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愛する貴方を殺した世界を、私は許さない ~救国の聖女だった私が、処刑台の悪女になるまで~  作者: ぱる子
第4章:崩壊と狂気

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第27話 粛清の夜明け

 翌朝。

 私は、喪服である漆黒のドレスに身を包み、鏡の前に立っていた。

 かつてアレンが「世界で一番綺麗だ」と言ってくれた純白のドレスは、もう二度と着ることはない。

 鏡の中の私は、蒼白な顔をしている。けれど、その瞳だけは凍てつく冬の湖のように、冷たく澄んでいた。


「……参りましょうか」


 私は黒いレースの手袋をはめ、部屋を出た。

 廊下には、ガルドと、彼が選抜した二十名の武装した近衛兵が待機していた。彼らは皆、アレンに命を救われた者たちだ。アレンのためなら、悪魔に魂を売ることも厭わない者たちだ。


「準備はいいわね、ガルド」

「……はい。手筈通りに」


 ガルドの声は低く、硬い。彼もまた、これから始まることが「正義」ではないと分かっているのだろう。

 それでも彼は私に従う。それが、亡き友への唯一の手向けだと信じているからだ。


 私たちは足音を殺し、王宮の中枢にある大会議室へと向かった。


***


 会議室の重厚な扉が開かれると、中には数十名の議員や貴族たちが集まっていた。

 彼らは革命後に新政府の要職に就いた者たちだ。その多くは、ジェラルドを見限って寝返った旧貴族や、風見鶏のような官僚たちだった。


「おや、シルヴィア様」

「まだお休みになられていなくてよろしいのですか?」


 上座に座っていた侯爵――昨日、廊下でアレンを嘲笑っていた男の一人――が、猫なで声で話しかけてくる。

 その顔には「可哀想な未亡人」を気遣うような慈悲深い笑みが張り付いているが、目の奥には侮蔑の色が見え隠れしていた。


「ご心配には及びませんわ、バルモン侯爵」

 私は淑女の礼をして、空席になっていた議長席――かつてアレンが座っていた席の前に立った。

「アレンの遺志を継ぐためにも、いつまでも泣いてはいられませんもの。今日は、皆様に提案があって参りました」


「提案? ほう、なんでしょうか」

 バルモン侯爵が鷹揚に頷く。

 彼らは油断している。政治の素人である小娘が、せいぜい「アレンの銅像を建てたい」とでも言い出すと思っているのだろう。


 私は懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。

 昨夜、一睡もせずに書き上げた「特別法案」だ。


「現在、王都の治安は悪化の一途を辿っています。アレンを殺害したテロリストの残党も、まだ潜伏している可能性があります」

「左様ですな。我々も心を痛めております」

「そこで、事態を収拾するために『国家保安特別法』の制定を提案いたします」


 私は淡々と条文を読み上げた。


「第一条、テロリズムおよび国家転覆を企てる者に対し、裁判を省略した即時拘束を許可する。

 第二条、容疑者の資産は一時凍結し、政府の管理下に置く。

 第三条、本法の執行権限は、革命の指導者であるシルヴィア・フォン・ローゼンに一任する」


 読み上げるにつれ、会議室の空気が変わっていった。

 嘲笑は消え、どよめきと困惑が広がる。


「な、何を言っているのですか、シルヴィア様」

 バルモン侯爵が顔を引きつらせて立ち上がった。

「裁判なしでの拘束? 全権委任? そんな独裁的な法律、認められるわけがないでしょう! 我々は共和国ですぞ!」


「独裁、ですか?」

 私は首を傾げ、冷ややかに彼を見つめた。


「奇妙ですね。アレンが生きていた頃、あなた方は口を揃えて言っていましたわ。『強力なリーダーシップが必要だ』『アレン殿に全権を預けるべきだ』と。……アレンが死んだ途端、その言葉を忘れてしまったのですか?」


「そ、それは……彼には人望と武力があったからで……」

「私にはないと?」


 私は一歩前に出た。

 ヒールの音が、銃声のように鋭く響く。


「アレンを殺した犯人が捕まらないのは、捜査機関に権限がないからです。あなた方が『手続き』だの『人権』だのを盾に、捜査を妨害しているからではありませんか?」

「ぶ、無礼な! 我々を疑うのか!」

「疑っていますよ」


 私ははっきりと告げた。


「ここに証拠があります」


 私は別の書類の束を机に叩きつけた。

 昨夜、ガルドたちに命じて、バルモン侯爵らの屋敷から「押収」させた裏帳簿の写しだ。

 そこには、彼らが裏社会の組織に金を流し、武器を横流ししていた記録が克明に記されていた。テロリストとの直接的な繋がりを示す証拠ではないが、彼らを追い詰めるには十分な「爆弾」だ。


