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前世最強退魔師、転生して最弱に ~現代ハンター社会で霊力無双~  作者: 甲賀流


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第20話



「……さて、続きといきましょうか」


 怜が戻ってきてから、ようやく会話は再開。


 お茶を一口飲んだ彼女は、先ほどまでの動揺を微塵も感じさせない。

 すっかりいつものクールな神楽木怜だった。


 さすがAランクハンター。

 メンタルの切り替えが早い。


「空木廻、少し聞いていい?」


「なんだ?」


「その……貴方のことは、白影柊真が転生した姿、として捉えたらいいのよね?」


「あぁ、そう思ってもらってかまわない」


 怜の問いに、俺は即答した。


 俺の中にある柊真としての記憶――当時の戦い方も、術式も、くだらない日常のことまで全て、まるで昨日のことのように鮮明に残っているから。


 俺が俺だという証明がこれだけあって、確信できないわけがない。


「……記憶や力も、そのまま?」


「あぁ。だけど力は、当時の半分ってところだな」


「半分っ!? あれで、半分か……」


 怜は一瞬だけ目を見開く。

 それからすぐ彼女は顔をしかめ、何かを考えるかのように顎に手を置いた。

 

「なにか、マズイのか?」


「いえ、そういうわけじゃなくて……なんというか白影柊真ってのは、もはや伝説なのよ。分かる?」


 突然の前のめりな語り口調。

 一語一語に、熱がこもっている。


「その、あれか、攻略した階層が七十九階層に……」


「それよ! それなの!」


 食い気味にそう言い放つ彼女の瞳には、決して比喩などではなく、本当に瞳の奥が輝いているようにみえた。


「この世界で唯一八十層へ到達した存在――白影柊真は、私たち退魔師にとって伝説なのよ。だけど……」


 熱を帯びた明るい声のトーン。

 しかしここから一転、重い空気が一気にこの空間を支配する。


「現代のハンター達は、貴方の名前を誰も知らない。それどころか、退魔師がダンジョンを攻略した情報何一つ、現代には存在しないの。空木廻、これが一体どういう意味か分かる?」


 突然投げかけられた問い。

 今まで聞いたこともない情報に、俺は頭を悩ませながらも、思ったことを口に出す。


「退魔師に関する情報が消された?」


「そう。つまりなかったことにされている」


「誰に?」


 怜は息を呑んだ。


 そして一拍置いたのち、その答えを口に出す。


「……ハンター協会、でしょうね」


 ハンター協会。

 それはダンジョンやモンスターの脅威から人類を守るために設立された国際的な大組織。


「そんな立派な組織が、どうしてそんなことを?」

 

「空木廻、貴方はハンター協会の規定を全て知っているかしら?」


「いや、全ては知らない」


 ハンター学校の授業でいくつかは聞いたことがある程度。

 もちろん三百年前には存在しなかったので、白影柊真としてもそんな規定は知らない。


「……これを聞けば、貴方も私の言っていることの意味が分かると思うわ」


 それから俺が聞かされたのは、全てでは無いが、いくつかの規定。


 しかしそれは全て、俺達退魔師にとって、難色を示すものばかりであった。


 

『ある一定の出力を超えた霊力を使った者は、ハンターの資格を剥奪する』


『旧退魔師系統の一族は、協会の監視対象になり、霊力総量が一定以上を超した者は、協会へ登録・報告義務が課される』


『霊力総量の高い者がハンターを目指す場合、霊力の使用を抑えつつ魔力の適応を高めていくという、特別な教育プログラムが組み込まれる』


 

「――ま、大筋はこんなところね。空木廻、これを聞いてどう思う?」


「どうって、こんなの……」


 退魔師を否定する者ばかりじゃないか。


 まるでハンター協会が、退魔師という存在そのものを消し去ろうとしているような。


「そう、彼らにとって退魔師とは旧時代の存在。私のような退魔師の生き残りすらも、協会はハンターとして生かそうとしているの」


「……そんなこと、許されていいのかよ」


 ハンター協会とかいうドデカい看板背負っておいて、やることはそんな姑息なこと。


 そこまでして、俺たち退魔師をこの歴史から抹消したいのかと思うと、自然と怒りが湧いてくる。


「ま、だからといって私はハンター協会を恨んでいるわけではないわ」


「……え、どうしてだ?」


 拍子が抜けた。

 てっきり彼女は、ハンター協会を目の敵にしてるものだとばかり思っていたから。


「私は今現役のハンターだから分かるけど、彼らはこの世界のダンジョンを、本気でどうにかしたいと思ってるのよ」


「じゃあなんでアイツらは、俺たち退魔師を……そこまで排除しようとしてるんだっ!」


 少し語気が強くなってしまったせいか、指導室内にヒリついた空気が走る。

 そんな中、彼女は俺の問いを答えていく。


「……霊力って、私達の体内に存在するものだけど、ダンジョンにも同じように満ちているでしょ?」


「あぁ」


 そう、だから俺たち退魔師だけが【マッピング】というスキルが使えるわけで。


「だから彼らは、ダンジョンで霊力を使うと、空間が不安定になると思ってるのよ」


「つまり退魔師のせいで、ダンジョンから現実にモンスターが溢れてしまう可能性があると?」


「そうよ。実際ハンター協会ができてから、一度もそんなことは起こっていない。それどころかダンジョンへ転移する装置やハンターを育成する学校までできた。他にもハンターへ向けた報酬制度や、固有スキルを持って生まれたけど、戦いたくない人向けの支援職まで確立させてしまったの」


