第4話
転移した先、俺の目に映ったのは今まで見たことのない空間。
「……真っ白な虚空。ダンジョンってのは、こんなにも味気ないものだったか?」
真っ白で何もない、そんな大きな箱に閉じ込められたような気分だ。広さとしては、学校の教室より一回りほど大きい部屋という感じ。
そしてここを部屋と思ったのは、白い開き戸が二つ存在しているからだ。まぁおそらく別の部屋に繋がっているのだろう。
「これが、擬似ダンジョン、か」
ダンジョンというには少し不完全。
だがこれで試験の説明通りモンスターが出てくるとなれば、現代のハンターにとってこれ以上ない修行の場になるだろう。
改めて現代の技術には驚かされる。
いや、今はそんなことよりも……。
「あの怜というハンター、中々やるようだな」
俺が転移する直前に言った「期待してるわ」という言葉。
やはり俺が彼女の攻撃を敢えて避けなかったことに気づいていたんだろう。
氷の発生から龍へと形態変化させるまでの速度が異常なまでに速かった。
あれで支援スキルまで扱えるハンター、そんな優秀な彼女がハンターランキング15位とは。
現代のハンターも、捨てたもんじゃなさそうだな。
「……いや、今はダンジョンの攻略に集中せねば」
そうだ。
いくら憶測を並べても仕方ない。
俺はここで上位10番に入ってダンジョン演習へ参加、それだけじゃなくハンターの仮免許とやらも貰わなくてはならないんだ。
そして俺は、八十層のボス――心骸ヴァルディエルを必ず倒す。
アイツは三メートルを超える巨体に、六枚の翼を広げた異形の存在。
女性を模したかのような均整の取れた肉体美に反し、その顔には漆黒の空洞がぽっかりと穿たれていた。
まさに天使か神か。そんな人外のモンスター。
「ココマデ来レタノハ、オ前が初メテ。ダカラ特別二チャンスヲヤロウ。再ビ魂ヲ蘇ラセテヤル。ソシテモウ一度、ココマデ上リツメ、我ヲ楽シマセロ」
柊真として死ぬ時、最後に耳に届いた音。
つまり俺をここへ導いたのは、あのボスモンスターだってことだ。
我ヲ楽シマセロだと?
それどころかぶっ倒してやるよ。
ハンター、空木廻として。
そして退魔師、白影柊真としてな。
だからこの試験はそのための通過点。
これは、その頂へ続く階段の、第一段目だ。
「さてまずはこの体で、霊力をどこまで使えるかだな」
幸いここには誰もいない。今のうちに試せることはやっておく。
「【マッピング】」
俺は自分の体に巡る霊力を体から放った。それも薄く、細く、広くといったイメージで。
「よし、問題ないな」
疑似とはいえ、ここはダンジョンとほとんど同じ構造のようだ。
その証拠に本来のダンジョン同様、このエリア全体が微弱な霊力によって覆い包まれている。
だからこそ霊力を体内に宿す俺たち退魔師は、ダンジョンの内部構造を把握できる【マッピング】という技能を扱えるのだ。
もちろん霊力を持ち得ないハンターにはそのようなマネはできないので、俺たち特有の力だといえるだろう。
今把握できる範囲は、同じような部屋が30程度。
そしてここにはいないが、他の生徒たちやモンスターのいる部屋も分かった。
ブーッブーッ
スマホの……通知?
ポケットから取り出して確認すると、学校からのメールだった。
そこに記載された件名は、
『選抜試験について』
「これは開かぬわけにいかないな」
中を確認する。
すると、そこにはあるファイルのみが添付されていた。それをタップすると情報が一気に開示されたわけだが。
「地図、だと?」
それは俺の【マッピング】した内容とほぼ同じ……いや、それよりも遥かに広いダンジョンの内部構造記した図――いわゆる地図というものだった。
それにプラス、自分自身の位置情報とゴール地点が赤く光っている。
なるほど、現代にはこういったものがデータになっているのか。
本物のダンジョンにも対応したものがあるのはまでは分からないが、少なくともこの擬似ダンジョンの攻略難度はグッと下がったといっていいだろう。
「こうなると俺たちの【マッピング】は……あまり必要なくなる、というわけか」
なんだかさっきまで感心していた現代の技術革命の数々に、突然刃を向けられた気持ちになった。
退魔師の【マッピング】はもういらぬと。
いやいや、それでもこの地図にはモンスターと生徒の位置までは分からぬじゃないか。
そういったことが把握できる俺たちの【マッピング】は、やはり現代よりも優秀といえる。
……って張り合ってどうするんだ、俺。
突然バカバカしくなってきた。
「しかし、以前の俺ならこの地図同様に、このエリア全範囲くらい余裕で【マッピング】できただろうにな」
まぁこの体自体が退魔師の血族ではないため、それも仕方ないこと。
むしろよくここまで出力できたなと思ったくらいだ。
そもそも霊力とは、魂の奥底から湧き出る――内なる力。
対してハンターの魔力は自然界の外部エネルギーを取り込む――外なる力、だ。
まさに正反対。
だからぶつかれば拒絶反応が起きて、最悪、魂ごと引き裂かれることになる。
「だから初めは少しずつ慣らしていこうと思ったんだが、まさかなんの弊害もなく使えるとはな」
それほどまでにこの肉体の持ち主、空木廻は特別なハンターだとでも?
