表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛する貴方を殺した世界を、私は許さない ~救国の聖女だった私が、処刑台の悪女になるまで~  作者: ぱる子
第2章:愛の芽生えと開拓の日々

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/40

第11話 王都からの黒い使者

 プロポーズから一夜明けた朝。

 俺は、これまでの人生で一番爽やかな目覚めを迎えた。

 隣にはまだ眠っているシルヴィアはいない(さすがにまだ寝室は別だ)が、窓から差し込む朝日が、昨夜の誓いが夢ではなかったことを教えてくれている。


 身支度を整えて食堂へ行くと、すでにシルヴィアが起きていた。

 エプロン姿でミアと一緒に朝食を並べている彼女は、俺の顔を見るなりパァっと花が咲いたような笑顔を見せ、それから少し顔を赤らめた。


「おはよう、アレン」

「……おはよう、シルヴィア」


 ただの挨拶なのに、胸が甘く疼く。

 ガルドがパンをかじりながら、「朝っぱらから当てられちまうな」とニヤニヤしているが、今日ばかりは気にならなかった。


「若様! 奥様! おめでとうございます!」


 屋敷の外に出ると、収穫祭の後片付けをしていた村人たちが、口々に祝福の言葉をかけてくれた。

 昨夜、俺たちが丘から戻った後、ガルドが大声で「結婚するぞー!」と触れ回ったらしい。おかげで村中がお祭り騒ぎの延長戦だ。


「へへへ、これでウィンスレット領も安泰ですね!」

「早く二人の赤ちゃんが見たいなあ」


 冷やかす声に、シルヴィアが耳まで真っ赤にして俺の背中に隠れる。

 そんな彼女の手を握りしめ、俺は幸せを噛み締めていた。

 この穏やかな日々が、ずっと続いていくのだと。そう信じていた。


 だが――その「影」は、唐突に現れた。


 昼下がり。

 村の入り口にある見張り台から、けたたましい鐘の音が鳴り響いた。

 それは、敵襲や災害を知らせる緊急の警鐘だった。


「なんだ!?」

 俺とガルドが顔を見合わせ、屋敷を飛び出す。

 村人たちもざわめき、不安そうに街道の方角を見つめている。


 地平線の彼方から、土煙が上がっていた。

 蹄の音が、地鳴りのように近づいてくる。

 一台や二台ではない。軍隊の行軍のような、重々しい響き。


「……あれは、王家の紋章旗か?」

 ガルドが目を細める。


 現れたのは、黒塗りの馬車を中心とした一団だった。

 その周囲を固めているのは、きらびやかな鎧を纏った王宮の騎士たち。

 泥と汗にまみれたこの辺境には似つかわしくない、異質な威圧感を放つ集団が、我が物顔で村の道を蹂躙してくる。


「王都からの……使者?」

 背後から追いついてきたシルヴィアが、真っ青な顔で呟いた。

 彼女の体が、小刻みに震え始めている。

 俺はとっさに彼女を背に隠し、前に出た。


 馬車が領主館の前で止まる。

 恭しく扉が開けられ、降りてきたのは、恰幅の良い男だった。

 上等なベルベットの服に、これみよがしな宝石の指輪。鼻の下に蓄えた髭を撫でながら、男はまるで汚物を見るような目で俺たちを見下ろした。


「ここがウィンスレット男爵の屋敷か? ……ふん、なんとむさ苦しい小屋だ。家畜小屋と間違えそうだぞ」


 男がハンカチで鼻を覆う。

 俺は怒りを腹の底に押し込め、努めて冷静に声をかけた。


「遠路はるばるご苦労様です。私は当主代理の、アレン・ウィンスレットです。王都からの使者とお見受けしますが、何のご用件でしょうか」


「代理? ああ、あの田舎貴族の息子か」

 男は俺を一瞥もしないまま、懐から羊皮紙の束を取り出した。

 そして、それを読み上げるのではなく、俺の足元に放り投げた。


 バサリ、と乾いた音が響く。


「拾え。ジェラルド王太子殿下からの、慈悲深いご命令だ」


 俺は屈辱に唇を噛みながら、泥にまみれた羊皮紙を拾い上げた。

 そこに書かれていた文字を目にした瞬間、全身の血が逆流した。


『勅命』

『ウィンスレット男爵家は、元公爵令嬢シルヴィア・フォン・ローゼンを誘拐し、不当に監禁した大逆の罪人である』

『よって、直ちにシルヴィアの身柄を王都へ返還せよ』

『また、罪の償いとして、本年度の収穫物の八割を「賠償金」として献上することを命ずる』


「……ふざけるなッ!!」


 俺は叫び、羊皮紙を握り潰した。

 誘拐? 監禁?

