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愛する貴方を殺した世界を、私は許さない ~救国の聖女だった私が、処刑台の悪女になるまで~  作者: ぱる子
第3章:革命の戦火

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第17話 王都進撃

 ウィンスレット領を出発した革命軍は、まるで雪山を転がり落ちる雪玉のように、その質量と勢いを増しながら街道を南下していた。


 蹄の音が大地を揺らし、巻き上がる土煙が空を覆う。

 当初は五百名ほどだった我らが軍勢は、進軍するたびに千、二千と膨れ上がり、今や三千を超える大軍となって王都を目指していた。


「圧政に苦しむ我らを救ってくれ!」

「アレン様! 俺たちも一緒に戦わせてください!」

「武器ならあります! この(くわ)一本で十分だ!」


 通過する村や町から、男たちが、女たちが、老人までもが駆け寄ってくる。

 彼らの目には、もはや恐怖の色はない。あるのは、長年の圧制に対する怒りと、ようやく現れた希望への渇望だった。


 街道沿いの大きな宿場町、ベルガ。

 交通の要所であり、王都防衛の要とも言えるこの町には、五百の王都軍が駐留していた。

 本来ならば激戦が予想される場所だ。俺たちも相応の犠牲を覚悟して布陣していた。


 だが――城門は、戦う前から開かれていた。


「ようこそ、革命軍の皆様! 我々は抵抗いたしません!」


 白旗を掲げて現れたのは、この町の守備隊長だった。

 彼は俺の前に進み出ると、腰の剣を外し、恭しく差し出した。


「ジェラルド殿下の暴虐には、我々兵士も心を痛めておりました。……そこへ、シルヴィア様からの書状が届いたのです」

「書状、ですか」

「はい。『無益な血を流す必要はない。あなた方が守るべきは、腐敗した王家ではなく、故郷で待つ家族のはずだ』……そのお言葉に、我々は目が覚めました」


 隊長の目には涙が浮かんでいた。

 俺は剣を受け取らず、彼の手を固く握り返した。


「英断に感謝します。……共に、家族の元へ帰れる国を作りましょう」


 無血開城。

 歓声が上がる中、俺は天幕の中へ戻り、そこで地図と睨めっこをしていたシルヴィアに報告した。


「……信じられない光景だ。ベルガまでもが、戦わずして降伏したよ」


 シルヴィアは顔を上げ、ほう、と安堵の息を吐いた。

 彼女の周りには、各地の領主や守備隊長たちへ送った書状の写しと、返信の山が築かれている。

 彼女はこの進軍の間、揺れる馬車の中でペンを握り続け、剣の代わりに「言葉」で敵の戦意を削ぎ落としてきたのだ。


「ジェラルド殿下の求心力がここまで落ちていたなんて、私自身も驚いているわ。……でも、それだけみんな限界だったのね」


 シルヴィアが少し疲れたように微笑む。

 俺は彼女の隣に座り、温かいスープが入ったマグカップを差し出した。

 彼女の手がカップを受け取ろうとして、微かに震えているのが見えた。


「……無理はしていないか? 顔色が少し白いぞ」

「平気よ。アドレナリンが出ているのかしら、全然眠くないの」

「嘘をつけ」


 俺は彼女の震える手を、両手で包み込んだ。冷たい。

 彼女は強がっているが、その細い肩には三千人の命と、国の未来という重圧がのしかかっているのだ。


「少し休もう。次の行軍まで時間がある」

「でも、補給の確認と、次の町への書状を……」

「それは俺がやる。君は、軍師である前に俺の婚約者だ。倒れられたら、俺が戦えない」


 俺が真剣な顔で言うと、シルヴィアは目を丸くし、それからくすりと笑った。

「……ずるいわ、アレン。そんな風に言われたら、休まないわけにはいかないじゃない」


 彼女は素直にスープを一口飲み、ふぅ、と息をついた。

 緊張の糸が少しだけ緩んだのか、彼女は俺の肩に頭を預けてきた。

 甘い髪の匂いが鼻をくすぐる。

 戦場の血なまぐさい空気の中で、彼女の周りだけが、陽だまりのように暖かかった。


「ねえ、アレン」

「ん?」

「怖い?」


 不意に、彼女が問いかけてきた。

 俺は少し考えて、正直に答える。


「……ああ、怖いよ。足がすくみそうになる時がある。もし負けたら、もし君を守りきれなかったらと思うと、夜も眠れなくなる」

「私もよ」


 シルヴィアが、俺の服の裾をぎゅっと掴んだ。

「人が傷つくのを見るのは辛いわ。敵兵だって、誰かの息子で、誰かの父親かもしれない。……私の書いた手紙一つで、人の運命が変わってしまう。その責任の重さに、時々押しつぶされそうになるの」


