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愛する貴方を殺した世界を、私は許さない ~救国の聖女だった私が、処刑台の悪女になるまで~  作者: ぱる子
第3章:革命の戦火

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第20話 王政の終焉

 勝鬨(かちどき)が、玉座の間を震わせていた。

 革命軍の兵士たちは、互いに抱き合い、武器を掲げ、涙を流して勝利を噛み締めている。

 その熱狂の中心で、俺は剣を鞘に収めた。

 手のひらに残る痺れが、今の戦いが現実であったことを教えてくれる。


「……放せ! 無礼者どもが!」


 床に膝をつかされたジェラルドが、拘束されながらも喚いている。

 王太子としての威厳は地に落ち、今はただの敗残者としてそこにいた。

 ライオットたち元近衛騎士が、複雑な表情でかつての主君を取り押さえている。


「殺せ……! 私を殺せばいいだろう! 貴様らごときが、私を裁くなど……!」


 ジェラルドが血走った目で俺を睨みつける。

 その瞳にあるのは、敗北を認められない幼児のような癇癪と、底知れない憎悪だ。


 ガルドが、俺の顔色を伺うように近づいてきた。

「……どうしますか、アレン様。こいつを生かしておけば、また面倒なことになりかねませんぜ」


 彼の言う通りだ。

 ここでジェラルドを斬れば、後腐れはない。旧体制の象徴を物理的に消滅させることは、革命の仕上げとして最も手っ取り早い方法だ。

 周囲の兵士たちの中にも、「殺せ!」という殺気立った空気が漂い始めていた。


 だが、俺は首を横に振った。


「いや。殺さない」

「なっ……!?」

「ここで彼を殺せば、俺たちはただの『簒奪者(さんだつしゃ)』になる。力で玉座を奪い取った、野蛮な反乱軍として歴史に残るだろう」


 俺はジェラルドを見下ろした。


「俺たちが目指したのは、暴力による支配じゃない。法と正義による、新しい国だ。……ジェラルド・アークライト。貴様は法に則り、公開裁判にかける」


「裁判だと……? この私を、下賤な民衆の前に引きずり出すと言うのか!」

「そうだ。そこで己の罪の重さを知るがいい」


 俺は兵士たちに命じた。

「元王太子を連行しろ! 丁重にな。……死なせるなよ」


 ジェラルドは屈辱に顔を歪め、口汚い罵りを叫びながら引き立てられていった。

 その背中を見送りながら、俺は深く息を吐いた。

 これで、一つの時代が終わったのだ。


「……アレン」


 隣に、シルヴィアが並び立った。

 彼女はジェラルドが消えた扉の方をじっと見つめていたが、やがて俺の方を向き、静かに微笑んだ。


「ありがとう。……彼を殺さずにいてくれて」

「君のためじゃないさ。これからの国のためだ」

「ふふ。わかってるわ。……でも、あなたはやっぱり、優しい人ね」


 彼女はそっと俺の手を握った。

 その手は震えていた。

 かつての婚約者であり、自分を陥れた男。彼に対する憎しみと、哀れみと、様々な感情が渦巻いているのだろう。


「さあ、行こうシルヴィア。みんなが待っている」

「ええ」


 俺たちは手を取り合い、玉座の間のバルコニーへと向かった。


***


 重厚なガラス戸を開け放つと、鼓膜を揺らすような大音響が飛び込んできた。


 ウオオオオオオオオオオッ!!


