第6話
「【霊衝】」
撃ち出したのは、手のひら大の白銀エネルギー。
今まで幾度となく放ってきたそれは、迫るレッドゴーレムへ一直線に飛んでいく。
「ゴアァァァァァッ!」
二度目の咆哮。直前に少し軌道は逸れたものの、俺の放った【霊衝】が、レッドゴーレムの右腕を弾き飛ばしたのだった。
「くそ、コントロールが上手くいかなかったか」
今回出したのは、全盛期の四割ほど。
エネルギー自体は集約できたが、放った時に腕が震え、わずかにブレた。
顔を狙ったつもりが、大きく逸れたな。
クラグ・ジャッカルを倒した二割の力と比べても、かなりコントロールが難しいと感じる。
やはり霊力を使い込んでいない肉体――出力にブレが生じても仕方ないか。
ここは数をこなして慣れていくしかないが、今そんな暇はない。
なにか別の手を考えるしかないが……。
「ゴアァッ!」
いつの間にかゼロ距離で眼前に立つレッドゴーレムが、次は左腕を振るってきた。
ドガッ――
そして見事命中。
「うぐっ!?」
反射的に声が出た。しかし本来襲い来るはずの衝撃はさほどなく、ただ痛みだけが不思議と体に残っていた。
打撲も裂傷もないし……。
――そうか、〈虚の器〉
しかし悪い癖が出てしまったな。
次の手を考える時、思わず相手を見失う。
前世何度も起こったことだ。その度に敵の攻撃でダメージを受けていたが、今回ばかりは己の力に助けられた。
にしてもこの学生服、頑丈だな。
今のパンチで汚れひとつない。
さすがは現代における高度な技術が織り成す衣服だ。
どうもこれひとつでダンジョンの階層ほとんどが対応可能な作りらしい。
「ゴアァッ!」
今の隙にと、レッドゴーレムは逃すことなく二度目の拳を放ってきた。
「同じ手は効かんっ! 【霊甲】」
目には目を。
歯には歯を。
拳には――めいっぱいの拳をっ!
全身あらゆるところに霊力を甲冑のように纏うことで、身体を攻防一体に強化できる技法。
そんな【霊甲】により高めた拳を、俺はゴーレムの拳に合わせるように放った。
ガァァンッ!
金属同士がぶつかったような重い音。
お互いの力が弾き合う。
俺はグッと後ろに仰け反らされたが、ゴーレムはそれだけじゃ済まなかった。
腕が大きく弾かれ、その巨体がぐらりと揺れたのだ。バランスを失い、今にも後ろへ倒れそう。
「今だっ!」
ここで一気に仕留める。
しかしただの殴打では、この巨体を完全に崩し切るのは難しいだろう。
つまりこの先必要なのは砕くための拳。
【霊甲】を纏った拳に、さらなる霊力を集めながら、低く息を吐いた。
「――【霊甲・穿突】」
霊力の流れを拳の一点に集束させる。
イメージとしては力を広げるのではなく、深く深く突き刺すような。
軌道をぶらさず真正面に、その一撃で穿つ。
俺は跳ねるような一歩で踏み込み、バランスを失ったレッドゴーレムの腹部めがけて拳を叩き込んだ。
「はぁぁぁぁっ!!」
「ゴッ、オォォ……ッ!?」
硬質な外殻に拳がぶつかる衝撃。
そして次の瞬間、先から放たれた圧力が、その内側にまで届く。
レッドゴーレムの体が内側から波打ち――
「砕けろ!」
最後に力を込めて一息。
ゴーレムの腹部からひびが走り、
ズンッ……パアァァンッ!!
