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前世最強退魔師、転生して最弱に ~現代ハンター社会で霊力無双~  作者: 甲賀流


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第17話



 残るは一人。

 黒装束に身を包んだ呪祓師だけ。


 俺はゆっくりと歩を進めた。

 そして呪祓師もまた、俺に立ち向かう。


「符も使わず、呪力も帯びていない。なのにその霊力総量……あなた、何者ですか?」


「……その質問、答えなきゃいけないか? 呪祓師」


「くふふっ、いいでしょう。つまりその正体、戦いの中で見極めろ、ということですねぇッ!」


 血に濡れた唇で嗤う男の全身から、ねっとりとした禍々しい力が溢れ出していく。


「いけ、【呪哭の禍砲】」


 流血している大腿の鮮血を手に塗りたくり、男は俺にその手を向ける。


 黒いエネルギー弾。


 まさに霊衝の色違い、ってところか。


「【霊衝】っ!」


 ドガンッ――


 白と黒の衝突。


 そしてその行く末は、


「く……っ!」


 俺の【霊衝】を取っ払っても尚、留まることの知らない呪力の弾。

 俺は急いで、その軌道から飛び退いた。


 なんだ、あの威力……?


 今の俺の霊力は、さっきバルから分け与えてもらったおかげで、当時の半分程度にまで戻っている。


 まだ全盛期に比べて万全でないとはいえ、10割の力で放った霊衝をこうも簡単に消し去るとは。


 あれが――呪祓師による呪術。


「【霊衝】……? ははっ、たしかに【霊衝】だ、それは。クハハハッ、つまりお前は、完全なる純血の……いや、原初の退魔師ってことですよねぇ!?


 原初の退魔師。

 神楽木怜も同じことを言っていた。


 異なる二人から、同じ単語。


 間違いない。

 それがこの世界における、三百年前の退魔師を呼ぶ名称だ。


「はぁ……はぁ……っ、だからァ! 僕の話、聞いてんですかァ!?」


 さっきからこの男、ずいぶんと荒れているな。


 瞳孔は開き、息は弾んでいる。


 口や傷口からは絶えず血が流れ続け、

 

 立っているのもやっと、という印象だ。


「……俺が、その原初の退魔師とやらだと言ったら、なんなんだ?」


 今更隠すつもりもない。


 どうせこの呪祓師は確信を持って言っているのだろうし。


「……へぇ、そうなんですかァ」


 男は口角をめいっぱいに上げた。


 何が愉快なのか分からないが、突然不気味な笑みを浮かべ始める。


「……初めて会いましたよ、原初の退魔師さん。ぜひとも君の血を……はぁぁぁああ……君の血をっ! 僕にィ、くだしゃいっ!」


 おぼつかない足で、


 一歩、二歩と。


 俺に少しずつ歩み寄ってきた。


「……なんだ、コイツ」


 その不気味さに、俺は相手と同じ歩幅を後ずさる。


「ま、最悪殺してもいい。あなたの体内にある血液さえ、飲み干せればっ!」


 男は語気を強めた。


「【呪殻】ッ!」


 装束衣の中から取り出した短刀で、自分の左手首を切り落としたのだ。


「ぐあぁ……っ!」


 噴き出した血がまるで意思を持つかのように、男の全身を覆う。


 そしてそのまま黒のエネルギーとして、体全身にまとわりついたのだった。


 この感じもしかして――


 俺たちでいう、【霊甲】ってことか?


「……はぁ……はぁ……では、いきますよっ!」


 ダッ――


 地面を抉るほど強い蹴り込みにより、男は急加速。


「【霊甲】……」


 すでに俺の眼前にまで迫っていた男。


 俺がエネルギーを纏う寸前だったことなど関係なく、容赦ない蹴りを放ってきた。


「う……っ!」


 なんとか腕でガードしたが、蹴りの威力そのままに俺は後方へ吹っ飛ばされた。


 完全に前腕折れたなと思ったが、どうやら無傷。


 これも〈虚の器〉のおかげか。


「まだまだァッ!」


 男は目をひん剥いたまま転がる俺に迫り、その拳を振り下ろしてきた。


 ダンッ――


 なんとか起き上がって、間一髪躱わしてみせる。

 

 地面が砕ける音の最中、一切の迷いなく向かってくる二発目の打撃。


 続いて三発目、四発目。


 俺は直撃のガードを選択肢から外し、威力を受け流す防御へと切り替えた。


 霊と呪が高速でぶつかり合い、低い不協和音が鳴り響く。


 これが呪力により強化された身体能力か。

 とんでもないな。


 実力だけでいうと、召喚体になる前のバル……つまり屍騎王バルムートを彷彿とさせるほど。


 しかし、それは一時的なものだったようだ。


「……うがァッ!」


 男は突然、左手の断端を押さえ始めた。

 そして徐々にその黒い装甲は浄化されるように、天へ昇っていく。


 あれほどの強さだ。


 おそらくあの切り落とした手首は力の代償で、時間制限もこのとおり。


 これはそういうことだろう。


 だとしても、俺が手を抜く理由にはならない。


「――【霊甲】ッ!」


 敵が苦しみ悶える中、俺は正面から堂々と拳を叩き込んだ。


「……っ!」


 モロに直撃。

 完全に骨まで砕いたレベル。


 大きく転がっていった呪祓師だったが、それでも苦しみながらゆっくりと立ち上がる。


「なぜ、まだ動けるんだ」


「……このままでは死んでしまいます。だから、お前を殺して、血を貰う!」


「血? お前、さっきから俺の血って……」


 グサッ――


「あぁぁあああ……ッ!!!!」


 男は腹部に、短刀をぶっ刺した。


「お前、何を……」

 