 怜は一息吐いた。


「……ここまでされちゃ、私だって彼ら協会を恨む気にはなれないわ」


 彼女の言いたいことはよく分かる。

 それがどれだけすごいことかも。


 だが三百年前だってそれなりに成り立っていた。


 数年に一度はモンスターが外に溢れてしまうこともあったが、ハンターと退魔師が手を取り合って、なんとか危機を乗り越えてきた。


 ダンジョンだって、この二勢力が協力して少しでも上層を攻略……俺達は常に高みを目指していたのである。


 だけど――


 それは強者だけの世界だった。


 弱者は震えて、世界の平和を祈るだけ。


 何も出来ない苦痛がどんなものか、その頃の俺には知る由もなかった。


 つまりハンター協会は、


 それを容易に成し遂げているのだ。


 ハンターとしてノウハウがない人達には、教育という奉仕を。


 怖くて戦えない、戦いたくない人達には、他にできる役割を与えた。


 退魔師を排除するようなこの規定だって、きっとダンジョンが不安定になってしまう要因を少しでも減らそうとしているだけ。


 そう思えてしまうほど、俺の中でもハンター協会という存在が腑に落ちてしまっている。


「だけど、退魔師がなかったことにされるのは……違うと思う」


「えぇ、分かってるわ。だから空木廻、私達に協力してほしいの」


 そう言って、怜は真剣な眼差しを俺に向ける。


「私達、隠れ退魔師がハンター協会から公式に認められるよう、手を貸して」


「隠れ退魔師?」


「そう、退魔師としての力を持つ私のようなハンターが、この現代には存在しているの。私達は、ハンター協会に隠れて、密かに活動をしている」


 俺は眉を寄せ、話にのめり込む。

 彼女達のような現代の退魔師が、どんな活動で何を得ようとしているのか、非常に興味があるからだ。


「ま、細かい話は、また今度ね 」


「……ッ!? なんでだよ」


 俺は思わず、ずっこけそうになる。

 前のめりな気持ちと同時に、体も少し前傾していたため、もう少しでソファから転け落ちそうだった。


「実際に他の退魔師仲間と会ってもらってからの方がいいと思ってね。それに……貴方、そろそろ忙しくなってくる頃でしょ?」


「俺? 別に予定はないが?」


「学期末試験……忘れたとは言わせないわよ」


「えっ」


 完全に忘れていた。

 もはや話に没入しすぎて、自分が学生であることも忘れるところだったほど。


「それと……今の貴方は、もうあの頃世界の命運を背負っていた、最強の退魔師じゃないのよ」


 少し間を空けてから、怜は優しく微笑んだ。


「――空木廻、一人の高校生」


「高校生ねぇ」


 あまり実感のない言葉に、俺は自然にため息が口から漏れる。


「試験もそうだけど、今は友達と過ごす学生生活を楽しむのもいいんじゃない?」


 今思えば、前世にも似たような教育機関はあった。文字や算術を学ぶ場所だ。


 だけど俺は通えなかった。


 ――退魔師だからだ。


 俺は物心がつく前から霊力の感覚を学んだ。

 文字より先に詠唱を覚え、遊びより先に戦い方を仕込まれた。


 生きるってのは、そういうことだった。


 だから、命を賭けて戦い方を学んだ。


 間違えれば死ぬ。

 覚えられなければ死ぬ。


 だからこそ、俺は常に命を削って立っていたし、誇り高く、常に孤独だった。


 そんな俺が学生生活を楽しむ、か。


「悪くないかもな」


 しばらくの静寂ののち、ようやく答えた俺の解に、怜は再び優しく微笑んだ。


「でしょ? だから貴方の優先は学業。他の退魔師仲間に会うのは、テストが終わって夏休みに入ってからにしましょ」


「わかった。まずは目の前のことから、やっていくことにするよ」



 ここで、神楽木怜との話は一頻り終わった。


 指導室にきて、はや二時間弱。

 さすが話の密度が濃く、疲れたな。


「……じゃあ先生、そろそろ俺は帰るよ」


「えぇ。改めて、今日はありがとう。ダンジョン演習のことも」


「気にしなくていいって」


 そう言いながら指導室のドアに手をかけた時、怜からもう一声かかった。


「空木廻」


 俺は踵を返す。


「なんだ?」


「あと一つ……言い忘れてた。分かってると思うけど、この先しばらくは、人前で霊力使っちゃダメよ? もちろん学期末試験でも」


 なんで、と口から出そうになったところで、俺は言葉を呑み込んだ。


 さっきのハンター協会の件だろう。


 俺の霊力総量は、あの呪祓師が言うに現代の退魔師で最強らしい。


 そんな俺がこれだけの霊力を使えるとなると、今の協会のルールじゃ俺はハンターになれないということになる。


