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第一話

 ずっと昔から待ち望んでいることがある。


 それはかつて僕の生み出した花を世界中に広めるのだと言って旅に出て行った親友のことだった。


 彼が出て行ってから約60年。まだ帰って来てはいなかった。


 定期的にしていた文通も届かなくなってしまった。


 随分と自分は歳を取ってしまった。もちろん彼も歳を取っているだろうが、60年も離れていた親友の変わった顔が分かるだろうか。いや、きっと分からない。


 だから自分は彼のためにずっと待っていてやろう、という想いでずっとこの小さな小屋に暮らし続けていた。


「でも、もう。会えないかもしれないな」


 そう呟いた自分の声は随分と掠れていて、そのまま眠るように目を閉じた。




◇◆◇




 ゆっくり目を開けると知らない天井が見えた。思わず飛び起きれば本来なら痛みを感じるはずの体の節々の痛みは感じず、むしろ体は軽かった。よくよく見れば自分の体はとても若々しかった。


 何なんだ、一体。この体は。この部屋も。


 この部屋はどう見ても自分の部屋ではない。自分の部屋はもっと簡素で散らかっていた。だから、こんなにも豪華で整理された部屋は知らないのだ。


 微かにカーテンの隙間から漏れる光に気が付いた僕はカーテンを開けて外を見れば更に知らない風景が広がっていた。


 広い庭園だ。真ん中には噴水があって植木の植物は切り揃えられていて植えられた花はどれも丁寧に世話をされているようだった。


 知らない部屋に知らない体。しかし、一つ分かることがあるとするならば庭園に咲く植物はどれも自分が創ったものであるということだけだった。



「ルシオ様、お目覚めになられましたか?」



 丁度、用意されていたのであろう洋服に着替えたタイミングで扉のノックの後にそう声をかけられた。



「あぁ」



 短い言葉を肯定と見做したのか声の主は扉を開けて入って来た。団子にした黒い髪に黒い瞳、吊り目なのが印象的な侍女だった。



「おや、ルシオ様が起きて着替えていらっしゃる」


「…流石に自分で起きて着替えられるよ」


「いつも夜遅くまで魔術の勉強に勤しんでいるせいで朝は起きられないではありませんか」



 侍女の自分を見る目が疑いを持っているのを感じてやや焦りを感じながらもなんとか会話を続ける。


 とはいえ、侍女にも仕事があるようで会話は早々に切り上げられベットメイキングをして、僕の髪だ何だと身だしなみを整えると僕を連れて部屋を出る。


 初めて見た自分の体は見覚えなど一切無かったが、燃えるような赤い髪が懐かしいと思った。



「おや、珍しくルシオが朝食の時間に間に合った」



 と次席の男がやや驚いたように言った。



「朝食の時間にお前が居るのは珍しいねぇ」



 上座に座る男は穏やかに笑って言った。


 長い机で上座に座っているのが父親で次席に座っているのが兄らしい。自分の記憶にはないが体の方の記憶だ。


 母親が居ないのは、母が流行り病によって亡くなったからである。



「そういえば、ルシオ。旅に出たいと言っていたな。いつ頃に家を出て行く予定なんだ?」



 彼はそんなことを言っていたのか、と同時に今日一番の焦りを感じた。


 ここで行かないだなんて返せば何と言われるか、いや言われなくとも違和感は間違いなく感じさせる。



「もし、出るのならアリサを連れて行きなさい。彼女は優秀だし、何より幼い頃から一緒に居たお前とは気が知れた相手だろう?」



 父に視線を向けられたのは自分を部屋からここまで連れて来た侍女だった。侍女は頭を下げる。


 ……旅。ということは親友を探すことはできるのではないか?


 そう思い付いてからの行動は早かった。父と兄には「三日後に発つ」と伝えてすぐに準備に取り掛かった。



「本当に行ってしまうのかい?」


「定期的には手紙を送ることだ。道中は魔物に気をつけて行きなさい」



 旅に出る日、父は寂しそうな表情で兄は心配そうに言った。



「はい。それでは父様、兄様、行ってきます」



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