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前世最強退魔師、転生して最弱に ~現代ハンター社会で霊力無双~  作者: 甲賀流


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第14話


 しばらくの沈黙の末、地面に転がる京士が呻く。


「くっ……そ、そんな……っ……オレが……こんな、奴に……ッ」


 鋼鉄の鱗はあちこちがひび割れ、損傷した部位からは蒸気のようなものが上がっている。


「立てよ。まだやるなら、受けてやる」


 俺がそう言って歩み寄ると、京士は上を向いたまま、低く呟いていく。


「……オレは、こんなところでっ、負けるわけにはいかねぇんだ……」


 悔しさと悲しさが入り交じったような、そんな苦しみともとれる、小さな声。


 そこまで勝ちに執着するとは、今までの悪行を抜きにすれば見上げたものだが――


 そういうわけにはいかない。


「……なぜ、そこまでする?」


 単純な疑問。

 卑劣な行いをしてまで勝って、何が残るという。


「……オレが……白影家を……背負っていかなきゃいけないんだ……死んだ、兄貴のためにも……オレが……オレが兄貴の代わりになるしかねぇんだよ!」


 震えた声でそう言う京士からは、どうしようもない遣る瀬なさが、ヒシヒシと伝わってきた。

 

「……だから、こんなところで負けてられねぇ。一年風情に負けてなんか……いられねぇんだっ!」


 京士は地面に、拳を叩きつける。


「それが、オレの最後にできる……兄弟孝行だから」


 そう言い放った。


 そして最後に「……兄貴」と今にも消えそうな声でそう呟いたのち、京士は完全に口を閉じた。



 ――ああ、そうか。


 こいつはこいつなりに家族を想って。


 兄を失った悲しみが癒えぬまま、突然白影家の正統な跡継ぎとなってしまった。


 単に勝つためだけじゃない。誰かの「代わり」になるために、強くあろうとしてきたのだ。


 今はハンター社会で名を馳せている白影家だが、かつては退魔師五代家系の最強格だった家系。


 あの頃――俺が当主だった当時のような厳かさが今の白影家にも残っているのだとしたら、京士には相当なプレッシャーがのしかかっていることだろう。


 時代は違えど同じ立場を経験した俺には、彼の苦しみがなんとなく分かる。


「だったら……選抜試験の時の不正やダンジョン演習中での暴力行為――こんなことして勝っても意味ないって、最強の名が穢れるだけだってちゃんと分かってたんだよな?」


 ――だからこそ、


 言っておかなきゃならないことがある。


 俺の問いに、京士は何も言い返さない。

 ただ目をカッと開き、ただ黙っている。

 次の言葉を待っているかのように。


「……そんなことして、兄貴が喜ぶとでも思ったのか? 白影家の威厳を保てるとでも思ったのか? 違うよな? お前はただ現実から目を逸らして、その小さなプライドに振り回されてただけなんだよ」


「ち、違……っ。だ、だったら……オレは、どうすれば良かったんだよ。なぁ、空木ィ!」


 そう言って、京士は勢いよく俺を見上げる。


 そこに映るのは、いつもの怒りや軽蔑の感情ではなかった。


 戸惑いと悩み。

 

 自分の感情と懸命に向き合うどこにでもいる普通の青年、そんな姿だった。


「俺の知ってる限りじゃ、正統な当主として跡を継ぐのは齢25になってから。今の仕来りがどうなのかは知らないが、お前にはまだ時間がある」


「……時間?」


「兄の死を乗り越える時間。そして、当主としての実力を身につける時間だ」


「……ッ!?」


「まだ高校一年生なんだ。そこまで気負う必要はない。誰に失望されてようが、どんな期待が降りかかろうが、今のお前はハンターじゃない。ただの学生なんだから」


「……ただの、学生」


 俺の言葉を心に刻むように、京士は繰り返し声に出した。


「あぁ。卒業まで、あと三年ある。少なくともそれまでは白影家の後継じゃない。お前自身のままでいられる時間だ」


 静寂が、訪れた。


 京士が深く息を吐く。そして──


「ちくしょう……」


 彼の頬に涙が伝う。


「兄貴……朔也(さくや)兄さん、ごめん……」


 その言葉に込められたのはここまでの非行に対する後悔か、はたまた兄の名を、白影の名を穢してしまったという罪悪感か、


 その真相は分からない。


 だが京士のその瞳は、どこかスッキリとした様子だった。



 そして俺の中で引っかかった京士の言葉。


 それは朔也という彼の兄の名。


 どこか聞き覚えがあるのだ。


 少し振り返ってみる。


 三百年前……いや違う。


 これは空木廻の現代における記憶。


 あれはたしか二年ほど前のニュースだ。


『ハンター協会副会長、白影元治(げんじ)様のご長男、白影朔也様がダンジョン四十七階層で行方不明に……』


 当時のニュースでは選りすぐりのハンターが昼夜問わず捜索を続けるも、発見には至らなかったと言っていたような。


 しかし京士の口からはハッキリと『死んだ』、そうさっき聞かされた。


 つまりあの後に死体が発見されたってことか。


 いや、もしくは――


「お前の兄、行方不明だと聞いていたが?」


「あ?」


 京士はすでに体を起こし、地に腰を据えていた。

 もうすっかり元の口調だ。


「いや、ニュースで言ってたなって」


「あぁ、二年前の。……報道の通り、まだ見つかってはねぇよ。行方不明のままだ」


「行方不明? さっき、お前死んだって……」


「……二年だぞ?」


 京士は語気を強める。

 

