第13話
俺は白影京士と向かい合う。
ここには俺たちを映す撮影ドローンもない。
いい機会だ。
その腐った性根、叩き直してやる。
「空木ィ、本気で俺に歯向かうってんなら……死ぬつもりでこいよ!」
京士のその怒声には怒りだけじゃない。
焦りや苛立ち、明らかな余裕のなさが混じっている。
今までみたくただ殴られるだけの空木廻じゃないと、本能で察しているのかもしれない。
「……俺はいつでも死ぬ気だ。お前こそ、死ぬつもりでかかってこい」
そう言うと、京士の口元が吊り上がった。
「いいぜ、なら見せてやるよ。白影京士様が最強だってところをなぁぁっ!」
その瞬間、京士の体が変化――彼の背中に、鋼鉄のような光沢を持つ黒い鱗が現れ、右肩から指の先まで、右半身のみを覆い尽くした。
これが――京士の持つ〈鋼鉄竜〉。
全身あらゆる部位を鋼の鱗で覆い、並外れた筋力と防御力を獲得する、超近接特化の固有スキル。
轟音と共に地面を踏み砕き、京士が突進してきた。
「【霊衝】」
霊力を込めて放った術式が閃光となって走る。
だが、
カキンッ――
京士は右腕を翳し、それをいとも容易く弾いた。
そしてそのままトップスピードで迫り来る。
「速いな」
俺は咄嗟に身を翻し、軽やかに避けてみせる。
選抜試験の時のクラグ・ジャッカルを貫いた【霊衝】を、こうも簡単に弾くとは。
まるで試験で戦ったレッドゴーレムの装甲と、クラグ・ジャッカルの脚力を合わせたかのような。
こりゃ一年でトップクラスと言われるのも納得の実力。
「二割じゃダメなら次は四割、出してみるか」
俺はさらに強力な霊力の糸を手のひらに編み込み、それを放った。
「【霊衝】」
白銀の塊が凝縮し、鋭い音とともに京士に向けて飛んでいく。
だが──
「そんなもん、効かねぇよ!」
【霊衝】は京士の肩を直撃した……はずだった。
だが、黒い鱗が衝撃を吸収し、霊力の波動が弾かれるように霧散する。
「……予想以上の硬さだな」
直撃しているのに、まるで通っていない。
今のは、ゴーレムの腕を弾き飛ばしたほどの威力だったはず。
しかし奴の鱗には傷一つない。
つまり――頑丈さに関しては、あのゴーレムを遥かに凌ぐということ。
「悪いな。オレの〈鋼鉄竜〉は、そう簡単には壊れねぇ。その程度の攻撃じゃ、かすり傷一つつかねぇぞ!」
京士はそう吠えながら、再び突っ込んでくる。
間違いない。
コイツ……白影京士は、ただのエリートじゃない。
生まれつきの強者だ。
選抜試験で俺が対峙した誰よりも京士は強い。
そしてあの試験のゴーレムでさえ、京士の力には遠く及ばないだろう。
やはりコイツは間違いなくハンター学校において、最強の一角。
だがそれはあくまで――学生レベルの話で、だ。
「【霊甲】――!」
俺は可能なだけの霊力を、体全体にまとった。
そしてまっすぐに迫り来る京士の右拳を軽く避けたのち、俺はすかさず鋼鉄をまとっていない左半身に左フックを打ち込む。
「ダ……ッ!?」
見事直撃。
予想外の威力と痛みに、京士は体を硬直させる。
俺はその隙を一切逃さない。
狙いは鋼鉄をまとっていない左上半身へ。
蹴りも加えて、容赦なく追い打ちをかけていく。
「ぐ……っ、つぁ……、くっ……そぉぉぉぉっ!」
息付く間もない猛打に、京士は為す術がない。
俺の今の霊力は、おそらく当時の十分の一もないだろう。
だが、あの頃培った近接戦闘の技術が無くなったわけではない。
そう――当時四十階層まで【霊甲】のみで駆け上がったあの頃の努力は今も尚、実力としてしっかり残っているのだ。
そんな京士の防御を掻い潜るたび、奴の顔が徐々に歪んでいくのが見えた。
このまま押し切れるか――そう思った、その時。
「く……ッ、なめんなぁぁあああっ!!」
怒声とともに、京士の全身が漆黒の鱗に包まれていった。
鱗が這い上がるように広がり、肩から首筋、背中、脚部へと波打つように装甲化していく。
その姿はまるで、完全なる〈鋼鉄竜〉の顕現。
まさに二足で立つ竜、竜人のようだった。
「全開で行かせてもらうぜ……空木ィ……!」
ダッ――
駆ける速度はさっきの倍。
あっという間に俺の眼前へ。
「死ねやァッ!!!!」
乱暴に振るわれる鋼鉄の拳。
「くっそ……」
完全に防戦一方だ。
攻めが両手になっただけで、こんなにも隙がなくなるなんてっ!
