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愛する貴方を殺した世界を、私は許さない ~救国の聖女だった私が、処刑台の悪女になるまで~  作者: ぱる子
第3章:革命の戦火

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第19話 突入、玉座の間

 白亜の王宮内は、怒号と悲鳴、そして剣戟の音で満たされていた。

 かつて夜会で訪れた時は、あれほど煌びやかで、よそよそしかった回廊。

 今は、革命軍の泥だらけのブーツによって踏みしめられ、壁に飾られた高価な絵画が衝撃で歪んでいる。


「どけぇッ! 邪魔する奴はぶっ飛ばすぞ!」


 先頭を行くガルドが、丸太のような腕を振るう。

 王宮を守る近衛兵たちが、まるで枯れ木のように吹き飛ばされていく。

 彼の振るう大剣は、斬るというより叩き潰すための鈍器だ。


「ひ、ひぃぃっ! 化け物だ!」

「道を開けろ! 俺たちの用があるのは、この奥にいる馬鹿王子だけだ!」


 俺は剣を振るい、襲いかかる兵士の剣を弾き飛ばす。

 殺しはしない。峰打ちか、急所を外して戦闘不能にするだけだ。

 無駄な血を流さないという誓いは、この乱戦の中でも守り抜く。


「アレン、あそこよ! あの大扉の向こうが『玉座の間』だわ!」


 背後で守られているシルヴィアが指差した。

 黄金の装飾が施された、巨大な両開きの扉。

 あの日、俺たちが逃げ出した場所。そして今、全ての決着をつける場所。


「……ガルド、頼む」

「合点承知!」


 ガルドが助走をつけて、扉に体当たりをかます。

 ドォォォォン!!

 轟音と共に、(かんぬき)が砕け飛び、重厚な扉が左右に弾け飛んだ。


「お邪魔するぜ、殿下ァ!!」


 俺たちは土足で、玉座の間へと踏み込んだ。


***


 そこは、異様な静寂に包まれていた。

 外の喧騒が嘘のように、広い空間は冷え冷えとしている。

 真紅の絨毯の先。一段高い場所に設えられた黄金の玉座。


 そこに、ジェラルド・アークライトは座っていた。

 片手にワイングラスを持ち、まるで退屈な芝居でも眺めるかのように、頬杖をついている。

 その顔には、焦りも恐怖もない。

 あるのは、底知れない傲慢さと、他者を見下す冷たい瞳だけだ。


「……騒がしいな。どこのドブネズミが迷い込んだかと思えば」


 ジェラルドは優雅な動作でグラスを傾けた。


「久しぶりだな、田舎者。それに、私の可愛い元婚約者殿」


 その態度は、完全に俺たちを舐めきっていた。

 一万の軍勢が降伏し、王城が包囲されているというのに、彼はまだ自分が「絶対的な支配者」であると疑っていないのだ。


「ジェラルド殿下」

 シルヴィアが一歩前に出る。その声は凛として、震え一つない。

「お久しぶりです。……あなたに、お返しするものがあって参りました」


「返す? 私の慈悲をか?」

「いいえ。あなたが私に押し付けた、『汚名』と『絶望』です。それらをすべて、あなたにお返しします」


 シルヴィアの瞳が、射抜くようにジェラルドを見据える。

 ジェラルドの眉がピクリと動いた。


「……生意気な口を利くようになったな。以前は私の顔色を伺って、人形のように微笑んでいるだけの女だったくせに」

「ええ、そうでしたね。私は人形でした。あなたがそう望み、私がそう振る舞うことでしか、自分の価値を見出せなかったから」


 彼女は俺の方をちらりと見て、愛おしげに微笑んだ。


「でも、今は違います。私には、私を見てくれる人がいる。私を必要としてくれる仲間がいる。……私はもう、あなたの飾り物ではありません」


「くだらん!」


 ジェラルドがグラスを床に叩きつけた。

 ガシャン! と赤い液体が飛び散り、絨毯を汚す。


「仲間だと? 愛だと? そんなもので国が動くか! 国を統べるのは『血』だ! 高貴なる王家の血統と、絶対的な権威だけが民を導くのだ! 貴様らのような下賤な輩が、一時的に勢いづいたところで、所詮は一時の祭り事よ!」


