第15話 初陣の奇策
轟音と共に降り注いだ岩石と丸太は、王都軍の隊列を無慈悲に分断した。
狭い渓谷は、逃げ場を失った馬のいななきと、兵士たちの悲鳴で満たされる。
鉄壁を誇ったはずの陣形は、一瞬にして崩壊していた。
「突撃ィィィッ!!」
俺の声が、谷底に響く。
崖を駆け下りる俺たちの姿を見て、混乱の渦中にある敵兵たちが顔を引きつらせる。
彼らにとって、俺たちはただの農民の集まりには見えなかっただろう。
土煙の中から現れたその姿は、獲物に襲いかかる餓えた狼の群れそのものだった。
「敵襲! 迎撃せよ! 陣形を立て直せ!」
敵の指揮官が必死に叫ぶが、遅い。
俺たちはすでに、彼らの懐深くに飛び込んでいた。
「うおりゃあああッ!」
先頭を切ったガルドの大斧が唸りを上げる。
一閃。
慌てて盾を構えた重装歩兵が、盾ごと吹き飛ばされ、後続の兵を巻き込んで転倒する。
その巨体と剛力が生み出す破壊力は、まさに人間投石機だ。
「ひ、ひぃっ! 化け物だ!」
「道を開けろ! 俺が相手だ!」
ガルドが切り開いた突破口に、自警団の若者たちが雪崩れ込む。
彼らが手にしているのは、トム爺さんが農具を打ち直して作った槍や鎌だ。
正規軍の剣に比べれば粗末な鉄塊。だが、毎日泥にまみれて鍬を振るってきた彼らの腕力と足腰は、見掛け倒しの兵士たちを凌駕していた。
「この野郎! 俺たちの麦を奪おうなんざ百年早えんだよ!」
農民の一人が、槍で騎兵を馬から引きずり下ろす。
訓練された動きではない。ただの力任せだ。
だが、この狭い谷間では、洗練された剣術よりも、泥臭い執念の方が勝る。
(シルヴィアの読み通りだ……!)
俺は剣で敵の刃を受け流しながら、心の中で彼女を称賛した。
この場所を選んだのも、岩を落とすタイミングも、すべて彼女が描いたシナリオだ。
『敵は騎兵が主体よ。平地なら無敵だけど、足場の悪い瓦礫だらけの谷間じゃ、馬はただの重荷になるわ』
その言葉通り、自慢の騎馬隊は落石と足場の悪さに阻まれ、身動きが取れなくなっている。
そこを、山歩きに慣れた俺たちが、高所から一方的に叩く。
これは「戦争」じゃない。「狩り」だ。
「アレン様! 左翼、崩しました!」
「よし! 深追いはするな! 計画通り、敵を奥へ誘い込め!」
俺は指示を飛ばし、自身も前線へと躍り出る。
目の前に、立派な鎧を着た騎士が立ちはだかった。剣の構えからして、それなりの使い手だ。
「反逆者の頭目か! 貴様の首、我が功名とさせてもらう!」
「あいにくだが、俺の首は高いぞ。……愛する女に、生きて帰ると誓ったんでな!」
騎士が鋭い突きを繰り出す。
俺はそれを紙一重でかわし、踏み込んだ。
王都の騎士の剣は速いが、軽い。
対して俺の剣は、毎日の薪割りと魔物退治で鍛え上げた、重い一撃だ。
ガキンッ!
剣と剣が激突し、火花が散る。
俺は力任せに押し込んだ。騎士の体勢が崩れる。
がら空きになった胴へ、蹴りを叩き込む。
「ぐはっ!?」
騎士が泥の中に転がる。
俺は切っ先を彼の喉元に突きつけた。
「……勝負あったな」
「くっ……殺せ! 反逆者に情けをかけられる謂れはない!」
騎士が悔しげに叫ぶ。
周りを見れば、すでに大勢が決していた。
奇襲と混乱、そして地形の利。三つの要素が噛み合い、数倍の戦力差を見事に覆したのだ。
殺すのは簡単だ。
こいつらを全員斬り捨てれば、ウィンスレット領の脅威は一時的に去るだろう。
だが、俺は剣を引いた。
「殺しはしない」
「……なに?」
「俺たちの目的は、お前たちの命じゃない。俺たちの生活と、尊厳を守ることだ」
俺は周囲の兵士たちにも聞こえるように、声を張り上げた。
「武器を捨てろ! 降伏する者は殺さない! 傷の手当てもしてやるし、水も食料も分けてやる! だが、これ以上俺たちの大切な場所を荒らすと言うなら――」
俺は眼光を鋭くし、騎士を見下ろした。
「この谷底がお前たちの墓場になるぞ」
静寂が落ちた。
騎士は震える手で剣を離し、地面に投げ捨てた。
カラン、という乾いた音が、敗北の合図となった。
「……降伏する。我々の負けだ」
それを皮切りに、次々と武器が捨てられていく。
勝った。
俺たちは、勝ったのだ。
「うおおおおおおッ!!」
「勝ったぞー!」
「ウィンスレット万歳!」
領民たちが抱き合い、涙を流して喜んでいる。
俺はふと、崖の上を見上げた。
そこには、フードを被った小さな人影が見えた。
距離があって表情は見えない。けれど、彼女が安堵して微笑んでいるのが、俺にははっきりと分かった。
(ありがとう、シルヴィア。君の策のおかげだ)
俺は彼女に向かって、小さく手を振った。
これが、革命軍の最初の勝利。
そして、世界が「アレン・ウィンスレット」と「シルヴィア・フォン・ローゼン」の名を、恐怖と希望をもって知ることになる、始まりの日だった。
戦いの後、捕虜となった兵士たちには、約束通り食事と手当てが与えられた。
彼らの多くは、王都で無理やり徴兵された農民や、金で雇われただけの若者だった。
温かいスープを啜りながら、彼らは涙ながらに語った。
「こんな……こんな温かい飯を食ったのは久しぶりだ」
「王都じゃ、パン一つ盗んだだけで処刑されるんだ……」
ジェラルドの圧政は、俺たちの想像を超えて国中を蝕んでいたのだ。
彼らは、俺たちが「反逆者」ではなく、同じように苦しむ人間だと知ると、次々と口を開いた。
「あんたたちなら……この国を変えられるかもしれない」
「俺も、一緒に戦わせてくれ! あんな王子のために死ぬのは御免だ!」
奇跡が起きた。
敵だったはずの兵士たちが、次々と革命軍への参加を志願し始めたのだ。
俺たちの「殺さずに勝つ」という選択が、シルヴィアの言っていた「大義」となり、新たな力を生み出した。
その夜。
勝利の余韻に浸る屋敷のバルコニーで、俺はシルヴィアと並んで星を見上げていた。
「すごかったわ、アレン。……あなたが、みんなの心を動かしたのよ」
「いや、君のおかげだ。君が策を授けてくれなかったら、俺たちはただの死体になっていた」
俺は彼女の肩を抱き寄せた。
戦いの興奮は冷めやらぬが、彼女の体温を感じると、心が穏やかになっていく。
「これから、もっと忙しくなるぞ。噂を聞きつけて、仲間が集まってくるはずだ」
「ええ。……覚悟はできているわ」
シルヴィアは、俺の胸に頭を預けた。
「行きましょう、アレン。王都へ。……そして、本当の自由を掴み取るの」
彼女の瞳に宿る光は、あの夜会の日よりも、ずっと強く、美しかった。
俺はこの人を王妃にするつもりはない。
ただ、世界で一番幸せな「俺の妻」にするために。
俺たちは進む。修羅の道を、手を取り合って。