 あの日、シルヴィアを追放したのはジェラルド自身だ。それを今更、被害者面をして取り戻そうというのか。

 それに、収穫の八割だと?

 そんなことをすれば、領民たちは冬を越せない。全員、餓死しろと言うに等しい。


「なんだその態度は! 殿下のご命令だぞ!」

 男が金切り声を上げる。

「黙れ!」

 俺は一歩踏み出した。殺気立った俺の様子に、護衛の騎士たちが剣の柄に手をかける。

 ガルドも即座に大剣を抜き、俺の前に立った。


「……アレン、待って」


 震える声がした。

 シルヴィアが、俺の腕を掴んでいる。その顔色は紙のように白い。


「おやおや、そこにいたのか」

 使者の男が、ねっとりとした視線をシルヴィアに向けた。

「高貴な公爵令嬢ともあろうお方が、こんなドブのような場所で、農婦の真似事とは嘆かわしい。さあ、こっちへ来い。殿下がお待ちだ」


「……私が戻れば、この領地への要求は取り下げてもらえるのですか?」

 シルヴィアが、消え入りそうな声で問う。


「シルヴィア!」

 俺が止めようとするが、彼女は首を横に振った。

「アレン、これ以上、あなたたちに迷惑はかけられないわ。……私が原因なら、私が消えれば」


 使者の男が、下卑た笑みを浮かべる。

「ほう、殊勝な心がけだ。まあ、八割の献上は決定事項だがな。お前が大人しく戻ってくれば、この薄汚い屋敷を焼き払うのだけは勘弁してやろうと、殿下は仰せだ」


「なっ……!」

 話が違う。

 こいつらは、最初から俺たちを生かす気などないのだ。

 シルヴィアを奪い、俺たちから食糧を奪い、すべてを踏みにじるつもりだ。


 俺の中で、何かがプツンと切れた。


「……帰れ」


 俺は低く、しかしはっきりと言った。


「なんだと?」

「聞こえなかったか? 今すぐ俺の土地から出て行けと言ったんだ!」


 俺は腰の剣を抜き放ち、切っ先を使者の鼻先に突きつけた。

 男が「ひっ!」と悲鳴を上げて尻餅をつく。


「き、貴様、王太子殿下の使者に剣を向けるとは……! 反逆だぞ! 一族郎党、皆殺しにされるぞ!」

「上等だ!!」


 俺の怒声が、村中に響き渡った。


「理不尽な暴力に屈して、愛する人を差し出し、領民を餓えさせてまで生き延びるくらいなら……反逆者として死んだほうがマシだ!」


 俺はシルヴィアを抱き寄せ、騎士たちを睨みつけた。


「殿下に伝えろ。『欲しければ、その首を賭けて奪いに来い』とな!」


 使者は顔を真っ赤にして立ち上がり、馬車へと逃げ込んだ。

「お、覚えていろ! 後悔させてやる! 軍を率いて、このゴミ溜めを更地にしてやるからな!」


 馬車が荒々しく去っていく。

 残されたのは、砂埃と、絶望的な静寂だけだった。


 やってしまった。

 俺は、国そのものに喧嘩を売ったのだ。

 シルヴィアが、崩れ落ちるように膝をつく。

「……ごめんなさい、アレン。私のせいで……」


「謝るな」

 俺は彼女の視線に合わせ、膝をついてその肩を抱いた。

「君のせいじゃない。……これは、俺たちが人間として生きるための戦いだ」


 振り返ると、館の周りには、鍬や鎌を手にした領民たちが集まっていた。

 彼らの顔に、恐怖はない。

 あるのは、自分たちの誇りと、大切な「若奥様」を守ろうとする、静かな怒りだった。


 もう、後戻りはできない。

 俺たちは、この瞬間から「革命軍」となったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