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愛する貴方を殺した世界を、私は許さない ~救国の聖女だった私が、処刑台の悪女になるまで~  作者: ぱる子
第3章:革命の戦火

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第18話 王宮包囲網

 王都セレスティアは、まさに鉄壁の要塞だった。

 平原の中央にそびえ立つ巨大な城壁は、高さ十メートルを超え、その厚みは馬車が二台すれ違えるほどだという。

 城壁の上には無数の弓兵と投石機が配備され、城門の前には重装歩兵が壁のように並んでいる。

 さらに、城壁の四隅には魔導砲と思われる巨大な砲身が睨みを利かせていた。


「……こいつは、手が出せねえな」


 本陣の丘からその威容を見下ろし、ガルドが苦々しげに呻いた。

 俺たち革命軍は、王都を半包囲する形で布陣していた。数は三千を超え、士気も最高潮だ。

 だが、相手は籠城を決め込んだ一万の正規軍。

 真正面から突っ込めば、城壁にたどり着く前に半数が死に、残りの半数も城門の前で磨り潰されるだろう。


「力攻めは自殺行為だ。……かといって、指をくわえて見ているわけにもいかない」


 俺は焦りを覚え始めていた。

 今は勢いがあるが、時間が経てば遠征の疲れが出てくる。食料も無限ではない。

 それに、もしジェラルド王太子が周辺諸国に援軍を要請していれば、挟み撃ちにされるのは俺たちの方だ。


「アレン。焦る必要はないわ」


 天幕の中で、シルヴィアが静かに言った。

 彼女は机の上に王都の詳細な地図を広げ、いくつもの駒を動かしている。

 その表情は、戦場には不釣り合いなほど穏やかで、そして怜悧だった。


「あの城壁は、確かに物理的には無敵に近いわ。でも、城壁の中にいるのは『人間』よ。そして人間には、必ず弱点がある」

「弱点?」

「ええ。……『疑心』と『空腹』よ」


 彼女はペンを取り、サラサラと何かを書き始めた。

 それは作戦指令書ではなく、短い手紙のようだった。


「王都の中には、十万近い市民が暮らしているわ。彼らの多くは、ジェラルド殿下の暴政に不満を持っているけれど、恐怖で支配されているだけ。……もし彼らが、私たちの味方になったら?」

「内部から崩れる、か。だが、どうやって? 城門は閉ざされているし、中に入ることはできないぞ」


 俺の問いに、シルヴィアは悪戯っぽく微笑んだ。


「風を使うのよ」


***


 翌朝。

 王都に向けて、奇妙な攻撃が開始された。

 弓兵隊が城壁の射程外ギリギリまで進出し、一斉に矢を放ったのだ。

 だが、その矢には鉄の(やじり)はついていない。

 代わりに結び付けられていたのは、筒状に丸められた羊皮紙だった。


 ヒュルルルル……!