「ダンジョンから出てきた記録がねぇんだ。そんな長い間、生きられるわけがねぇだろ!」

 

 空木廻が生きる現代において、ダンジョンで行方不明になるハンターは後を絶たない。


 一方、その中で生存を確認できたハンターは……今のところは誰一人として存在しないのだ。


 それが、この世界の常識となっている。


 実はどさくさに紛れにダンジョンから帰還していて、姿をくらましている……なんてことは、ハンター協会のある現代ではまず有り得ない。


 そもそも今は昔と違って、ハンター協会の転移装置を使わなければダンジョンに入れない。

 そして探索中のメンバーは、ハンター協会が全て管理してくれている。

 

 逆に戻ってくる時も然りなので、実は脱出していたなんてことはほぼ有り得ない、ということだ。


 だったらその行く末は自ずと決まってくる。


 死――


 そう、ダンジョン内での死亡だ。


 ……だが、それはあくまで現代における常識。


 俺が生きていた三百年前なら、話は別だ。


 少なくともダンジョン七十階層から八十階層まで、地上に戻らず踏破した俺にとって――二年なんて、ほんの通過点に過ぎなかった。

 

 だからこそ俺は思う。


 そう判断するのは、少し早いんじゃないかと。


「おい、なんとか言えよ! 空木……」


 ドドドドッ――


 その時だった。

 激しい地響きと横揺れが、突如としてこの場を襲い始めたのだ。


「なんだ……っ!?」


「うおぁぁっ!?」


 俺達は驚きつつも、なんとかバランスを保つ。


 突然の地震に太い声で驚嘆する京士に対し、俺は全く別のことに驚きを示している。


 これは……ただの地震じゃない。


 ――霊力同士の衝突。


 この階層のどこかで、二つの霊力が激しくぶつかり合ったのだ。


 おそらく、さっきの揺れはその衝撃波。


「……どういうことだ?」


 霊力が使えるのは退魔師だけのはず。


 なのに反応が二つだと?


 ……この階で、今何が起こっている?


 ふと揺れが収まった。


 俺はまず澪の元へ駆けつけて、一言唱える。


「――【契約転位・影翔の印】」


 転がる彼女の背には紫の方陣が広がる。


 その光は徐々に強くなり、カッと最高密度の輝きに達した時、澪の姿が完全に消え去った。


 その行先は俺が転移前に空き教室。


 念の為、もう一体クラグ・ジャッカルと契約しておいてよかった。


 まぁ元々は俺が往復で転移するために用意しておいたんだが……まぁ仕方ない。


「なんださっきの揺れ!? 今ここで何が起こってんだよ!」


 京士のわずかに震えた声。


 今のこの状況にかなり混乱してるとみえる。


 しかし同じ霊力を持つ京士には、今の霊力衝突が感じられなかったようだ。


 この三百年で、五代家系の白影家でさえこれほどまでに力を落としている。

 にも関わらずだ、今の霊力衝突で感じた霊力は、昔の退魔師を彷彿とさせる総量のものだった。


 一体この先に誰がいるんだ?


「……空木、お前……マジで何者なんだよ?」


 京士から立て続けに飛んでくる質問。

 色々答えてやりたいいところだが、今そんな暇はない。


 少しでも早く、あの霊力の元へ行かねば。


 ――とその前に、京士には一言だけ伝えておきたいことがあったんだ。


「京士、お前の兄貴の死についてだけど……決めつけるにはちょっと早いと思うぞ」


「……は? お前、何言って……」


 俺は京士の返事を聞く間もなく、先に進んだ。


 京士がさっきの言葉に対して、どう感じたのかは分からない。


 だが俺の……いや、廻の記憶にある白影朔也という男、ここ数世代の中じゃ史上最強と言われていた。


 ハンターランキングだって、たしか日本で三位とかだったはず。


 そんな男が、四十七階層程度で簡単に死んでしまうものなのだろうか?


 少なくとも、俺はそう思わない。

 死んでないとまでは確信持って言えないが、生きている可能性は十分あると思う。


 ……だから、せめて家族くらいは、朔也が生きていると信じてやれよ。


 そんな想いを込めて、俺は京士に伝えた。

 この意図を汲んでくれればいいが。


「……しかし霊力の気配、かなり遠いな」


 俺は引き続き【マッピング】スキルを活用しつつ、気配の元へ足を進ませている。


 その正体こそ分からないが、この現代で霊力を持つ者同士がぶつかるなんてことは有り得ない。


 基本的に霊力を使えるのは退魔師のみ。

 その退魔師達が……霊力をまともに使える者達が、現代では滅んでいるのだから。


「何か良くないことが起こっている……?」


 そう思わざるを得ないほどの状況に、俺は胸騒ぎを感じつつも足を進めていった。

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