 彼は立ち上がり、腰のサーベルを抜き放った。

 その刀身には、最高級の魔石が埋め込まれ、怪しい光を放っている。


「近衛兵! 何をしている、こいつらを斬り捨てろ! 私の目の前からゴミを排除しろ!」


 玉座の脇に控えていた近衛兵たちが、躊躇いがちに剣を抜く。

 だが、その切っ先は震えていた。

 彼らもまた、外の熱狂と、ジェラルドの狂気の狭間で揺れているのだ。


「……無駄ですよ、殿下」

 俺は静かに剣を構え、前に進み出た。

「あなたの兵士たちは、もうあなたのために死のうとは思っていない。恐怖で縛り付けた忠誠心など、本当の危機の前では紙屑同然だ」


「黙れ黙れ黙れェ!! 私は王太子だぞ! この国の未来そのものだぞ! なぜだ、なぜどいつもこいつも私に従わない!」


 ジェラルドが絶叫し、自ら切りかかってきた。

 速い。

 王族として英才教育を受けた剣技は、確かに洗練されている。

 だが――


 ガキンッ!


 俺は彼の一撃を、真正面から受け止めた。

 重い。けれど、押し負ける気はしなかった。


「軽いな、殿下」

「な、なに……!?」


 俺は剣を押し返す。

 毎日の農作業で、魔物との戦いで、そして何より「守るべきもの」の重みを知る俺の腕力に、温室育ちの剣が敵うはずがない。


「あなたの剣には、重みがない。誰も守ろうとせず、ただ自分のプライドのためだけに振るう剣なんて……俺には届かない!」


「ふざけるなあああッ!」


 ジェラルドが剣を乱雑に振り回す。

 優雅だった剣筋は乱れ、ただの子供の癇癪のような攻撃になる。

 俺はそれらを冷静に見切り、紙一重でかわしていく。


 一撃、二撃、三撃。

 ジェラルドの息が上がり、動きが鈍る。


(ここだ!)


 俺は大きく踏み込み、彼の手首を剣の腹で打ち据えた。

 カラン、とサーベルが床に落ちる。

 バランスを崩したジェラルドの喉元に、俺は切っ先を突きつけた。


「……終わりだ、ジェラルド」


 玉座の間が、完全な静寂に包まれる。

 王太子は、へたり込み、信じられないという顔で俺を見上げていた。

 恐怖、屈辱、そして混乱。


「な、なぜだ……。私は選ばれた人間だぞ……。なぜ、こんな田舎貴族に……」

「あなたは、人を見なかったからだ」


 俺は彼を見下ろして言った。

「領民は、あなたの道具じゃない。兵士は、あなたの駒じゃない。そしてシルヴィアは、あなたの飾り物じゃない。……彼らは皆、心を持った人間だ。その痛みを想像できないあなたに、王になる資格はない」


 俺は剣を引かず、宣言した。


「チェックメイトだ。……降伏しろ」


 ジェラルドの顔から、血の気が引いていく。

 その時、入り口からドヤドヤと後続の革命軍がなだれ込んできた。

 ライオット率いる元近衛騎士たち、そして農具を手にした領民たち。

 彼らは、玉座の間を埋め尽くし、そして俺とジェラルドの姿を見て、一斉に拳を突き上げた。


「アレン様が勝ったぞおおおおおッ!!」

「独裁者は倒れた!」

「革命万歳!!」


 地響きのような歓声が、王宮を揺るがす。

 それは、新しい時代の幕開けを告げる、勝利の凱歌だった。


 俺は剣を鞘に納め、シルヴィアの方を向いた。

 彼女は、涙を流しながら、けれど満面の笑みで俺に駆け寄ってきた。


「アレン……!」

「終わったよ、シルヴィア。……俺たちの勝ちだ」


 俺は彼女を強く抱きしめた。

 泥と汗と、鉄の匂いがする戦場の中で。

 俺たちは、確かな温もりを分かち合った。


 こうして、長い戦いは終わった。

 ……はずだった。


 俺たちはまだ知らなかった。

 追い詰められた悪意が、最後の最後に、どれほど惨たらしい牙を剥くのかを。

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