第3話
選抜試験当日。
俺は今、試験の集合場所として指定されていた『第一実習室』まで足を運んでいる。
実習室自体はかなり広く、良い意味で開けた殺風景な空間だ。
この部屋の壁沿いにはズラリといくつもの筒状の装置が縦に置かれている。
その高さ二メートルはあり、人一人くらい容易に入ってしまいそう。
たしか試験を行う擬似ダンジョンへ転移する装置だとか。
……それにしても、知った顔ぶればかり。
もちろん一年一組の生徒である。
今は実習室の中で各自バラけているため個人単位で誰がこの場にいないとまでは分からないが、おそらくほぼ全員が揃っている。
たしか学年単位での参加だったはず。他のクラスは、別室で集合しているのかもしれないな。
「京士さん、ほんとにやるんですか?」
「あぁ。ある先輩に聞いたんだが、この擬似ダンジョンには監視カメラがついてないらしい。だから試験の勝敗は結果だけなんだってよ」
嫌に怪しい話が聞こえてきた。周りの生徒たちも話し手である白影京士へ一瞥くれるも、すぐに目を逸らす。
できる限り関わらないように……そんな淀んだ空気がみてとれる。
「で、でも京士さんはそんなことしなくても、合格できるんじゃないですか?」
「念には念を、ってやつだ。それに、ここで少し振り落としてぇやつがいてな。余計な芽は早めに摘んでおくに限るだろ?」
ニタリとほくそ笑む京士と目が合った。
ヤツにとって、廻は振り落とす必要のない弱者のはずだ。なのになぜこっちを見る?
その真意までは分からないが、くるならくるで叩きのめすだけ。
覚悟するのはそっちだぞ――白影家の末裔よ。
「で、でも俺……」
「そうすりゃお前たちも、滑り込みで合格できるかもしれねぇぞ?」
「で、ですよねっ! こんな機会、めったにないだろうし……」
ガラッ――
実習室の扉が開いた瞬間、空気が一変した。
さっきまでベラベラと口を開いていた京士たちすら一瞬で黙りこくっている。
コツコツと鳴り響くヒールの音が、部屋の中心まで移動していく。
「おはよう。今日の選抜試験、試験監督を請け負った神楽木怜よ。どうぞ気楽に神楽木先生と呼んでちょうだい」
淡い銀色の髪に白く透き通った肌。室内にも関わらず青を基調とした薄手のロングコートを羽織り、両手に手袋をしている。
「えっ!? 神楽木怜ってあのAランクハンターの!?」
「たしか氷を扱う固有スキルで、高い攻撃性能を持ちつつ回復支援までできるという」
「まさか怜様にこんなところで会えるなんて……」
あの先生が現れた途端、クラスは大騒ぎ。黄色い声援が飛びまくっている。
「戦場の白き花、神楽木怜。ハンターランキングは15位。現在9位まではSランクハンターが独占してるから、それを除けば上から六番目の実力を持つってことか」
さっそく手持ちのスマホで情報を調べる者も多数いる。なんというかみんな彼女に会えて相当嬉しそうだ。憧れ、のようなものだろうか。
「ここが戦場なら……」
突如、空気が凍りつく。
皮膚に突き刺さる鋭利な冷気。呼吸すら重たくなり、まるで氷の棺にでも閉じ込められたような錯覚を肌で感じさせられた。
「今、何人か死んでたわよ」
背後から鋭い冷気が突き刺さる。振り向いた先には、10体の氷の龍──それも、今にも喰らいつきそうな勢いで。
「……なっ!?」
「うわぁぁっ!」
「あ、危ねぇ」
声を上げるより先に、何人かがその場から飛び退いた。遅れた者は、震えるようにその場に立ちすくむ。
「まともに避けたのは三人、気づいていた上で敢えて避けなかったのが一人、か。今年はなかなかの粒ぞろいね」
戦場の白き花こと神楽木怜の微笑みに、場の空気は一気に張り詰める。
「選抜試験、これはあなたたち一年生にとって、この先の未来を決めてしまうほどの大きな試練よ」
そんな中彼女はアッサリとした口調で、試験への話へ切り替えて行く。
もちろんほとんどの生徒は、未だ呆気にとられた状態だ。
ただ俺を含めたごく数人、すでに平常を取り戻している生徒がいる。
おそらくそれが、怜のいう『まともに避けた』生徒ってところだろう。
「事前の説明にあったとおり、この試験に通過した上位10名は、正式なハンター候補生として扱われ、学校の演習、もしくは現役のハンター同行でのダンジョン探索が可能になるの。いわゆる仮免許、みたいなものかしら」
「神楽木先生っ! この試験って、年に一回だけなんですか?」
生徒側からの問い。
それに対して怜は首を横に振り、いいえと即答した。
「少なくとも年に二回はあるはずよ。そして試験に通過できるのはいつも決まって10人。そう、これはハンター協会にあるダンジョン転移装置が一度に送れる最大人数ね。まぁつまり合格者をこの人数にしたのは、ハンター協会ができる一つの節約術、ってところかしら」
節約ってのはどういうことだ?