――とはいえ息継ぎの瞬間は、必ずあるわけで。
「今だっ! 【霊甲】」
激しい応酬の中に現れたわずかな隙。
俺はその時間を無駄にすることなく、白銀をまとった拳をまっすぐにぶち込んだ。
ガキンッ――
しかし、
甲高い金属音。とともに、俺の拳は静止した。
「だから、効かねぇって!」
ドスッ――
近距離からのカウンター。
「ブハ……ッ!!」
俺は数メートル後ろに吹き飛ばされた。
「ハハハッ、どうだ空木ッ! これがオレの、全力ってやつだッ!」
高らかに響く笑い声。
しかしその顔からは、焦りの感情が消えることはなかった。
奴も分かってるんだろうな。
この程度じゃ俺を倒せないってことを。
俺はゆっくり立ち上がった。
「そうか……なら、こっちも全力で行かせてもらう」
鋼鉄に守られていない弱点は、もう存在しない。
だが俺の【霊甲】には、もう一つ上がある。
――そう、ここからが本番だ。
「【霊甲・穿突】」
拳にまとった霊力を一点へ。
鋭く尖ったその霊力は、槍というよりも雷槍。一点を穿ち、全てを貫くためだけに存在する、まさに極限の殺意。
ただ俺の今の霊力総量的に、おそらく十発あたりが限度ってところだろう。
それまでに奴の〈鋼鉄竜〉を剥がすべく――俺は強く拳を握りこんだ。
「空木ィィィィッ!」
京士の踏み込みが地面を裂く。
鋼鉄の鱗に覆われた足先は、まるで竜の鉤爪。
コンクリートを引き裂くたび、耳障りな金属音が響いていく。
迫る京士の拳に俺は【霊甲】の軌道を合わせ、正面からぶつけあうように放った。
「これで、どうだっ!」
バリンッ――
拳同士の衝突で、何かを砕く音が響く。
「……っ!?」
【霊甲】と〈鋼鉄竜〉の拳が正面から激突した瞬間――まるで鐘が鳴り響いたかのような金属音と共に、京士の右腕の装甲が弾け飛んだ。
にもかかわらず怯んだのはほんの束の間、さっそく反対の拳を振り上げてくる。
鋼鉄が砕かれた直後とは思えぬ反応速度だ。
だが今は戦闘中。
本来は一瞬の怯みも許されない。
それが一つの敗因に繋がるからだ。
バリンッ――
俺はまっすぐに迫ってくる京士の左拳に、下から上へ、垂直方向から【穿突】を打ち込んだ。
「……うぐっ!」
京士が負傷した肘部分を押さえ、数歩後ろへ退く。
「一つ覚えておけ」
その後退には意味はないと――俺はその距離を一気に詰め、真正面に立つ。
「……なっ!?」
一拍、時が止まる。
そして俺は言葉を吐いた。
「退いた時点でお前の負けだ、白影京士っ!」
バリンッ――
右肩の装甲が砕け飛ぶ。
バリンッ――
続けて、脇腹を穿つ。
バリンッ――
腹部、大腿、胸元。
鋼鉄の装甲が次々に剥がれていく。
今さら白銀のエネルギー、つまり霊力をまとったところでもう遅い。
「ち……く、しょう……くっ……そ、がぁっ!」
それからも俺は、
何度も、
何度もその鋼鉄の装甲を。
この【霊甲・穿突】で抉り取るように破壊した。
「……これで、ちょうど十発だ」
そして完全に胴の鋼鉄が除去されたところで、
「――喰らえ」
俺は今の最大出力を拳に込めて。
正面からまっすぐに、最後の一撃を叩き込んだ。
「【霊甲】――」
胸部に直撃。
骨の奥まで、めり込んだ感触がした。
「がっ、あああああああああああああッ!!」
京士の巨体が吹き飛ぶ。
地面を削りながら、数メートル先まで転がっていく。
そしてやってきた重たい沈黙。
何かを呻きながらも一切として立ち上がろうとしない京士。
微かに胸が上下しているところ、意識はまだここにあるようだ。
そんな彼の倒れ込んだ姿からは、完全なる戦意の消失が伺える。
「……戦いが、終わったんだな」
これは選抜試験、ダンジョン演習で京士が起こした数々の悪行や澪への卑劣な行為に加えて、今まで廻に対して振るってきた暴力、
その全てに対する終止符であり、
俺、白影柊真と――
僕、空木廻――
二人が心からそう思い無意識に溢れてしまった、正真正銘、まさに安心から出た言葉そのものだった。




