第21話 英雄の凱旋と結婚発表
革命の勝利から数日。
王都セレスティアは、かつてない祝祭の喜びに包まれていた。
街角の至る所で新しい国旗――「雪原の花」の紋章旗がはためき、広場では連日のように宴が開かれている。
圧政の冬は終わり、自由という名の春が来たのだ。
「アレン様、こっちです! 衣装合わせの時間ですよ!」
王宮の一室。
ミアが目を回しそうな勢いで走り回っている。
彼女は今や「革命の英雄の筆頭侍女」として、王都中の仕立屋や料理人たちに指示を飛ばす大忙しの身だ。……相変わらず、何もないところでつまずいてはいるが。
「わかった、わかったから引っ張るな。服が破ける」
「破けたら縫います! さあ早く、シルヴィア様がお待ちですよ!」
俺は苦笑しながら、ミアに背中を押されて更衣室へと向かった。
今日は、新政府の樹立宣言式典。
そして同時に、俺とシルヴィアの婚約を正式に発表する、晴れ舞台でもあった。
更衣室のカーテンが開く。
そこには、息を呑むほど美しい光景があった。
「……どうかしら、アレン?」
シルヴィアが、はにかむように微笑んで振り返る。
彼女が身に纏っているのは、純白のドレスだ。
王宮の職人たちが総力を挙げて仕立てたそれは、絹のように滑らかで、真珠のように輝いている。銀の髪は丁寧に結い上げられ、白い花の髪飾りが清楚な美しさを際立たせていた。
かつて夜会で見た、凍りついたような冷たい美貌ではない。
愛を知り、困難を乗り越え、内側から発光するような、温かく力強い美しさ。
「……言葉が出ないよ」
俺は正直な感想を漏らした。
「世界で一番、綺麗だ」
「もう、大げさね」
シルヴィアが頬を染めて俯く。
「でも……嬉しいわ。あなたにそう言ってもらうために、お洒落したんだもの」
彼女が近づいてきて、俺の襟元を直してくれた。
ふわりと、甘い香りがする。
俺は彼女の手を取り、そっと口づけを落とした。
「夢みたいだ。泥だらけで畑を耕していたのが、昨日のことのようなのに」
「夢じゃないわ。私たちが勝ち取った、現実よ」
彼女は俺の目を見つめ、愛おしそうに微笑んだ。
「ねえ、アレン。式典が終わったら、二人で領地へ帰りましょう? みんなが待っているわ」
「ああ。トム爺さんが、とっておきの酒を用意して待ってるそうだ」
「ふふ、楽しみね。……私、早くあの大地に戻りたい。あなたと二人で、静かに暮らしたいの」
それは、俺も同じ願いだった。
英雄だの、革命の指導者だの、そんな肩書きはどうでもいい。
ただ、彼女の隣で、平穏な毎日を過ごせればそれでいい。
***
正午。
王宮のバルコニーに立つと、広場を埋め尽くす大観衆の熱気が波のように押し寄せてきた。
「英雄アレン!」
「聖女シルヴィア!」
「二人に祝福を!」
割れんばかりの歓声。空を舞う花びら。
俺はシルヴィアの手を取り、高らかに宣言した。
「民衆よ、聞け! 今日、我々は新しい時代への一歩を踏み出す! 恐怖による支配ではなく、法と信頼による絆の国を!」
オオオオオッ! と大地が揺れる。
「そして、私事ではあるが報告させてくれ! 俺は、ここにいるシルヴィア・フォン・ローゼンと結婚する!」
俺が彼女を抱き寄せると、歓声は悲鳴にも似た絶叫へと変わった。
祝福の嵐だ。
国中が、俺たちの愛を祝ってくれている。
「……幸せね、アレン」
シルヴィアが、涙ぐみながら俺を見上げる。
「私、生まれてきてよかった。あなたに出会えて、本当によかった」
「俺もだ。……愛してる、シルヴィア」
俺たちは、数万の民衆が見守る中で口づけを交わした。
カメラのフラッシュのように、無数の視線と祝福が降り注ぐ。
この瞬間、俺たちは間違いなく世界で一番幸せな恋人同士だった。
式典の後、王宮の大広間で祝賀会が開かれた。
かつて俺が「場違いな異物」として蔑まれたあの場所は今、俺たちを祝福する笑顔で溢れている。
「よっ、色男! やったな!」
ガルドが豪快に俺の背中を叩く。彼は新設された近衛騎士団の団長に任命されていた。真新しい制服が意外と似合っている。
「痛いぞガルド。……お前も、似合ってるじゃないか」
「へっ、窮屈で敵わねえよ。俺はやっぱり、お前さんの後ろで斧を振り回してる方が性に合ってるな」
そう言いながらも、彼の顔は晴れやかだ。
ミアも、あちこちの貴族や要人にお茶を配りながら(そして時々こぼしながら)、甲斐甲斐しく働いている。
「アレン様、シルヴィア様! これ、私からのプレゼントです!」
ミアが差し出したのは、不格好だが一生懸命編まれたレースのハンカチだった。
「二人のイニシャルを入れました! ……ちょっと歪んじゃいましたけど」
「ありがとう、ミア。大切にするよ」
「嬉しいわ。私の宝物にする」
シルヴィアがハンカチを受け取ると、ミアは「えへへ」と鼻の下をこすった。
窓の外には、平和な王都の夜景が広がっている。
戦火の跡はまだ残っているが、家々の窓には明かりが灯り、家族の団欒が戻りつつある。
「……綺麗だな」
バルコニーに出た俺の隣に、シルヴィアが並んだ。
「ええ。……とても」
俺たちは並んで手すりに寄りかかり、夜風に吹かれた。
遠くから、祭りの音楽が聞こえてくる。
「ねえ、アレン。結婚式は、一週間後ね」
「ああ。準備は万端だ」
「私……まだ少し信じられないの。こんなに幸せになっていいのかしらって」
彼女が不安そうに瞳を揺らす。
あまりに完璧すぎる幸福は、時として人を臆病にさせる。
「何言ってるんだ。これは全部、君が頑張ったご褒美だ」
俺は彼女の手を握りしめた。
「これからは、もっと幸せになるんだ。子供が生まれて、家族が増えて……おじいちゃんとおばあちゃんになるまで、ずっと一緒だ」
「ふふ。……そうね。皺くちゃになっても、手を繋いでいてね」
「もちろんさ」
俺たちは笑い合い、キスをした。
不安なんてない。
俺たちには最強の仲間がいる。信頼できる民がいる。そして何より、揺るぎない愛がある。
どんな困難が来ようとも、二人なら乗り越えられる。
そう信じていた。
疑いもしなかった。
この幸せが、嵐の前の静けさであることなど、微塵も感じさせないほど、夜風は優しく、星は美しく輝いていた。
あと七日。
あと七日眠れば、俺たちは晴れて夫婦となり、永遠の愛を誓い合うはずだった。
――運命の日まで、あとわずか。