 王宮前広場を埋め尽くす、数万の民衆。

 彼らは王宮に掲げられた革命軍の旗を見て、勝利を確信し、歓喜の声を上げていたのだ。

 帽子が宙を舞い、紙吹雪が舞い散る。

 男も女も、老人も子供も、誰もが抱き合い、泣き、笑っている。


「すごい……」

 シルヴィアが口元を押さえる。


 俺たちがバルコニーに姿を現すと、歓声はさらに一段階大きくなった。

 地鳴りのような「アレンコール」と「シルヴィアコール」が巻き起こる。


 俺は手すりに手をかけ、広場を見下ろした。

 ここから見る景色は、かつてジェラルドが見ていたものと同じはずだ。

 けれど、彼にはこの民衆の熱気が、ただの騒音にしか聞こえなかったのだろう。


 俺は手を挙げ、静粛を求めた。

 波が引くように、広場が静まり返る。

 何万という瞳が、俺たちを見つめている。


「王都の、いや、この国の同胞たちよ!」


 俺は声を張り上げた。魔導拡声器を通した声が、王都の隅々まで響き渡る。


「長きにわたる戦いは終わった! 圧政の象徴であったジェラルド王太子は捕縛され、王家の支配は今この時をもって終焉を迎えた!」


 ワァッ! と歓声が上がる。


「だが! 俺たちは、新しい王を立てるために戦ったわけではない!」


 俺は隣のシルヴィアを引き寄せた。

 彼女は緊張しながらも、凛とした表情で前を見据えている。


「俺たちが求めたのは、誰か一人の支配者が決める国ではなく、ここにいる全員で作り上げる国だ! 貴族も平民も関係ない。誰もが法の下に平等であり、誰もが自分の人生を選ぶ権利を持つ……そんな『共和国』を、ここに宣言する!」


 共和国。

 その新しい響きに、民衆が一瞬ざわめき、そして爆発的な熱狂で応えた。


「共和国万歳!」

「俺たちの国だ!」


 俺はシルヴィアに目配せをした。ここからは、彼女の出番だ。

 彼女は一歩前に進み出ると、透き通るような声で語りかけた。


「皆さん。……これからの道のりは、決して平坦ではありません。王がいなくなったことで、混乱も起きるでしょう。他国からの干渉もあるかもしれません」


 彼女は言葉を切らず、続ける。


「けれど、恐れることはありません。私たちには、この革命を成し遂げた『絆』があります。……私は、かつて公爵令嬢として、高い塔の上から皆さんを見下ろしていました。皆さんの痛みを知ろうともしなかった」


 彼女は胸に手を当て、深く頭を下げた。


「でも、今は違います。私はアレンと共に、辺境の泥の中で知りました。あなた方の強さを、優しさを、そして尊さを。……どうか、私に力を貸してください。あなた方と共に、新しい国を育てるために!」


 彼女が頭を上げると、広場からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 「聖女様!」「俺たちがついてるぞ!」という声援が飛ぶ。

 かつて「悪女」の汚名を着せられ、石を投げられた彼女が、今、真の指導者として受け入れられたのだ。


 彼女の目から、涙が溢れ落ちる。

 それは悲しみの涙ではない。安堵と、希望の涙だ。


「……やったな、シルヴィア」

「ええ……。アレン、私、夢を見ているみたい」


 俺は彼女の肩を抱き、二人で民衆に手を振った。

 夕陽が王都を茜色に染め上げている。

 崩れかけた城壁も、傷ついた石畳も、すべてが黄金色に輝いて見えた。

 それは、新しい時代の夜明けだった。


「これから忙しくなるぞ。新政府の樹立に、戦後復興、裁判の準備……」

「ふふ、望むところよ。……二人なら、なんだってできるわ」


 彼女は俺を見上げ、世界で一番美しい笑顔を見せた。


「愛してる、アレン」

「俺もだ、シルヴィア」


 バルコニーの上で、俺たちは口づけを交わした。

 民衆の歓声が、祝福の鐘のように鳴り響く。

 この瞬間、俺たちは世界で一番幸せな恋人同士であり、国を救った英雄だった。


 何もかもが報われた気がした。

 辺境での苦労も、命がけの戦いも、すべてはこの瞬間のためにあったのだと。


 ――だが。

 光が強ければ強いほど、影もまた濃くなることを、俺たちは忘れていた。


 歓喜に沸く広場の片隅で。

 あるいは、捕らえられた牢獄の闇の中で。

 俺たちの光を憎悪し、破滅を願う「悪意」が、静かに爪を研いでいたことを。


 この絶頂こそが、断崖絶壁の縁であることを。

 まだ誰も、気づいてはいなかった。

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