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愛する貴方を殺した世界を、私は許さない ~救国の聖女だった私が、処刑台の悪女になるまで~  作者: ぱる子
第2章:愛の芽生えと開拓の日々

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第13話 蜂起の狼煙

 翌朝から、ウィンスレット領は戦場さながらの喧騒に包まれていた。

 カンカンカン! と高く響くのは、村外れにある鍛冶場の音だ。

 普段は(くわ)や鎌を修理している老鍛冶屋のトム爺さんが、今は目の色を変えて鉄を打っている。


「おい、次の鉄材を持ってこい! 穂先を鋭くするんだ、王都の兵隊どもの鎧を貫けるようにな!」


 若者たちが走り回り、農具を溶かして槍や矢尻へと打ち直していく。

 本来なら農作業で賑わうはずの畑では、ガルドの怒声が響いていた。


「腰が入ってねえ! そんなへっぴり腰じゃ、一撃で吹き飛ばされるぞ!」

「ひぃぃっ! す、すいませんガルドさん!」


 自警団の訓練だ。

 鍬を槍に見立て、昨日までただの農民だった男たちが、泥だらけになって突きや払いの練習を繰り返している。

 彼らの顔には恐怖の色もある。だが、それ以上に「自分たちの土地は自分たちで守る」という悲壮な決意が滲んでいた。


 俺は屋敷と村を往復し、防衛設備の構築を指揮していた。

 街道の入り口にはバリケードを築き、森の中には落とし穴や落石の罠を仕掛ける。

 物資は限られている。だからこそ、あるものはすべて使う。知恵と工夫で、圧倒的な戦力差を埋めるのだ。


 そして、屋敷の執務室では――もう一つの「戦い」が行われていた。


 カリカリカリカリ……。

 羽ペンが紙を走る音が、途切れることなく続いている。

 机に向かっているのは、シルヴィアだ。

 髪を無造作に束ね、腕まくりをした彼女の周りには、何十通もの書き損じや、完成した書状の山が築かれていた。


「……よし。これで五通目」


 彼女がふぅ、と息を吐き、インクの乾いていない手紙を俺に手渡す。

 宛名は、隣接するベルン男爵領。

 俺の父とは旧知の仲だが、気弱で日和見主義なところがある領主だ。


「読んでみて、アレン」


 俺は書面に目を通す。

 そこには、単なる援軍の要請や、悲愴な助命嘆願などは一切書かれていなかった。


『拝啓、ベルン男爵閣下。

 王都からの不当な重税に対し、我々は断固たる拒絶の意を示しました。

 ご存知の通り、ジェラルド王太子殿下の要求は年々過酷さを増しております。今回、我が領が潰されれば、次は貴領が標的となることは明白でしょう。

 我々は時間を稼ぎます。王都軍をこの渓谷で釘付けにします。

 その間に、閣下にはご決断を願いたい。

 沈みゆく船に乗るか、それとも――共に新しい夜明けを迎えるか』


 文面からは、気品と知性、そして相手の不安を的確に突く鋭さが滲み出ていた。

 脅迫ではない。だが、無視できない「提案」だ。


「すごいな……。これなら、あの優柔不断なベルン男爵も動かざるを得ない」

「ええ。彼は損得勘定に敏感だもの。私たちが初戦で持ちこたえれば、必ず裏で物資を流してくれるはずよ」


 シルヴィアは不敵に微笑み、次の羊皮紙を手に取る。


「次は、南の商業都市同盟ね。彼らは王都の重税に一番不満を持っている。私たちが王都軍を引きつければ、彼らにとって関税撤廃の交渉カードになる……その利害の一致を説くわ」