 数千の矢が風に乗り、城壁を越えて王都の市街地へと降り注ぐ。

 屋根に、広場に、路地裏に。

 空から降ってきた「手紙」を、市民たちは恐る恐る拾い上げた。


 そこに書かれていたのは、シルヴィアの筆跡による、魂の訴えだった。


『王都の同胞たちへ。

 私はシルヴィア・フォン・ローゼン。かつてこの地を追われた者です。

 今、私たちは王都を包囲しています。ですが、恐れないでください。

 私たちの剣は、あなた方に向けられたものではありません。

 私たちが討ちたいのは、民を飢えさせ、無実の罪で裁き、私欲のために国を食い物にする「一部の特権階級」だけです』


 手紙には、ジェラルド王太子が行ってきた悪政の数々――不当な増税、食料の独占、反対派への弾圧――が、具体的な証拠と共に暴露されていた。

 そして、最後はこう結ばれていた。


『私たちは、あなた方を傷つけたくない。

 どうか、戦わないでください。城門を開けてください。

 私たちと共に、新しい時代を迎えましょう。

 パンと自由は、あなた方のものです』


 効果は、劇的だった。

 その日の午後には、城壁の上からどよめきが聞こえるようになった。

 市民たちが手紙を回し読み、広場で議論を始めているのだ。

 王都の兵士たちが慌てて手紙を回収しようとするが、風に乗って舞い込む数千の「言葉」を全て消し去ることはできない。


「すごいな……。矢の一本も使わずに、敵を動揺させている」


 俺は望遠鏡を覗きながら、感嘆の声を漏らした。

 城壁の上では、兵士同士が何やら言い争っている姿も見えた。彼らだって、故郷に家族を持つ一人の人間だ。シルヴィアの言葉は、彼らの心にも深く刺さっているはずだ。


「ここからが本番よ、アレン」


 シルヴィアが、次の手を打つ。

 彼女は補給部隊に指示を出し、大量の食料を積んだ荷馬車を前線に並べさせた。

 焼きたてのパン、燻製肉、新鮮な野菜。

 風向きを計算し、わざと王都の方へ匂いが流れるように肉を焼き始める。


 王都の中は、慢性的な食糧不足に陥っているという情報があった。

 ジェラルドが軍備増強のために食料を徴発し、倉庫に溜め込んでいるからだ。

 空腹の市民や下級兵士たちにとって、城壁の外から漂ってくる香ばしい匂いは、どんな拷問よりも残酷で、そして魅力的だっただろう。


「降伏する者には、腹一杯の食事と安全を保証する!」


 俺は大音声で呼びかけた。

 すると、その夜。

 城壁からロープを伝って、数人の兵士が脱走してきた。

 彼らは涙を流しながらパンを頬張り、口々に王都内部の惨状を語った。


「ひどい状態です……。貴族たちは宴会を開いているのに、俺たちにはカビたパンしか配給されない」

「殿下は疑心暗鬼になっていて、少しでも不満を言った者は処刑されています」

「もう、誰も殿下のために戦おうなんて思っていません……!」


 情報は武器だ。

 脱走兵がもたらした内部情報は、俺たちに決定的な勝機を与えてくれた。

 城門の守備体制、警備の交代時間、そして――民衆の不満が爆発寸前であること。


「いけるわ、アレン」


 シルヴィアが、確信に満ちた瞳で俺を見た。

 彼女は地図の一点を指差す。それは、王宮へと続く大通りに面した「南門」だ。


「明日の正午。南門の守備隊長は、かつて私の父の部下だった人よ。彼に密使を送ったわ。……彼なら、正しい選択をしてくれるはず」


 彼女は、そこまで計算していたのか。

 俺は彼女の肩を抱き、額にキスをした。


「君は本当に、恐ろしい軍師様だよ」

「ふふ。あなたのためなら、悪女にだってなるわ」


 彼女は妖艶に微笑み、そして真剣な顔に戻った。


「でも、最後はあなたの出番よ。門が開いても、その先には近衛騎士団とジェラルドがいる。……力でねじ伏せるしかないわ」

「ああ。任せてくれ」


 俺は剣の柄を握りしめた。

 ここまでお膳立てしてもらって、負けるわけにはいかない。

 俺の剣は、民を傷つけるためではなく、民を苦しめる元凶を断つためにあるのだから。


***


 決戦の朝。

 雲ひとつない青空の下、革命軍は南門の前に集結していた。

 弓を構えることも、剣を抜くこともなく、ただ静かに整列している。

 城壁の上には、緊張した面持ちの守備兵たちが並んでいる。


 正午の鐘が、カァン、カァンと鳴り響く。


 その時だった。

 城壁の上で、何かが叫ばれた。

 怒号と、剣戟の音が聞こえる。


「裏切りだ! 南門守備隊が寝返ったぞ!」

「門を開けろ! 革命軍を迎え入れるんだ!」


 ギギギギギ……。

 重苦しい音を立てて、巨大な鉄の扉が動き始めた。

 わずかに開いた隙間から、王都の光が漏れ出してくる。


「開いたぞおおおッ!!」

「今だ! 突撃ぃぃぃッ!!」


 ガルドが先頭を切って走り出す。

 怒涛の歓声と共に、革命軍が城門へと殺到する。


 だが、俺は兵士たちに指示を飛ばした。


「略奪は許さん! 抵抗しない者に剣を向けるな! 俺たちは解放軍だ、誇りを忘れるな!」


 俺の言葉に、血気にはやっていた兵士たちが冷静さを取り戻す。

 彼らは武器を掲げながらも、整然とした隊列を保って王都へと入城していった。


 城壁の中に入ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 通りを埋め尽くす市民たちが、俺たちに向かって手を振っていたのだ。

 窓から花が投げられ、歓声が降り注ぐ。


「アレン様! シルヴィア様!」

「待っていました!」

「悪政を終わらせてくれ!」


 それは侵略ではなく、凱旋だった。

 シルヴィアの撒いた「言葉の種」が、見事に花開いた瞬間だった。


 俺は馬上でシルヴィアの手を取り、高く掲げた。

 彼女もまた、涙を浮かべながら民衆に手を振っている。


「……見たか、シルヴィア。これが、君が作った道だ」

「いいえ、アレン。……みんなが、あなたを待っていたのよ」


 俺たちは視線を交わし、頷き合った。

 もう、障害はない。

 目の前には、白亜の王宮がそびえ立っている。

 あそこに、全ての元凶がいる。


「行くぞ! ジェラルドの元へ!」


 俺は馬腹を蹴った。

 王宮への一本道を、革命の風となって駆け抜ける。


 ついに、王手だ。

 長かった戦いの決着をつける時が来た。

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