「こ、これは……!」

「横領、背任、そして武器密輸。……これだけでも十分な重罪ですが、もしこの武器がアレンを殺すにに一役買っていたとしたら?」


 私は声を落とし、氷のような視線で彼らを射抜いた。


「あなた方は、共犯者です」


「で、でたらめだ! 捏造だ!」

「衛兵! この狂った女をつまみ出せ!」


 侯爵が叫ぶ。

 扉が開き、兵士たちがなだれ込んでくる。

 だが、彼らは私を取り押さえるのではなく、侯爵たちに剣を向けた。

 ガルドと、彼が率いる近衛兵たちだ。


「な……っ!? き、貴様ら、誰から給金をもらっていると思っているんだ!」

「俺たちが仕えるのは金じゃねえ」


 ガルドが低い声で唸り、侯爵の喉元に剣を突きつけた。

「アレン様と、その意志を継ぐシルヴィア様だ。……動くなよ、豚共。手が滑りそうだ」


 会議室は、一瞬にして制圧された。

 青ざめ、震え上がる貴族たち。

 私は彼らを見下ろし、もう一度、あの法案を掲げた。


「さて。……この法案に反対する方は、いらっしゃいますか?」


 静寂。

 誰も声を上げない。上げられない。


「反対がないようでしたら、全会一致で可決とさせていただきます」


 私は書類にサインをし、議長席の印章を押した。

 その瞬間、私は「悲劇の未亡人」から、法を超越した「独裁者」へと変貌した。


「連れて行きなさい」


 私の命令一下、ガルドたちが貴族たちを乱暴に引き立てていく。

「放せ! 私は無実だ!」

「シルヴィア様、慈悲を! 我々はただ……!」


 彼らの泣き叫ぶ声を聞きながら、私は胸のすくような、それでいて嘔吐しそうなほどの高揚感を感じていた。

 ああ、これが「力」か。

 アレンが持っていたような、人を惹きつける太陽のような力ではない。人を恐怖で縛り付け、ねじ伏せる、冷たく強大な力。

 でも、今の私にはこれが必要だ。


 アレンを奪った「悪意」に対抗するには、それ以上の「悪意」を持って踏み潰すしかないのだから。


***


 その日の夕方。

 執務室に戻った私は、一人で窓の外を見ていた。

 広場には、新たな処刑台が組まれようとしている。明日の朝、バルモン侯爵たちの処刑が行われるのだ。

 裁判はない。私の署名ひとつが、判決だ。


 コンコン、と控えめなノックの音がした。

 入ってきたのは、ミアだった。

 彼女の手には、いつものようにティーセットが乗っている。だが、いつものように転んだり、お茶をこぼしたりはしなかった。

 彼女の手は、震えていた。


「……シルヴィア様」

 ミアが、泣き出しそうな声で私を呼ぶ。

「本当に……処刑なさるのですか? バルモン様たちを」

「ええ。彼らはアレンの死に関与していた疑いが強いわ。それに、私腹を肥やすために国に害をなしていた」


 私は事務的に答えた。

 ミアはカップを置くと、床に膝をつき、私のスカートの裾を掴んだ。


「お願いです、やめてください……! アレン様は、そんなこと望んでいません! 『無益な血は流さない』って、あんなに……!」

「ミア」


 私は冷たく彼女の名を呼び、その手を払いのけた。


「アレンは死んだのよ」

「っ……」

「彼の優しさが、彼を殺したの。無益な血を流さない? ……アレンの血以上に、尊い血なんてこの世にないわ」


 私は立ち上がり、ミアを見下ろした。

 かつては家族のように笑い合った、愛しい侍女。

 けれど今の彼女の涙は、私にはただ鬱陶しいだけのものに見えた。


「甘い考えは捨てなさい。優しさだけで国が守れるなら、アレンは死ななかった。……私は、鬼になるわ。アレンが愛したこの国から、彼を害する『毒』をすべて抜き取るまでは」


 ミアは何も言えず、ただ床に突っ伏して泣いた。

 私は彼女に背を向け、再び窓の外を見た。


 夕闇が、王都を飲み込んでいく。

 それは、私の心に広がる闇と同じ色をしていた。


(見ていて、アレン)


 私は窓ガラスに映る自分の顔を見つめた。

 そこにはもう、泣き虫な令嬢はいなかった。

 あるのは、復讐の炎を瞳に宿した、冷酷な女王の顔だけ。


(あなたを殺した世界を、私が作り変えてみせる。……たとえ、それが地獄のような場所だとしても)


 これが、粛清の夜明け。

 救国の聖女が死に、処刑台の悪女が誕生した日だった。

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