「西の元将軍たちには?」

「彼らには『名誉』と『大義』を。腐敗した王宮を正す好機だと焚き付けるの」


 彼女の頭の中には、この国全体の権力図と、貴族たちの相関図が完璧に入っているようだった。

 誰が何に不満を持ち、何を欲しているか。

 それを的確に突き、味方につける。あるいは、少なくとも敵に回らないように釘を刺す。

 これは、剣ではできない戦いだ。


「……本当に、君を敵に回さなくてよかったよ」

 俺が冗談めかして言うと、彼女は悪戯っぽくウインクした。

「ふふ。私の最強の騎士様が守ってくれるから、安心して筆を振るえるのよ」


 その時、廊下からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。

 バン! と扉が開く。


「た、大変ですぅ~! アレン様、シルヴィア様!」


 飛び込んできたのはミアだ。

 彼女は両手に大きな籠を抱え、顔中を煤だらけにしている。また厨房で何か爆発させたのかと思ったが、彼女の目は真剣だった。


「み、村のみんなが……! これを!」


 彼女が差し出した籠の中には、大量の干し肉や、保存用の堅焼きパン、そして布で包まれた包みがいくつも入っていた。


「これは……?」

「村のお婆ちゃんたちが、『兵隊さんたちの腹の足しにしてくれ』って! 家にある保存食をかき集めてくれたんです! それに、この包みは……」


 俺は包みの一つを開けてみた。

 中に入っていたのは、古びた銀の燭台や、小さな宝石のついたブローチ、祭り用の晴れ着などだった。どれも、貧しい彼らにとっての「虎の子」の家宝だ。


「『武器を買う足しにしてくれ』って……。みんな、泣きながら、でも笑って……『若様たちを守るんだ』って……」


 ミアの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。

 俺は言葉を失い、その包みを強く握りしめた。

 手のひらに、銀の冷たさと、領民たちの熱い想いが伝わってくる。


 彼らは知っているのだ。

 これが、ただの領主のわがままな戦争ではないことを。

 自分たちの未来を、尊厳を守るための戦いであることを。


「……アレン」

 シルヴィアが、俺の肩に手を置いた。彼女の目も潤んでいる。

「行きましょう。みんなに、応えなきゃ」


「ああ」


 俺は立ち上がった。

 迷いはもう、微塵もなかった。


***


 夕暮れ時。

 屋敷の前庭には、武装した領民たちが集結していた。

 武装といっても、半分は農具、残りは錆びかけた槍や弓だ。鎧の代わりに厚手の革服を着て、鍋の蓋を盾にしている者さえいる。

 正規軍が見れば、鼻で笑うような烏合の衆だろう。


 だが、その瞳に宿る光は、どんな精鋭騎士団よりも強かった。

 総勢、百五十名。

 これが、俺たちの全戦力だ。


 俺は屋敷の階段の上に立ち、彼らを見下ろした。

 隣には、作業着の上に急ごしらえのマントを羽織ったシルヴィアが立っている。

 ガルドが軍旗を掲げる。それは、ウィンスレット家の紋章――「雪原に立つ一輪の花」を描いた旗だ。


「みんな! よく集まってくれた!」


 俺は腹の底から声を張り上げた。

 静まり返る広場に、俺の声だけが響く。


「相手は、腐っても王国の正規軍だ。数は俺たちの十倍、装備も桁違いにいい。常識で考えれば、勝ち目なんてない戦いだ!」


 ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。


「だが! 奴らにはなくて、俺たちにあるものがある! それは『守るべきもの』だ!」


 俺は一人一人の顔を見渡した。

 トム爺さん、リナ、ミア……。幼い頃から俺を知り、共に生きてきた家族たち。


「奴らは、奪うために来る! 俺たちの食糧を、誇りを、そして大切な人を奪うために! だが、俺たちは渡さない! この土地の一握りの土さえも、奴らにはくれてやらない!」


 俺は腰の剣を抜き放ち、夕空に掲げた。

 刀身が茜色に染まる。


「俺は戦う! 領主として、一人の男として! シルヴィアと、愛する家族を守るために! お前たちも、一緒に戦ってくれるか!」


 一瞬の静寂。

 そして――


「おおおおおおおおおおッ!!」


 大地を揺るがすような咆哮が上がった。

 農具が打ち鳴らされ、拳が突き上げられる。

 それは恐怖をねじ伏せる、決意の叫びだった。


「ウィンスレット万歳!」

「若様万歳!」

「俺たちの国は、俺たちが守るんだ!」


 熱狂の渦の中で、シルヴィアが一歩前に出た。

 彼女は俺の手を握り、もう片方の手を高く掲げた。

 その手には、彼女が書き上げたばかりの何十通もの書状が握られていた。


「私も戦います!」

 彼女の凛とした声が、喧騒を切り裂いて届く。


「剣は持てませんが、知恵と、言葉と、心で戦います! あなたたちの勇気を、絶対に無駄にはしません! この戦いは、ただの反乱じゃない。……これは、新しい時代を作るための『革命』です!」


 革命。

 その言葉に、民衆の目がさらに輝きを増す。

 ただ生き延びるためだけの戦いではない。より良い明日を掴むための戦いなのだと、彼女が意味を与えてくれた。


 ガルドが旗を大きく振る。

 風に翻る紋章旗の下で、俺たちは一つになった。


 辺境の小さな領地から上がった、細く頼りない煙。

 それがやがて国中を焼き尽くす「革命の業火」となることを、王都のジェラルドはまだ知らない。


「全軍、配置につけ! 渓谷で奴らを迎え撃つぞ!」


 俺の号令と共に、革命軍が動き出した。

 死地へと向かう行軍。けれど、その足取りは驚くほど軽かった。


 俺はシルヴィアと視線を交わす。

 彼女は微笑んで、小さく頷いた。


「行きましょう、アレン。……私たちの未来へ」


 こうして、長い戦いの幕が切って落とされた。

 それは同時に、俺たちの幸せな日々が終わりを告げ、血塗られた運命へと足を踏み入れる瞬間でもあった。

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