 彼女の声が震えている。

 「聖女」とも「軍師」とも呼ばれる彼女だが、中身はただの、心優しい一人の女性なのだ。

 俺は彼女の背中に腕を回し、抱き寄せた。

 守りたい。この震えを、不安を、すべて消し去ってやりたい。


「俺がいる。君が背負いきれない重荷は、俺が半分持つ。……いや、全部俺に預けてくれてもいい」

「ふふ、それは頼もしすぎるわ。……でも、半分こでいいの。私たちはパートナーでしょう?」


 彼女が顔を上げ、俺を見つめる。

 その藍色の瞳に、俺の顔が映っていた。


「アレン。……この戦いが終わったら、何をしたい?」


 唐突な質問に、俺は瞬きをした。

 戦後のことなど、生き残ることだけで精一杯で、具体的に考えたことはなかった。

 でも、彼女の瞳を見ていると、自然と言葉が溢れてきた。


「そうだな……」


 俺は天井を見上げ、未来を夢想した。


「まずは、結婚式を挙げよう。中断してしまった、俺たちの式を。村のみんなを呼んで、盛大にやるんだ。ドレスは、君に一番似合う最高のものを用意する」

「まあ。……楽しみね」

「それから、領地に戻って、今度こそゆっくりと暮らすんだ。朝は遅くまで寝ていても誰も文句を言わない。昼は君とサンドイッチを持ってピクニックをして、夜は……」


 言葉を濁すと、シルヴィアが顔を真っ赤にして、俺の胸を軽く叩いた。

「もう! ……でも、素敵ね」


 彼女は夢見るような目をして、続けた。

「私はね、パンを焼きたいわ。ミアに教わって、もっと上手になりたいの。それから、庭に花をたくさん植えましょう。シロツメクサだけじゃなくて、バラも、ユリも」

「いいな。俺は、その横で昼寝をするよ」

「駄目よ、ちゃんと水やりを手伝って」


 他愛のない、平和な未来の設計図。

 今はまだ、夢物語でしかない。

 けれど、言葉にすることで、それは確かな「目標」に変わった。


「絶対に、叶えましょうね」

「ああ。約束だ」


 俺たちは、互いの体温を確かめ合うように、唇を重ねた。

 深く、長く、切ない口づけ。

 テントの外からは、兵士たちの談笑や、武器を研ぐ音が聞こえてくる。

 明日にはまた、命のやり取りが待っているかもしれない。

 けれど今この瞬間だけは、世界には俺たち二人しかいないようだった。


 この幸せを、手放したくない。

 そのためなら、俺は鬼にでも悪魔にでもなれる。

 強く、強くそう思った。


***


 翌日。

 革命軍はついに、王都を望む最後の丘陵地帯へと到達した。

 峠を越えた瞬間、視界が一気に開ける。


「見ろ! 王都だ!」

「ついにここまで来たぞ!」


 兵士たちの間から、どよめきと歓声が沸き起こる。

 眼下には、広大な平原の先に、巨大な城壁に囲まれた王都セレスティアが鎮座していた。

 幾多の塔が天を突き、中央には白亜の王宮が威容を誇っている。かつて俺たちが逃げ出した、あの場所だ。


 だが、感傷に浸っている余裕はなかった。

 王都の城壁の前には、黒い染みのような大軍が展開していたのだ。


 ジェラルド王太子が、最後の頼みの綱として集めた正規軍。

 重装騎兵、長槍部隊、そして魔導兵器と思われる巨大な影。

 その数、およそ一万。

 数ではこちらがわずかに勝っているかもしれないが、装備と練度では相手が圧倒的に上だ。寄せ集めの義勇兵で、真正面からぶつかれば砕け散る。


「……壮観だな。吐き気がするぜ」

 隣で馬を並べるガルドが、大剣を担ぎ直して毒づいた。

「相手は必死だ。ネズミだって追い詰められりゃ猫を噛む。ましてや腐っても王国の精鋭だ。油断は禁物だぜ、坊ちゃん」

「ああ、分かっている」


 俺は手綱を引き締め、振り返った。

 馬車から降りてきたシルヴィアが、王都の景色を見つめて立ち尽くしている。

 風が彼女の銀髪を激しく煽る。


「……懐かしい景色。でも、今はあそこが魔王の城に見えるわ」

 彼女の声は震えていたが、その瞳に迷いはなかった。

「あの中に、ジェラルドがいる。……私たちの過去と、決着をつける時が来たのね」


「俺たちが、あそこを人間の手に取り戻すんだ」


 俺は馬首を巡らせ、全軍に向かって剣を高く掲げた。

 三千の瞳が、俺を見上げる。

 彼らは皆、泥だらけで、傷だらけで、けれど希望に満ちた顔をしていた。


「聞け、革命軍の勇士たちよ!」


 俺の声が、平原の風に乗って響き渡る。


「目の前にあるのは、俺たちを苦しめてきた元凶だ! 奴らは俺たちから自由を奪い、誇りを奪い、未来を奪おうとした! だが、もう終わりだ!」


 オオオオッ!! と、どよめきが広がる。


「あの中には、まだ多くの民衆がいる! 彼らもまた、俺たちと同じように解放を待っている仲間だ! 我々の敵は、王宮に巣食う一部の特権階級のみ!」


 俺は剣先を、白亜の王宮へと向けた。


「無益な殺生はするな! だが、立ちはだかる敵には容赦するな! 俺たちの未来を、愛する者たちの笑顔を、この手で掴み取るぞ!」


 突撃ィィィッ!!


 地鳴りのような喚声が上がり、革命軍が動き出した。

 大地を揺るがす行軍。

 目指すは王城。全ての決着をつけるため、俺たちは最後の進撃を開始した。


 馬上で並んで走るシルヴィアの横顔を見ながら、俺は心の中で繰り返した。


 (勝つ。絶対に勝って、君との約束を果たすんだ)

 (結婚式を挙げよう。パンを焼いて、花を育てて、子供たちの笑い声に包まれて……そんな当たり前の幸せを、君に贈るんだ)


 その決意が、皮肉にも悲劇へのカウントダウンを進めているとは知らずに。

 俺たちは、運命の地へと踏み込んだ。

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