わずかの思考の末、俺は一つ思いついた。
「……そうか、そういうことか」
その導き出した答えに、俺は思わず口角をあげてしまう。
「なんたる偶然……いや必然。それほどまでに俺と再戦したいというのか、ヴァルディエルよ」
〈虚の器〉
あらゆる攻撃やエネルギーを吸収し、無効化してしまう空木廻の持つとんでもない固有スキル。
もしそれが自分の体内に巡るエネルギーに対しても有効だとしたら。
己を蝕むエネルギーの大きな反動――そんな代償すらも吸収し、なかったことにできるのなら。
それは本当の意味で最強の防御となり得る力になってしまう。
まるで初めから仕組まれていたかのように、白影柊真の『霊力』と空木廻の〈虚の器〉は――相性があまりに良すぎたのだ。
「まぁ今はそんなこと気にしたって仕方ない。とりあえず早く、指定のモンスターを倒さねばな」
ここでいくら考えても、白影柊真と空木廻の必然性が分かるわけでもない。
今の自分にできること――それは前へ進むことだ。
そう心に刻み、俺は真っ白な扉を勢いよくこじ開けた。
* * *
クラグ・ジャッカル。
扉の先にいたソイツは鋭い目つきで俺を睨みつけていた。
そして今ここには俺とこのモンスターのみ。
つまり――試すには、絶好の機会だ。
「次は攻撃だな」
俺は霊力を前方へと集中させた。
手のひらに集まる白銀に輝く光。
それをそのまま、一気に放つ。
「【霊衝】」
霊力そのものをただ撃ち出すだけの、もっとも原始的な攻撃。
だからこそ誤魔化しは一切きかない。
練度、出力、意志、そのすべてが如実に現れる。
つまり霊力でいう、基礎中の基礎といったもの。
ギュピッ――
放った光弾は一直線にクラグ・ジャッカルを貫いたのち、その先の壁面にまで小さな穴を穿つ。
そして次の瞬間、パリンッとガラスが砕けたような音が響き、ジャッカルの体がポリゴン状に分解され、虚空へと消え去った。
これがダンジョンモンスターの消滅。
その演出まで含めて再現されているとは……やはりこの擬似ダンジョン、改めて凄まじい技術だ。
「……ふむ。しかし今の威力でこの程度か」
かつての俺なら同じ一撃であのモンスター程度は跡形もなく吹き飛ばせた。
ジャッカルを貫いた今の出力は俺の中でだいたい二割程度。
この体で今の出力が問題なく出すことができる、それが分かっただけでも十分な収穫だ。
コロンッ――
消滅に遅れて、何かが床に落ちた。
ちょうどモンスターがいた位置に転がっているあの黄色い水晶玉である。
「なんだ、これ?」
とりあえず拾ってみる。
近くでよく見るとさっきのモンスター、ジャッカルの絵が水晶玉に描かれていた。
「あぁ、これを持っていけばいいのか」
ふと思い出したが、この試験官である怜はこう言っていた。
『擬似ダンジョンに現れるモンスターは、あくまでコピー。その証拠に、倒すとみんな同じようなドロップ品を落とすわ。だからそれを持ってきてちょうだい。指定のモンスター三体分ね』と。
「つまりあと二体倒して、それからこのゴール地点に向かえば、俺は合格ってわけだな」
幸い、俺の【マッピング】でモンスターの位置も割り出せている。
生徒の位置まで分かるため、それを避けて行けばいいってことだ。
やはり地図より優秀だぞ、【マッピング】よ。
俺は再びそう確信を得たのち、二体目のモンスターが配置されている部屋に向かって移動を始めたのだった。




