第20話 王政の終焉
勝鬨が、玉座の間を震わせていた。
革命軍の兵士たちは、互いに抱き合い、武器を掲げ、涙を流して勝利を噛み締めている。
その熱狂の中心で、俺は剣を鞘に収めた。
手のひらに残る痺れが、今の戦いが現実であったことを教えてくれる。
「……放せ! 無礼者どもが!」
床に膝をつかされたジェラルドが、拘束されながらも喚いている。
王太子としての威厳は地に落ち、今はただの敗残者としてそこにいた。
ライオットたち元近衛騎士が、複雑な表情でかつての主君を取り押さえている。
「殺せ……! 私を殺せばいいだろう! 貴様らごときが、私を裁くなど……!」
ジェラルドが血走った目で俺を睨みつける。
その瞳にあるのは、敗北を認められない幼児のような癇癪と、底知れない憎悪だ。
ガルドが、俺の顔色を伺うように近づいてきた。
「……どうしますか、アレン様。こいつを生かしておけば、また面倒なことになりかねませんぜ」
彼の言う通りだ。
ここでジェラルドを斬れば、後腐れはない。旧体制の象徴を物理的に消滅させることは、革命の仕上げとして最も手っ取り早い方法だ。
周囲の兵士たちの中にも、「殺せ!」という殺気立った空気が漂い始めていた。
だが、俺は首を横に振った。
「いや。殺さない」
「なっ……!?」
「ここで彼を殺せば、俺たちはただの『簒奪者』になる。力で玉座を奪い取った、野蛮な反乱軍として歴史に残るだろう」
俺はジェラルドを見下ろした。
「俺たちが目指したのは、暴力による支配じゃない。法と正義による、新しい国だ。……ジェラルド・アークライト。貴様は法に則り、公開裁判にかける」
「裁判だと……? この私を、下賤な民衆の前に引きずり出すと言うのか!」
「そうだ。そこで己の罪の重さを知るがいい」
俺は兵士たちに命じた。
「元王太子を連行しろ! 丁重にな。……死なせるなよ」
ジェラルドは屈辱に顔を歪め、口汚い罵りを叫びながら引き立てられていった。
その背中を見送りながら、俺は深く息を吐いた。
これで、一つの時代が終わったのだ。
「……アレン」
隣に、シルヴィアが並び立った。
彼女はジェラルドが消えた扉の方をじっと見つめていたが、やがて俺の方を向き、静かに微笑んだ。
「ありがとう。……彼を殺さずにいてくれて」
「君のためじゃないさ。これからの国のためだ」
「ふふ。わかってるわ。……でも、あなたはやっぱり、優しい人ね」
彼女はそっと俺の手を握った。
その手は震えていた。
かつての婚約者であり、自分を陥れた男。彼に対する憎しみと、哀れみと、様々な感情が渦巻いているのだろう。
「さあ、行こうシルヴィア。みんなが待っている」
「ええ」
俺たちは手を取り合い、玉座の間のバルコニーへと向かった。
***
重厚なガラス戸を開け放つと、鼓膜を揺らすような大音響が飛び込んできた。
ウオオオオオオオオオオッ!!
王宮前広場を埋め尽くす、数万の民衆。
彼らは王宮に掲げられた革命軍の旗を見て、勝利を確信し、歓喜の声を上げていたのだ。
帽子が宙を舞い、紙吹雪が舞い散る。
男も女も、老人も子供も、誰もが抱き合い、泣き、笑っている。
「すごい……」
シルヴィアが口元を押さえる。
俺たちがバルコニーに姿を現すと、歓声はさらに一段階大きくなった。
地鳴りのような「アレンコール」と「シルヴィアコール」が巻き起こる。
俺は手すりに手をかけ、広場を見下ろした。
ここから見る景色は、かつてジェラルドが見ていたものと同じはずだ。
けれど、彼にはこの民衆の熱気が、ただの騒音にしか聞こえなかったのだろう。
俺は手を挙げ、静粛を求めた。
波が引くように、広場が静まり返る。
何万という瞳が、俺たちを見つめている。
「王都の、いや、この国の同胞たちよ!」
俺は声を張り上げた。魔導拡声器を通した声が、王都の隅々まで響き渡る。
「長きにわたる戦いは終わった! 圧政の象徴であったジェラルド王太子は捕縛され、王家の支配は今この時をもって終焉を迎えた!」
ワァッ! と歓声が上がる。
「だが! 俺たちは、新しい王を立てるために戦ったわけではない!」
俺は隣のシルヴィアを引き寄せた。
彼女は緊張しながらも、凛とした表情で前を見据えている。
「俺たちが求めたのは、誰か一人の支配者が決める国ではなく、ここにいる全員で作り上げる国だ! 貴族も平民も関係ない。誰もが法の下に平等であり、誰もが自分の人生を選ぶ権利を持つ……そんな『共和国』を、ここに宣言する!」
共和国。
その新しい響きに、民衆が一瞬ざわめき、そして爆発的な熱狂で応えた。
「共和国万歳!」
「俺たちの国だ!」
俺はシルヴィアに目配せをした。ここからは、彼女の出番だ。
彼女は一歩前に進み出ると、透き通るような声で語りかけた。
「皆さん。……これからの道のりは、決して平坦ではありません。王がいなくなったことで、混乱も起きるでしょう。他国からの干渉もあるかもしれません」
彼女は言葉を切らず、続ける。
「けれど、恐れることはありません。私たちには、この革命を成し遂げた『絆』があります。……私は、かつて公爵令嬢として、高い塔の上から皆さんを見下ろしていました。皆さんの痛みを知ろうともしなかった」
彼女は胸に手を当て、深く頭を下げた。
「でも、今は違います。私はアレンと共に、辺境の泥の中で知りました。あなた方の強さを、優しさを、そして尊さを。……どうか、私に力を貸してください。あなた方と共に、新しい国を育てるために!」
彼女が頭を上げると、広場からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「聖女様!」「俺たちがついてるぞ!」という声援が飛ぶ。
かつて「悪女」の汚名を着せられ、石を投げられた彼女が、今、真の指導者として受け入れられたのだ。
彼女の目から、涙が溢れ落ちる。
それは悲しみの涙ではない。安堵と、希望の涙だ。
「……やったな、シルヴィア」
「ええ……。アレン、私、夢を見ているみたい」
俺は彼女の肩を抱き、二人で民衆に手を振った。
夕陽が王都を茜色に染め上げている。
崩れかけた城壁も、傷ついた石畳も、すべてが黄金色に輝いて見えた。
それは、新しい時代の夜明けだった。
「これから忙しくなるぞ。新政府の樹立に、戦後復興、裁判の準備……」
「ふふ、望むところよ。……二人なら、なんだってできるわ」
彼女は俺を見上げ、世界で一番美しい笑顔を見せた。
「愛してる、アレン」
「俺もだ、シルヴィア」
バルコニーの上で、俺たちは口づけを交わした。
民衆の歓声が、祝福の鐘のように鳴り響く。
この瞬間、俺たちは世界で一番幸せな恋人同士であり、国を救った英雄だった。
何もかもが報われた気がした。
辺境での苦労も、命がけの戦いも、すべてはこの瞬間のためにあったのだと。
――だが。
光が強ければ強いほど、影もまた濃くなることを、俺たちは忘れていた。
歓喜に沸く広場の片隅で。
あるいは、捕らえられた牢獄の闇の中で。
俺たちの光を憎悪し、破滅を願う「悪意」が、静かに爪を研いでいたことを。
この絶頂こそが、断崖絶壁の縁であることを。
まだ誰も、気づいてはいなかった。