「この現代において、貴方の力は強すぎる。協会に目をつけられれば、貴方だけじゃない、退魔師全体に警戒の目が向いてしまうの。悪いけど、分かってちょうだい」


 彼女は付け加えるようにそう言う。


「わかったよ」


「……それだけじゃないわ。貴方の莫大な霊力を追って、呪祓師も暴れかねない。今のところ、彼らの目的は強い霊力みたいだからね」


 呪祓師。

 奴らは確かに言っていた。

 退魔師の血が……俺の血がほしいと。


「アイツら、地上にもいるのか?」


「……私も先日のあれが初めてだから、なんとも言えないわね」


 だとしたら、俺が霊力を使うことで、ハンター学校の皆にも危険が及ぶ可能性も十分にあるわけだ。


「分かった。霊力はできる限り控える」


「……ありがとう。空木廻」

 

 怜からの切実な声。

 俺はその言葉をしっかり心に刻んだ。


 つまりしばらくは霊力を抑えながら、ハンターとしてやっていかなければいけないってことか。


 こりゃ……大変だな。


 それに、俺自身これから忙しくなりそうだ。


 学期末試験に、現代退魔師への協力。

 もしかしたらこの先、呪祓師と一戦交えることだって考えられる。



 そんな先々の不安を抱えながら、


 俺はこの指導室を後にしたのだった。


 

 * * *

 


 ――そして、二週間が経った。


 臨時休校が明けた初日の朝。


「おはよう、廻!」


「澪ちゃん、おはよう」


 登校途中、角を曲がった先で、笑顔の少女が手を振っていた。


 桐島澪。


 幼馴染であり、隣のクラスの同級生。


「怪我は大丈夫だった?」


 演習中、京士に攻撃されたあれだ。


「うん。なんか、気づいたら保健室にいてね、起きたら怪我も治ってたの。やっぱり神楽木先生が治してくれたのかな?」


「そうかもね〜」


 もちろん彼女は俺が助けたことを知らない。

 他の生徒もしかりだ。


 とりあえず、誤魔化せているようで安心した。


「そういえば廻、あの日学校にいなかったみたいだけど、どうしてたの?」


 澪は隣から俺の顔を覗いていた。


「えっ、えっと……お腹、痛くて」


「あ〜廻って昔からお腹弱いもんね〜」


 苦し紛れに出した言い訳だったけど、長年連れ添った幼馴染に対しては、わりと正当な理由付けができるもんだな。


「あっ、怪我といえば、白影京士! アイツ、一ヶ月の停学処分だって。学期末試験までにはギリギリ帰ってくるみたい。演習中に私を殴っておいて、ちょっと罪軽すぎない? ま、もちろん仮免許の交付に関しては、さすがに取消だそうだけど」


「そうなんだ」


 選抜試験での不正から、演習中の暴力。

 さすがに何らかの処分は受けるか。


 それが妥当な罰かどうかまでは、俺には分からないが。


 それから俺は澪と学校までの往路を歩いていく。


 休みの日にあったことから、これからの学校行事についてなど、たわいのない話をしながら。


 そしてあっという間に学校へ。


 教室に着くと、


「おはよ、空木」

「廻くん、おはよう!」

「休み、何してたんだ?」


 当然のように声をかけてくれるクラスメイト。


 

 これが怜の言っていた学生生活というのなら、


 卒業までは、少しだけ満喫してもいいのかもな。


 ガラッ――


 そんな時、誰かが教室のドアを勢いよく開けた。

 

「お〜い」


 低音ながらも、どこか楽しげな男の声。

 時間的に担任が入ってきたのかと思ったが、どうやら違うらしい。


 後ろで結んだ団子髪。

 威圧感のある顔つきと大きなガタイ。

 だが表情はパァッと明るげ。


 なんとなくだが、悪い人ではなさそう。

 

「あれ、三年生の人じゃない?」

「たしかダンジョン遠征が終わって、今週から学校に戻ってきたんだよな」

「あの人、玖堂玄遠(くどうげんえん)先輩? ここ一年で学内ハンターランキング三位まで上がったっていう」


 同じ制服なのでこの学校の生徒だと分かってはいたが、まさか上級生とは思いもしなかった。


「……なぁ、空木廻ってやつはいるかい?」


 と同時に、教室の視線は一気に俺へ向く。


「はい、僕ですが?」


 注目を浴びてしまったので、とりあえず返事を返した。


「いや、ちょっと話があってよっ。放課後に屋上まで来てくれ。悪いけど、頼んだぜぇッ!」


 彼は言うことだけ言って、すぐ去ってしまった。


「……はぁ」


 休校明けすぐの、上級生から呼び出し。


 どうも平和には過ぎ去ってくれないようだな。


 ――俺の学生生活は。

 


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