なんて疑問が浮かび誰かが問いかける前に、口にした本人から「一回の転移に、もの凄い電気代がかかるらしいのよ」とため息交じりに答えが語られる。
仮免許だの転送制限だの……三百年前にはなかったシステムか。
つくづく時代が変わったと思い知らされる。
「あ、そうそう。そろそろ試験、始めなきゃね」
怜は時計を見てハッとした。現在の時刻は9時55分。たしか試験は10時だからだと聞いている。もう間もなくといったところか。
そして怜から簡単に試験の説明が行われた。
「まずはこの転移装置から擬似ダンジョンへ移動、それから指定のモンスターを三体倒してもらうわ」
説明にあったのはまずクラグ・ジャッカル。
これは岩のように硬い体皮を持つハイエナ型のモンスターである。
次にエアリアルタートル。
いわゆる空飛ぶ大きめの亀だが、まぁこの二体はどちらもEランク、基準としては最低レベルのモンスターだ。
しかし問題は最後に名の出たモンスター、レッドゴーレム。
コイツはDランクで、ハンターにもなっていない彼ら学生には少々荷が重いような気がする。
少なくとも澪ほど長けた力を持っているのならなんとかなるだろうが、他はどうだろう?
いや……それくらいは倒せなければ、二十五階層の探索などそもそもが不可能。
まぁつまり生徒の安全を考えた上の難易度設定というわけか。
「先生! いきなりレッドゴーレムと戦うなんて、少し危険すぎるんじゃ……」
「安心して。擬似ダンジョンは探索側が致命傷を追う前に、ここ実習室へ送還してくれる仕組みになってるの。それに……私もいる。どんな傷を負っていても、全て治してみせるわ」
異議を申し立てた生徒に対して、怜はそう言った。
変わりない口調の中、今回はたしかな力強さを感じさせられた。
絶対的な自信――彼女からそういった気概が伝わってきた。
それからは異論や問いも特に出てこなかった。そのため俺たちは順に転移装置へ足を踏み入れていく。
高さのある筒状の機器。
それに入ると、あっという間に中の生徒が姿を消す。
全く不可思議な現象、これが現代の技術というやつか。
俺が退魔師として生きていた時代、つまり三百年前にはもちろんこんなものはなかったし、擬似ダンジョンってのもなかった。
こんな技術があの当時にあれば、俺はもっと強くなれていただろうな。
きっと、ダンジョン八十層だって……。
「――そうだ、利用すればいい」
現代社会が持つ、高度な技術とハンターの持つ力。そして先にある最強ってやつを。
今の俺は現代のハンター、空木廻。
当然今の技術や科学を使う権利は俺にもある。
それに、今の俺にはハンターが使う魔力……柊真の持つ霊力だって健在だ。
今は戦闘面で劣っている廻だが、きっとこの〈虚の器〉にも伸び代はある。
俺は今持てる全ての力を使って、今度こそ――
ダンジョン八十層……いや、全てを踏破してみせる。
それが白影柊真が持つ、長年の夢なのだから。
「ほら、次は君の番よ」
気づけば次は自分の番になっていた。怜は「どうぞ」と装置の中を手で差し示す。
「あぁ……えっと、はい。分かりました」
俺自身、空木廻としての口調に慣れてきて、咄嗟の返しにも反応できるようになってきた。
初めに比べれば、かなり不自然さも減っただろう。
だいぶ、この世界にも馴染んできたな。
そして俺は転移装置に足を踏み入れる。
ウィィィィィィンッ!!
モーターが回転するような、高くも低くもない機械音。徐々にそのモーター音は高さを増していき、中の振動も激しくなっていく。
それに合わせて光もチカチカ明暗するため、少し眩しく感じる。
機器の扉は開いた状態。そして振動で視界が揺れる中、光の明暗速度も激しくなってきた。
そろそろ転移する頃か。
「……期待してるわ。空木廻」
淡々とした口調。
神楽木怜の期待にもとれるそんな声援を最後に、俺の視界はフッと景色を大きく変えたのだった。




