表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛する貴方を殺した世界を、私は許さない ~救国の聖女だった私が、処刑台の悪女になるまで~  作者: ぱる子
第4章:崩壊と狂気

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/40

第23話 血塗られたパレード

 王都セレスティアの空は、抜けるような青さだった。

 大聖堂の鐘楼から放たれた祝福の鐘の音が、幾重にも重なり合って空気を震わせている。

 カァン、カァン、カァン――。

 その澄んだ音色は、長く続いた冬の時代が終わり、新しい春が訪れたことを告げるファンファーレだった。


 巨大な扉がゆっくりと開かれる。

 溢れんばかりの陽光と共に、俺たちの視界に飛び込んできたのは、王都の大通りを埋め尽くす民衆の海だった。


「うわぁぁぁぁっ!!」

「おめでとうございます!」

「英雄アレン様! 聖女シルヴィア様!」


 割れんばかりの歓声。空を舞う無数の花びら。

 紙吹雪が雪のように降り注ぎ、世界を極彩色に染め上げている。

 俺は隣を歩くシルヴィアの手を、ギュッと強く握りしめた。


 純白のウェディングドレスに身を包んだ彼女は、眩しいほどの光を浴びて、この世の何よりも美しかった。

 銀の髪は光の輪をまとい、レースのベール越しに見える藍色の瞳は、宝石のように潤んでいる。


「……すごい人だね」

「ええ。……見て、アレン。みんな、笑ってるわ」


 シルヴィアが感極まったように声を震わせる。

 最前列で手を振る子供たち。涙を流して拝む老婆。肩を組んで歌う若者たち。

 かつては恐怖に怯え、下を向いていた人々が、今はこんなにも屈託のない笑顔を見せている。

 俺たちが泥にまみれ、血を流して守ろうとしたものは、確かにここにあったんだ。


 俺たちは、用意されたオープンタイプの馬車へと乗り込んだ。

 白馬が曳く豪奢な馬車だ。

 御者台には、今日のために新調した礼服(巨体がはち切れそうで窮屈そうだが)を着たガルドが座っている。彼は誇らしげに胸を張り、手綱を握っている。

 後ろの馬車には、花嫁の介添人として着飾ったミアが乗っているのが見えた。彼女はすでに化粧が崩れるほど泣きじゃくりながら、懸命に手を振っている。


「行くぞ、坊ちゃん! 今日はお前が世界の王様だ!」


 ガルドの掛け声と共に、馬車がゆっくりと動き出す。

 パレードの始まりだ。

 王宮へと続く大通りを抜け、広場を回って、国民に結婚の報告とお披露目をする。

 それが終われば、俺たちは晴れて夫婦となり、愛するウィンスレット領へと帰るのだ。


 馬車が進むにつれ、歓声は熱狂を帯びていく。

 俺はシルヴィアの腰に手を回し、民衆に向かって手を振り続けた。

 どこまでも続く笑顔の波。

 平和だ。本当に、平和になったんだ。


 ふと、シルヴィアが俺の方を向いた。

 風に揺れるベールを押さえながら、彼女は幸せそうに目を細めた。


「ねえ、アレン」

「ん?」

「私、今、世界で一番幸せよ」


 彼女の声は、鐘の音にも負けないほど澄んで聞こえた。


「王宮の鳥籠の中で震えていた私が、こんなにたくさんの人に祝福されて、愛する人の隣にいられるなんて……。まるで、奇跡みたい」


 愛おしさがこみ上げ、胸が締め付けられる。

 俺は彼女の耳元に顔を寄せ、囁いた。


「奇跡なんかじゃない。君が頑張ったからだ。君が前を向いて歩いてきたから、この景色があるんだよ」

「……ううん。あなたが連れ出してくれたからよ」


 彼女は俺の肩に頭を預けた。


「愛してる、アレン。……これからの人生、全部あなたにあげる。私の喜びも、悲しみも、命さえも。全部、あなたのものよ」

「俺もだ。……愛してる、シルヴィア。一生、君を守るよ。君が二度と涙を流さないように」


 彼女がくすりと笑い、幸せそうに瞳を閉じた、その時だった。


 ――ゾクリ。


 背筋に、冷たい氷柱を突き立てられたような、異質な悪寒が走った。


 戦場で何度も死線をくぐり抜けてきた、本能的な警鐘。

 歓喜と祝福に満ちた熱狂の渦の中に、一点だけ、混じり合わない異質な「色」がある。

 どす黒く、粘りつくような、鋭利な殺意。


(……どこだ?)


 俺は反射的に視線を巡らせた。

 笑顔、笑顔、笑顔。花束、旗、紙吹雪。

 どこを見ても平和な光景だ。誰もが俺たちを祝福している。

 気のせいか? いや、違う。

 俺の肌が、死の臭いを嗅ぎ取っている。


 馬車が、交差点に差し掛かった瞬間だった。


 沿道の人垣が、不自然に揺れた。

 歓声の壁を突き破るように、一人の男が飛び出してきたのだ。


 ボロボロのフードを目深にかぶり、その手には花束の下に隠していた短剣を握りしめている。

 男の目は、俺を見ていなかった。

 その濁りきった瞳が捉えているのは、俺の隣で無防備に微笑んでいる、純白の花嫁――シルヴィアだ。


(――ッ!!)


