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愛する貴方を殺した世界を、私は許さない ~救国の聖女だった私が、処刑台の悪女になるまで~  作者: ぱる子
終章:断罪の果てに

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第33話 王都炎上

 夜の闇を切り裂くように、赤い閃光が走った。

 それは花火ではない。王都の東区画、かつて商館が立ち並んでいたエリアから上がった、巨大な火柱だった。


「報告! 東門が突破されました! 反乱軍が市街地に侵入! 住民たちがバリケードを築き、正規軍の進路を妨害しています!」


 王宮の作戦司令室。

 次々と飛び込んでくる伝令の声は、もはや報告というより悲鳴に近かった。

 巨大な地図の上には、敵の侵入を示す赤い駒が、まるで増殖する癌細胞のように置かれていく。


 私は、司令官席に深く腰掛け、その様子を眺めていた。

 手にはワイングラス。中身は最高級の赤ワインだが、今の私には鉄の味しかしない。


「……閣下。ご指示を」


 側近の将校が、脂汗を拭いながら声をかけてくる。

 彼の顔色は土気色で、私の命令一つで首が飛ぶのではないかと怯えているのが手に取るようにわかった。


「東区画を放棄しなさい」


 私は短く告げた。


「は……? 放棄、でありますか? あそこには食料備蓄庫が……」

「敵の手に渡るくらいなら、燃やしてしまえばいいわ。油を撒いて、火を放ちきなさい」

「なっ……! し、しかし、あそこには逃げ遅れた市民も多数……!」

「聞こえなかったの?」


 私はグラスを置き、ゆっくりと将校を見上げた。


「アレンの紋章を掲げた偽物どもに、一粒の麦も渡すなと言っているの。市民? 反乱軍を招き入れた時点で、彼らは共犯者よ。……灰になってもらいなさい」


 将校は絶句し、やがて震える声で「ぎょ、御意……」と頭を下げた。

 彼は走って部屋を出て行く。その背中には、恐怖と、そして私への軽蔑が張り付いていた。


 構わない。

 軽蔑されようが、恨まれようが。

 私には、守らなければならないものがある。

 それは国でも、民でもない。

 「アレン・ウィンスレット」という、たった一人の男の記憶と尊厳だけだ。


 私は立ち上がり、バルコニーへと出た。

 熱を含んだ夜風が、頬を撫でる。

 眼下に広がる王都セレスティアは、かつてないほどの輝きを見せていた。

 街のあちこちから火の手が上がり、夜空を赤く染め上げている。


「……綺麗ね」


 思わず、呟きが漏れた。

 皮肉ではない。本心だった。

 燃え盛る炎は、すべての汚らわしいものを浄化してくれるように見えた。

 裏切りも、嘘も、アレンを殺したこの世界の理不尽さも。すべてを灰にしてくれる救済の光。


「ねえ、アレン。見て」


 私は隣の空間に語りかけた。

 そこには、煤けた服を着たアレンが、悲しげな顔で立っていた。


『シルヴィア……。やめよう。もう十分だ』

「いいえ、まだよ。まだ足りないわ」


 私は首を振った。

 広場の方角から、(とき)の声が聞こえる。

 「独裁者を倒せ!」「自由を取り戻せ!」

 かつて、私たちがジェラルドに対して叫んだ言葉と同じだ。

 歴史は繰り返す。なんて滑稽な喜劇だろう。


「彼らは何も分かっていない。あなたがどれだけ苦しんで、どれだけ愛して、この国を守ろうとしたか。……その命を奪っておきながら、今度はあなたの名前を使って正義面をするなんて」


 ギリ、と歯ぎしりをする。

 許せない。

 私からアレンを奪った世界が、のうのうと「正義」を語ることが。

 アレンがいないのに、明日が来ることが。人々が笑うことが。


「壊してやるわ。こんな世界、未練なんてない」


 私は手すりを強く握りしめた。

 眼下の通りを、松明を持った集団が王宮へ向かって進軍してくるのが見える。

 先頭に立っている巨漢は、ガルドだ。その隣にいる小柄な影は、ミアだろう。

 かつての家族。

 私を置いて逃げ出し、今また私を殺しに来た、裏切り者たち。


「……近衛師団長」

「はッ! ここに!」


 控えていた騎士が進み出る。


「王宮前広場に、防衛線を敷きなさい。魔導砲の使用も許可するわ」

「ま、魔導砲を市街地へ向けて、ですか!? 王宮の被害も甚大になりますが……」

「構わない。敵を一人残らず吹き飛ばせるなら、王宮ごと燃えてもいいわ」


 騎士は息を呑んだが、私の目を見て、反論を飲み込んだ。

 今の私には、躊躇いなど微塵もないことが伝わったのだろう。


「……御意。直ちに準備させます」


 騎士が去り、私は再び一人になった。

 いや、一人ではない。アレンがいる。


『シルヴィア。……君は、泣いているのかい?』


 幻覚のアレンが、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

 私は頬に手をやった。濡れていた。

 涙?

 馬鹿な。私はもう、涙なんて枯れ果てたはずなのに。


「……煙が目に染みただけよ」


 私は強がって、涙を拭った。

 その指先についた雫が、炎の光を受けて赤く輝く。まるで血のようだ。


 ドォォォォン……!


 腹の底に響くような重低音が鳴り響いた。

 魔導砲が発射されたのだ。

 広場の方角で、閃光が炸裂する。

 悲鳴。絶叫。建物が崩れる音。


 あの中に、ガルドやミアもいるのだろうか。

 アレンが愛した、罪のない人々も。


 胸が、焼けるように痛い。

 吐き気がするほどの自己嫌悪と、それを上回る破壊衝動が、私の中でせめぎ合っている。


 私は、アレンが守りたかったものを、この手で壊している。

 私は、アレンが一番嫌う「暴君」になってしまった。

 でも、もう止まれない。

 ここで止まってしまえば、私はアレンを失った悲しみに押しつぶされて、発狂してしまうだろう。


 狂気を鎧として纏い、殺戮を盾として心を守る。

 そうしなければ、一秒たりとも息ができない。


「……アレン。ごめんね」


 私は燃え盛る王都を見下ろしながら、懺悔のように呟いた。


「約束、守れなかった。あなたの分まで生きるなんて、私には無理だった。……あなたなしで幸せになるなんて、絶対にできない」


 炎が、夜空を焦がしていく。

 かつて二人で見上げた星空は、今は黒煙と火の粉に覆われて見えない。


「だから、せめて」


 私は、懐から小さな小瓶を取り出した。

 中に入っているのは、即効性の猛毒だ。

 いつか、全てが終わった時に飲むために用意していた、最後の救い。


「この国を、あなたへの手向けにするわ。……裏切り者たちの血と、燃え上がる炎で、あなたの魂を慰めるの」


 私は小瓶を握りしめ、狂気じみた笑みを浮かべた。

 涙は止まらない。けれど、口元は笑っていた。

 心と体が完全に乖離し、壊れていく音が聞こえる。


 ズガガガガァァン!!


 より近くで、爆発音が響いた。

 王宮の正門が突破されたのだ。

 反乱軍の怒号が、潮騒のように近づいてくる。


「……来たわね」


 私はバルコニーから背を向け、玉座の間へと戻った。

 かつてジェラルドが座り、そして私が奪い取った、血塗られた玉座。

 そこに座り、最期の時を待つ。


 私の「王国」は、今夜、灰になる。

 それはとても、悲しくて、美しい結末だと思った。

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