砕け散ったのち、バラバラと崩れ落ちた。
重々しく地に倒れたその姿は、もう一切として動く気配を見せない。
「……よし、勝ったか」
俺は奴が落とした赤い水晶玉を拾った。
「これで三つ揃った。さてゴールへ……」
「おい、見たか今の」
「あぁ、ゴーレムを素手でいってたぞ」
「すげぇ……現役のハンターでも、あそこまで余裕には勝てないんじゃない?」
聞こえてきたのは扉の向こう。半分ほど開けて、いくつかの目がこの部屋を覗き込んでいた。
「え、」
まずい。ガッツリ見られてしまった……。
まぁ見られて困ることはないが……こういった目立つ行動は、本来の空木廻はあまり好まない。
俺としても校内で話題になってダンジョン攻略どころではなくなる、なんてことは避けたいところ。
すると次の瞬間、バッと勢いよく扉が開いたのち、さきほど向こう側にいた生徒たちが流れ込んできた。
「おぉっ!?」
「ねぇ、何組の人?」
「さっきのパンチは君の固有スキル?」
「ゴーレムを倒すコツなんてあったりする?」
……と、数々の質問。
生徒たちは俺の傍に寄り、前のめりに問いを投げかけてくる。
ここにいるのは五人の生徒。
男が三人で女が二人。
幸い同じクラスの人はいない。
なんとか個人名は隠し通せそうだ。
「今見たことは黙っておいてくれる?」
俺の問いに全員は顔を見合わた後、示し合わしたように同時に頷いた。
「質問には答えたいけど、今はゴールが先だ。悪いけど試験が終わるまでは待ってくれ。後日校内で鉢合わせた時、もしその場に僕一人だったら、その時はめいっぱい答えるから」
そう言うと、再び生徒たちは顔を見合わせる。
そして全員が納得したようで、快諾の返事が返ってきた。
「じゃあ、先を急ぐから」
「は、はい! 頑張ってください!」
「応援してます」
「私も今からゴーレム倒して、追いつきます」
同学年でなぜ敬語になったのかはよく分からないが、とにかくここから離れられてよかった。
急いで先へ進もう。
* * *
俺はいくつか部屋を移動してから、【マッピング】のスキルを発動した。
霊力によるレーダー機能により俺は、この周囲何十もの空間を把握することができる。
そこにはジャッカルやタートル、さっき倒したゴーレムや見知った人間までもが、ハッキリと映し出されているのだ。
まぁ知らない人間やモンスターまでは判別できないのが玉に瑕だが、居場所が分かるだけ十分だといえよう。
とりあえずゴール地点は分かった。その付近の反応も粗方把握できた。
あとは無駄な接触を避けて目的地にたどり着くだけだが――違和感が一つ。
「澪、まだゴールしてないのか」
俺のスキルによると、彼女はもうすでにゴール目前といったところ。
しかしなぜかいつまでも辿り着かない。
「……変だな」
それになぜ周りの生徒もゴールしない?
そう、彼女の周りにいる三人の人影。彼らは澪を取り囲むように配置されているのだ。
そして、そのうち一人は――明らかに俺の知っている人物だった。
白影京士。
「まさか……」
脳裏をよぎるのは、選抜試験前、彼が口にしていたあの言葉。
『余計な芽は、早く摘んでおくに限るよな』
あれは俺に向けたものだと思っていた。
だがもしも、そうじゃない可能性があるとするならば――
「まさか、澪を……?」
胸の奥がざわつく。
嫌な予感が、加速度的に膨らんでいく。
「とりあえず、行くしかない」
俺は走り出した。
いくつもの部屋を越え、ゴールのある空間へ一直線に向かって。
* * *
今辿り着いたこの部屋を越えれば、目的地。
もう目前といったところで、俺の足は踏みとどまることになる。
「誰かと思えば、空木じゃねぇか!」
「なんだ、ものすごい勢いできたから、焦っちまったじゃねーかよ!」
「お前たちは……」
京士の取り巻き二人。
それはいつも俺を――空木廻を、京士から逃げられないよう、幾度となく取り押さえてきた男子生徒たちだった。
「空木、この先は三体のモンスターを倒したやつじゃねぇと通れないんだ」
「そうだ。お前の居ていい場所じゃない。お前は合格者が全員決まるまで、モンスターと出会わないようにその辺うろついてなよ」
戯れ言だ。
人を蔑み、見下してばかりの人間など――相手にする価値はない。
「退け。僕はその先へ行く」
今俺の目の前にコイツらがいるということは、この奥には澪と京士の二人だけ。
【マッピング】を使わずとも、もう分かる。
そして――これが良くない状況だということも。
「おい空木、俺たちとやろうってのか?」
「歯向かうってんなら、手加減はしねぇぞ!」
ゴールを前に立ちはだかる二人。
このくらいは大した枷でもない。
空木廻が空木廻だと疑われない程度で、
適当に相手をしてやろう――。