 思考する時間はなかった。

 世界がスローモーションになる。

 男が腕を振り上げる。陽光を反射して、ギラリと光る凶刃。

 それは、シルヴィアの心臓へと、一直線に吸い込まれようとしていた。


「危ないっ!!」


 俺の体は、思考よりも速く動いていた。

 シルヴィアを突き飛ばすように強く抱き寄せ、彼女と刃の間に、自分の体を割り込ませる。

 背中を、男に向ける。


 ――ドスッ。


 鈍く、湿った音が、体の芯に響いた。


 一瞬の静寂。

 歓声が遠のき、時間が止まったかのように感じる。


 背中に、焼けるような熱さを感じた。

 熱い。いや、寒い。

 背中から胸の奥まで、灼熱の杭が貫通したような衝撃が突き抜ける。


「……ぐ、ぁ……っ」


 肺の中の空気が、強制的に吐き出される。

 口の中に、鉄の味が広がった。


 俺はシルヴィアを抱きかかえたまま、前のめりに崩れ落ちた。

 ガクン、と馬車が揺れる。


「……え?」


 シルヴィアの、呆然とした声が聞こえる。

 彼女の視線が、俺の胸元に釘付けになっている。

 俺の白い礼服が、みるみるうちに赤く染まっていく。

 そして、彼女の純白のドレスにも、赤黒いシミが、毒花のようにじわりと広がっていった。


 俺の血だ。


「アレン……? アレン!?」


 悲鳴のような声。

 馬車が急停車し、ガルドの怒号が響く。

「貴様ァァァァッ!! 捕らえろ!!」

 周囲の民衆がパニックに陥り、悲鳴を上げて逃げ惑う音。怒号。叫喚。


 だが、それらの喧騒は、まるで水底にいるかのように遠く、くぐもって聞こえた。

 世界が急速に冷えていく。


 俺は馬車の床に倒れ込み、薄れゆく視界で、必死に腕の中を確認した。

 シルヴィアは無傷だ。

 顔色は蒼白で、瞳からは涙が溢れているけれど、刃は彼女には届いていない。


(……よかった)


 安堵が、痛みを上書きしていく。

 守れた。

 俺の命に代えても守ると誓った、一番大切な人を。


「アレン! 嫌! 目を開けて! ねえ、嘘でしょう!?」


 シルヴィアが俺の体を抱き起こす。

 彼女の手が、俺の頬を叩く。その手は温かくて、震えていた。

 彼女のドレスが、俺の血でどんどん赤く染まっていく。

 ああ、いけない。せっかくの綺麗なドレスが台無しだ。


「医者を! 誰か、早く医者を呼んで!! アレンが、アレンが……ッ!」


 彼女の悲痛な叫びが、鼓膜を揺らす。

 泣かないでくれ。

 今日は、最高に幸せな日のはずだろう?

 君には、笑顔が一番似合うんだ。


 手を伸ばして、その涙を拭ってやりたかった。

 「かすり傷だ、大丈夫だ」と、いつものように笑いかけたかった。

 けれど、指先一本、動かせない。

 体中の熱が、傷口から流れ出していく。


「……し、る……ヴィ……ア……」


 喉から漏れたのは、血の混じった、空気の漏れるような掠れた音だけ。

 シルヴィアが顔を近づけてくる。

 彼女の銀髪が、俺の顔にかかる。


「喋らないで! お願い、死なないで! 置いていかないでよ……!」

「ご……め、ん……」


 ああ、悔しいな。

 もっと、君と一緒にいたかった。


 領地に戻って、パンを焼く君を見たかった。

 花を育てて、庭をシロツメクサでいっぱいにして。

 子供が生まれたら、ガルドに剣術を教えてもらって。

 ミアが子守をして、また何かをひっくり返して笑い合って。

 おじいちゃんとおばあちゃんになるまで、縁側で手を繋いでいたかった。


 約束したのに。

 一生守るって、ずっと隣にいるって、約束したのに。

 嘘つきになってしまうな、俺は。


「……笑っ、て……」


 俺は、残った命のすべてを振り絞って、言葉を紡いだ。

 彼女に、呪いではなく、願いを残すために。


「き、みは……太陽、だ……。だから……」


 視界が黒く塗りつぶされていく。

 シルヴィアの顔が、涙で歪んで見えなくなる。

 でも、彼女の手の温もりだけは、最期まで感じていたかった。


「生き、て……。俺の……ぶん、も……」

「嫌よ! あなたがいなきゃ意味がないの! アレン、アレンッ!」

「あい、して……る……」


 最後に、その一言だけを伝えたくて。

 俺は口元を、精一杯の笑顔の形に歪めた。


 君がこの先、どんなに辛い時でも。

 俺がどれだけ君を愛していたか、それだけは忘れないでいてほしかった。


 ――フッ、と。

 体を繋ぎ止めていた糸が、切れた音がした。


 痛みも、寒さも、音も、すべてが消え失せる。

 ただ、愛おしさだけを残して。


 青空の下、祝福の鐘の音は、いつしか弔いの鐘のように、遠く、遠く響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