行くぞっ!」


 彼はそれだけを言い残し、この場から足早に去っていった。


 取り残された教室に、今も尚続く微妙な沈黙。


「アイツ、いつの間にこんな力を……?」

「いや、ていうか、普通に強くね?」


 そんな中でぽつぽつと漏れ出すざわめき。


 それはさっきの光景における周囲の感情。


 あの京士の拳を、空木廻が――たった一人で止めたという事実に対するものだ。


 そんな中、澪がゆっくりと俺のもとへ歩み寄ってくる。

 

「……廻」


 震えた澪の声。そのまま言葉は続く。


「ありがとう。助けてくれて。それに……」


 一拍、言葉を選ぶようにして、彼女は小さく微笑んだ。


「……強くなったんだね。かっこよかったよ」


 まっすぐに向けられる澪の視線。


 空木廻という人間の――ハンターとしての評価が塗り変わった瞬間だった。


 この部屋の空気、他生徒が俺を見つめる視線だって少し変わった気がする。


「すげぇじゃねぇか、空木!」

「空木さんって言うんですね! 覚えてます? レッドゴーレムを倒した時見てた一人です!」

「あ、それ、言わない方がいいんじゃないか!?」


 と、突如浮上したレッドゴーレム討伐シーンの暴露により、俺は余計な注目を浴びることになった。


「あ、あの……それはたまたまで……」


「いやいや、あの時拳で一発、ちゃ〜んと仕留めてたじゃないですか〜」

「あの時の空木さんカッコよかったです!」


 今頃否定しても、遅かったようで。


 きっとこの噂はあっという間に広がってしまうだろう。


 今まさにこの場で取り沙汰されているように。


 俺は一年生集団に囲われ、しばらく質問の嵐という被害に襲われるのだった。

 

 

 * * *



 人気の去った第一実習室。

 

 廻たちが移動した転移装置に触れて、今回の試験監督である神楽木怜は静かに呼吸を整えていた。


 床に広がる淡い霧のような魔力は、彼女の固有スキル〈白氷の結(はくひょうのゆい)〉のひとつ、【氷界透視(フロストビジョン)】の余波である。


 氷属性の魔力を空間に満たし、その冷気に触れた存在の気配や動きを遠隔的に視る――そんな五感を極限にまで高めたスキルだ。


 擬似ダンジョン全体に薄く冷気を張り巡らせていた怜は、試験中の出来事をすべて把握した。


「……やっぱり、あなた途中で力を抜いたのね」


 空木廻の発するエネルギー波形には、はっきりとした増幅と制止の痕があった。

 まるで溢れそうになった器を、無理やり抑え込んだような。


 しかも今回の試験、それだけではない。


 ゴール付近で二組の桐島澪と一組の白影京士含む生徒三名の、魔力が衝突している。


 氷の霊気を通して読み取れたそれは、明らかに意図的な妨害――つまり桐島澪は、何らかの被害を受けていたとなると……。


「不正、か。まあ、想定内ってところね」


 小さく肩を竦める怜。


 だが、それよりも気になったのは――空木廻の持つ、魔力の質だった。


「これは魔力とは違う別のエネルギー」


 他の生徒とはまるで異なるもの――澄んだけれど、底知れない闇を孕んだような黒いエネルギー。


「空木廻、やはり貴方……」


 その名を、怜は口の中でゆっくりと転がす。


 それに彼、ここから出る前――何かしていた。


 モンスターに何かエネルギーを送って、


 そして――


 「この子、もうそんなことまで……」


 怜にとって、見覚えのあるその力。

 まさか実際に目にするなんて思わなかったそれを間近で感じて、思わず笑みが漏れる。


 次の実習は、二十五階層。


 空木廻が試験に落ちたのはたしか。


 しかし何かが起こりそうな――そんな予感を、怜の本能や今までの経験が告げている。


「楽しみね……」


 ほんの微かな期待を胸に、怜は静かに実習室を後にした。

 

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