「くふふ、腹部大動脈……このくらいの血があれば、十分でしょう」


 いつ死んでもおかしくない、そんな出血量にも関わらず、男は今日一番の笑みを浮かべる。


「【呪界・百鬼羅生門】ッ!!!!」


 すると男の足元、血が滴った先の地面が揺らぐ。


 ガガガッ――


 地鳴りとともに大きく地面が横に割れ、裂け目がどんどん開いていく。

 そして中から、この広大なダンジョンの天井に届きそうなほど巨大な黒い門が現れたのだ。


「……開門ッ!!」


 門越しに聞こえる男のこもった声。

 姿は見えないが、言葉はしっかりと聞こえた。


 それと同時に扉は開き、そこから飛び出してきたのは、俺よく知る存在。


 数々のモンスターの霊体――つまり俺たち退魔師が、契約し召喚したのちの姿、召喚体だったのだ。


 見た目は普通のモンスター。


 しかしその構成する肉体は通常の魔力ではなく、もちろん霊力。


 俺たちが召喚術でその姿を再構築するのだから当たり前のこと。


 だからこそ分かる。


 目の前の溢れんばかりいるコイツらが、紛れもない召喚体だってことが。


 その数、50……いや、100体近いか?


 彼らは続々と群れをなして、門から足を踏み出してくる。


「……こんな数、ダンジョンの上層でも有り得ない」


 俺は思わず声を漏らす。


 これだけ大量の霊体がこの場に現れてしまえば、本来霊力を纏っているダンジョンそのものの、存続すら危ぶまれる可能性がある。


 そうなれば、何が起こるか分からない。


 ダンジョンのモンスターが、ここから外に出てしまうことだって……。


 さて、どうする――


 なんて考えている暇はないな。


「――【霊華爆輪】」


 その瞬間、指先から光の粒子が迸った。


 次の瞬間、空間に無数の霊花が咲き乱れる。


 光を放つその白い華は、数十にものぼる霊体だけじゃなく、それを生み出した黒い門にすらも包囲網を張ってみせた。

 

 美しくも儚い光の花弁達が静かに回転し始める。


 今俺が生み出した花弁のごとく浮かび上がった霊花は、各々が一点に力を凝縮し、敵を穿つための霊力の矛となるのだ。


 ――そして、詠唱。


「咲き誇れ、空虚を穿つ花よ。幾千の矛となり、敵を貫け――」


 空間に描かれた一輪一輪が、一斉に閃光を放つ。


 まさに嵐の如く。

 門と全ての霊体たちは、霊力という高密度のエネルギーによって、その身を焼かれていった。


「今のうちに……」


 俺は凍結により仮死状態となっている神楽木怜の元へ駆けつけた。


「【霊甲・堅盾(けんじゅん)】」


 これは身を守ることに特化した【霊甲】。


 俺はこの力を、怜の肉体に施した。


 【霊華爆輪】が光を放射し終わった後に起こす現象、『崩界』。


 つまり大規模爆発が生じる前に。


 幸い、近くには誰もいない。


 怜の身はこれで守れるし、俺は〈虚の器〉のおかげで傷つかない。

 ちょっとばかし、痛いだけだ。


「そろそろか……」


 光線が止まった。


 光が止んだ先には今にも崩れそうな焦げ付いた門と、残り数体の倒れ込んだ霊体。


 こういった残骸を破壊することこそが、二段階目の攻撃『崩界』の役目。


 範囲が広大すぎること、一度発動すれば『崩界』をするまで止められないこと。


 この二つのデメリットが強すぎるため、基本的に使うことはないが、


 今回だけは、最適な術だ。


「――来るっ!」


 ドガンッ――


 一輪目が爆ぜた。


 咲き散った瞬間、爆風が花弁のように空を裂く。


 続く二輪目、三輪目も連鎖していき、


 そして重なる爆発の波が、この空間全体を飲み込んでいった。


 ドガンドガンドガンッ――


 爆ぜる花、爆ぜる空間。


 その威力は何倍にも膨れ上がっていく。


 ドガンッ――


 そして俺もあっという間に爆炎の中へ。


 熱い、熱い熱い熱いッ――!


 痛い……ッ痛い痛いッ――!


 ……だけど、痛いだけだ。


 俺には〈虚の器〉がある。


 霊力を使ってどんな無茶をしても、


 転生した俺には、こんなに凄い固有スキルが宿っているんだ。


 この力を使って、俺は……ダンジョンを誰より上層へのぼってみせる。


「ダメよ……っ!」


 重なる爆発の中、あまりの痛みで意識を飛ばしてしまいそうな中、俺はたしかに女性の声が聞こえた。


 そう、聞き覚えのある声。


 そして同時に今ある痛みが全て消え、氷のように体が冷え始めたのである。

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